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学校、先生たちも互いに学び合う場所

キャサリン・C・ルイス (ミルズ大学教育学部 研究教授)

2011年8月26日掲載

要旨:

アメリカとイギリスでは、教師たちはお互いの授業内容、指導方針に関して意見をぶつけ合うような機会はない。対照的に日本では、教師たちが「授業研究」あるいは「研究授業」というアプローチを通して、お互いに指導法を磨き上げている。それらは指導法の改善や大学での研究と学校での実践の新たな関係作りや、専門的な学習コミュニティの構築にもつながっている。世界中の多くの教育者たちが、日本の優れた国の宝である授業研究の知識を分かち合い、構築していく良い機会となることを願っている。


アメリカとイギリスでは、学校はしばしば「卵箱」文化と例えられる。箱に入っている卵のように、先生たちはお互いに厚い緩衝材によって隔てられていて、お互いの授業内容、指導方針に関して意見をぶつけ合うような機会はない。

1993年に、日本の小学校を見学した時、私は日本の教師が大変違う状況にあることに驚いた。驚かされたのは、教師たちが信頼できる指導法を広く用いていることであった。例えば、調べながら進めていく学習-探究的学習、構造化された方法による算数の問題解決、アメリカでも研究者たちが盛んに勧めているが、多くの教師によって広く教室に用いられることはない。日本の教師たちに、これらのアプローチをどこで覚えたのかと尋ねると、教師たちの答えはほぼ決まって、「授業研究」あるいは「研究授業」だった。同じ二つの言葉で、順番が違うだけである。

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図1「授業研究の流れ」 拡大(PDF)


図1は、より広い枠組みの中での、研究授業の流れを示している。研究授業とは、実際の教室の授業であり、特別なテーマを設定して、その良いと思われる教え方に関して現場の教師たちのアイデアを具体化し、実行するものである。教師チームは計画を立て、その中の一人がクラスで教える。他のメンバー達は、その授業の児童の学習の様子を注意深く観察し、児童がどう学んでいるか、学習のデータを収集する。それについて授業後ミーティングで議論し、授業の構成の再検討や、教え方などより広く児童が学べるために、様々なアイデアを引き出す。写真は授業研究の流れの一つ、実際の授業の様子である。

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授業研究がアメリカに紹介されたのはまだ10年前のことだが、教師の学び方の一つのタイプとして日本の小学校では極めて一般的で、中学校でもかなり広く行われているものである。日本の製造業のパワーの源として考えられている品質管理サークルのように、授業研究は仕事の現場にいる個々人の知識に価値を置き、系統的にその知識を共有して構築するシステムを提供するものだ。世界中の教師たち(http://hrd.apec.org/index.php/Lesson_Study; http://www.worldals.org/)が、ビデオと本によって授業研究を学び(http://www.lessonresearch.net/)、日本国外の多くで実践し始めている。彼らは授業研究にどんな利点を見出し、どんな困難に遭遇しただろうか?


1.指導法改善のピラミッド構造を逆さにする
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図2「教育を改善する教師たちの活動」 拡大(PDF)


図2で図式に示されているように、アメリカの教師たちは指導方法や、授業を改善するように考案された多くの活動に時間を費やすが、実際に必要な観察や指導方法について同僚とディスカッションを行うことはほとんどない。対照的に、授業計画、観察とディスカッションは日本の教師たちの改善努力の中核となっている。授業研究で、日本の教師たちは利用可能な教材を入念に研究し、その教材と、改善すべき点に関する彼らのアイデアに基づいた授業を行い、児童たちがどう反応するかを注意深く研究する。授業研究では教師たちがリーダーシップを取り、子どもたちの興味を惹く質問を投げかける。その準備のために関連する研究を探し参考にするが、大学の研究者も協力を惜しまず、重要なサポートをする。このようにして、アイデアを、実際の研究授業で実現するのである。この方法をとるなら、図2に示すアメリカの指導法改善のためのピラミッド構造を逆さまにして、逆三角形にすることができる。教師たちは時間をかけ、協力し合って実際の授業を計画、観察、ディスカッションをして指導法を磨き、その改善のために必要とされる共有の知識を構築する。


2.研究と実践との間の新しい関係をつくる

アメリカの大学における教育の研究は、活発で大変発展しており、世界中から質の高い大学院生が集まってくる。しかしながら、もし幼稚園から高校生までの児童・生徒たちの出来具合でアメリカの教育研究の有効性を測るなら、アメリカの教育研究事業はあまり効果的ではないと言わざるを得ない。その原因については既に多く書かれている(最近の研究では、SteinとCoburn, 2010を参照のこと)。当然ながら、研究者らは研究と実践とのギャップを、教室で役に立つ研究がなされているにも関わらず、政策立案者と学校の現場の教師が、そうした研究を利用していないことに起因すると釈明する一方、教師たちはこの問題を研究の実用性と適時性の欠如に起因すると釈明するだろう。

授業研究は、大学をベースとした研究者と幼稚園から高校までの学校と関係を、こうした関係とは非常に違うものにしてくれる。両者がそれぞれの専門性を発揮し、問題点を掲げる。例えば、多くのアメリカの見学者たちに強い印象を与えた日本の授業での探究的学習は、学校の現場にいる教師と大学をベースにする研究が協力して開発したものである。これらの教育者たちが、探究的学習のアイデアを(その一部はアメリカから来たものであるが)、日本の授業に持ち込んだものだ。学校の教師たちは、こうした指導法を授業研究のサイクルを通して系統的に研究、改善し、しばしば大学を基盤とする研究者らを大規模な公開研究授業に招いて協力や意見を求める。

アメリカでは、ある問題に対して、教師が新たな指導法を探索するのを、部外者の立場で支援する大学の研究者や他の専門家を見つけるのはかなり難しく、彼らは、支援するというよりは、むしろ支配しようとする。例えば、私が観察したある現場では、外部の読み書き(リテラシー)の専門家が、先生たちが計画したアプローチについて質問したり、先生たちの想定を超えるアイデアを紹介したりするのではなく、授業の教え方を先生達にひたすら教え続けていた。大学の先生が現場の教師に教え込むのは短期的には効率がいいかもしれないが、現場の教師の主体的な研究には全く結びつかない。日本の公開研究授業で、ある大学教授が「意見を求められ、年間75回以上学校の研究授業に招かれた」と紹介されていた。日本の教授にとって、研究授業のコメンテーターとして授業研究に協力することは、広く評価され、誇りであるとされている。私はこのようなシステムがアメリカでも現れることを期待している。


3.専門的な学習コミュニティを構築する

あるアメリカの教師が、学校で全校参加の授業研究を実践するにつれて、世間話の内容が変わってきたと語っている。教師たちが教室で日々起きていることについて気楽に語り始めたのだ。同僚らと教える際の課題を共有することが普通なことになってきたようだ。アメリカ・マサチューセッツ州の教師は、授業研究の経験について次のように書いている。

「素晴らしい信頼が徐々に育まれてきて、お互いに教えたり、教えられたりできるようになってきました。これが本当の目的ではないでしょうか。」
 (http://www2.edc.org/lessonstudy/)

この引用で強調されたように、教師たちは自分達の葛藤や困難がお互いによくわかる支援的な環境において、最もよく学ぶことができる。日本の教師たちは、授業研究が、授業の間に起きたことや授業後のディスカッションのみならず、授業研究への参加の結果として教師間の人間関係をどのように変えていくか、その点についても誇らしげに指摘している。ある日本人教師は研究授業と授業後のディスカッションの終了後、次のようにコメントしている。

「研究授業はまだ終わっていません。これは一回のみの授業ではないのです。むしろ、この授業は私に他の先生たちに相談し続ける機会をもたらしてくれたのです。例えば、私は周りの先生たちに『前回ご覧になった私の授業について伺いたいのですが...』と聞くことができます。すると、私の行った授業を見ていたため、具体的な提案やアドバイスをくれるのです。私たち教師はこのような方法でお互いにより良いつながりをもつことができます(Lewis & Tsuchida, 1998)。


4.日本以外での授業研究にはどんな課題があるのか?

授業研究が初めてアメリカの学校に紹介されたとき、多くの研究者たちが日本で生まれたシステムを、非常に異なるアメリカの文化の中に取り入れることができるのかについて懐疑的であった。私がよく耳にした意見は、「アメリカの教師たちは授業研究に必要とされる協力的なスキルを、もっていない」、或いは、「アメリカの教師は日本の教師たちがもっている内容の知識(コンテントナレッジ)を十分にもっていない」などであった。

しかしながら、最近のアメリカの研究結果をみると、アメリカの教師たちは授業研究を通じて協力的なスキルと内容の知識のいずれも発達させることができるようになっている(Perry & Lewis, 2010; Lewis, Perry, Hurd, & O'Connell, 2006)。授業研究をアメリカに適したものとするために、しばしばお互いの協力を築くための明確で具体的なプロセスが付け加えられ(たとえば、Lewis & Hurd の標準の環境づくりとディスカッションのプロトコル(手順)を参照;2011)、また、数学であれ(例えば、http://www.lessonresearch. Net/ies_details.htmlを参照)歴史であれ(例えば、http://www.teachingamericanhistory.us/lesson_study/index.html)、質の高い教材を教師たちは利用できるということをしっかりと認識できる。

現在、アメリカの各地域の他、多くの国で、ブルネイ、カナダ、香港、インドネシア、シンガポール、南アフリカ、スウェーデン、タイ、ベトナムの至る所で授業研究が行われている。その内のいくつかは、国際授業研究会(WALS)の会議の常連である。しかし、日本の授業研究システムが活かしきれていないと思われる側面は未だに多い。例えば、アメリカの授業研究は未だ政策にほとんど結びつけられていない。日本では、大規模な公開研究授業の授業研究は、教師たちが新しいカリキュラムと教育政策の実施に必要とされる知識を確立するための方法、また、それを広めるための重要な方法となっている。しかし、このようなシステムは、私の知る限りでは他のどの国にも存在していない。

また、日本では様々なレベル(地域、地方、国)で活発で自主的な授業研究のネットワークがある。こうしたネットワークはようやく他の国でも現れ始めてきたところだが(http://www.svmimac.org/)、ほとんどの授業研究活動は、地域に孤立して存在している。さらに、日本の校長或いは学校の最高責任者は誰もが授業研究の価値を認めているが、アメリカでもそうした状況を目指して、行政官がもっと授業研究の価値を認識するように、教師たちが働きかける必要がある。

2011年11月、東京で国際授業研究会(WALS http://www.worldals.org/)の年次会議が開催される。世界中の多くの教育者たちが、日本の優れた国の宝である授業研究の知識を分かち合い、構築していくよい機会となることを願っている。


<引用文献>
Lewis, C. & Hurd, J. (2011). Lesson study step by step: How teacher learning communities improve instruction. Portsmouth, NH: Heinemann.
Lewis, C., Perry, R., Hurd, J., & O'Connell, M. P. (2006). Lesson study comes of age in North America. Phi Delta Kappan, December 2006, 273-281.
Perry, R. & Lewis, C. (2010). In stein, M. K. & Coburn, C. (Eds.) Research and practice in education: Building alliances, bridging the divide. Lanham, MD: Rowman & Littlefiedl Publishing Group, 131-145.
Stein, M.K. & Coburn, C. (2010). Research and practice in education: Building alliances, bridging the divide. Lanham, MD: Rowman & Littlefield Publishing Group.
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