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発達障害つれづれ(2) たった一言で!

私は初診のお子さんを診察する時には、紹介状を読んだり親御さんのお話を聞いたりする前に、まずそのお子さんにいろいろな質問をして、その反応を詳しくみることにしています。聞く質問はもちろん年齢によって異なり、2~3歳の幼児であれば、「お手手見せて」とか「お口あーんして」、あるいは絵本を見せて「ゾウさんはどれ?」などと聞きます。年長になると、「好きな食べ物は何?」とか「いまいくつ?」、小学生では「好きな科目は?」「嫌いな科目は?」「大きくなったら何になりたい?」といった質問が定番です。子どもとの対話で、言葉の理解や、他人の意図理解、あるいは指差しの有無などが確認できます。年長児の社会性を見る時には、「お母さんとお父さんどっちが好き?」などと親の前では答えにくい質問をします。「どっちも好き」「同じくらい好き」と答えれば、子どもが正しく忖度できていることが分かります。往々にして自閉症スペクトラム障害の子どもはこうした忖度ができません。

さて、今年の年初めに初診で受診した7歳の男の子は、私の質問にすらすらと答えました。勉強好き?という質問には「図工は好き」と答えましたが、嫌いな科目はと聞くと、期待に反して「学活」という答えが返ってきました。嫌いな科目で最も多い答えは「国語」ですので、少し拍子抜けをしながら、「学校の先生は怖い?」と聞くと、期待通り「ふざけると叱られるので怖い事がある」という返事が返ってきました。大きくなったら「宇宙のことを研究する科学者になりたい」というこの男の子は、私の質問にすらすらと答えられていることから、自閉症スペクトラム障害ではなさそうだと思い、多動性をチェックするチェックリストをその場で母親に記入してもらいましたが、それもまったく正常範囲で、注意欠陥多動性障害でもなさそうです。

どうして受診したのだろうと、初めて母親に「自閉症スペクトラムや多動性障害などの発達障害ではなさそうですが、どのようなご心配で受診されたのですか?」とお聞きしました。

ほっとした表情で、「先生からそう言っていただいて胸のつかえがとれました」と前置きしたあとに、母親が話されたことで私は逆に胸の詰まる思いがしました。
「実は1学期の最後の保護者面談で、担任の先生から、通級に通ってみては、と言われました。結局行かずに済んだし、2学期には何も言われなかったのですが、ずっとこの子は発達障害なのかという疑問が頭から離れなかったんです。今回先生にはっきり言っていただいて、やっと気持ちが晴れました」。

私が「先生はどんなことが問題だから通級を薦めると言われたんですか?」と聞くと、母親は教師のメモを取り出し、「作業の切り替えに時間がかかる、また全体への指示が本人には入らないことがある」と読み上げました。私は「それは小一プロブレムといって、幼稚園・保育園の生活のパターンから小学校の生活パターンに切り替えられない子どもによく見られる行動特徴です。結構たくさんの子どもがそうした行動特徴を小学校入学時に示すんです。息子さんも多分それだったんですね」とお話しして診察は終了しました。もちろんこの7歳の子どもは健常児です。

以前にこのブログで、学校の先生が発達障害に過敏になっているというお話をしましたが、親も先生方の言葉に過敏になっているのです。担任の先生のちょっとした一言で、この母親は半年以上悩んだのです。

小児科医が、健診の際になんとなく「様子を見ましょう」と言ったり、ちょっと首をかしげたりする動作が母親を不安にさせるので、健診の際の言動には気をつけなくてはならない、という小児科医の戒めがありますが、それは学校の先生方にも当てはまるのかもしれません。


編集部注:本コーナー「所長ブログ」にて掲載しました「何か変だよ~」シリーズの記事内容を元に加筆し、榊原所長が「子どもの発達障害/誤診の危機(ポプラ新書)」を出版いたしました。日本の発達障害の現状を改善したいという所長の思いを、著書でもどうぞご一読ください。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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