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何か変だよ、日本のインクルーシブ教育(7) 聞きたくなかった先生の本音

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私は15年間にわたって、ヨーロッパの複数の日本人学校を訪問し、発達障害やその他の心理的な課題のある生徒とその親の相談会を続けてきました。

今回は、相談会を支援している団体が解散するため、最後の相談会になりました。

10日前後で5~6校を訪問し、1校あたり2日から3日にわたって、朝から晩までほぼ途切れなく相談を受けるのはかなりの強行軍ですが、毎年期待して待っていてくれる相談対象の生徒さんの親や、お子さんへの対応のアドバイスを期待してくれている担任教師がいることで、大いにやりがいがある仕事です。

海外の日本人学校は、特別支援教育において、とてもユニークな存在です。その理由の一つは、周囲に相談できる施設(教育センター、保健所等)がないことです。普通の医療機関は完備していますが、発達障害関連の行動に関する相談は、やはり言語の壁が高く困難であるとのことです。私が訪問相談をしている大きな理由の一つです。

もう一つは、特別支援学校がないために、結果としてある意味で本来の意味のインクルーシブ教育が行われていることです。日本人学校には、様々な特別なニーズをもつ子どもが在籍するために、担任教師の負担は国内の学校に比べて多くなりがちですが、逆に子どもたちにとっては国内では味わえない、よりインクルーシブな環境を経験することができるのです。

今回の相談会でも、年一度の相談の機会を心待ちにしてくださっている親御さんや、担当クラスの子どもの医学的な見立てや対応策を聞きたいという担任教師への説明で、朝から晩までほとんど喋り通しの毎日でした。

ところが今回、一校だけ少し様子が違いました。他校では必ず行われていた一緒に子どもたちのことを振り返る「レビュー」の時間に、担任の教師が1人も参加されないのです。代わりに特別支援学校での教員経験のあるコーディネーターの先生がお一人で、20例近いすべての相談ケースについて、代表して私の話を聞かれました。その学校でもかつては担任の先生が参加され、自分の担当の子どもについて熱心に質問されていたので、不思議に思ってこのコーディネーターの先生に「今回担任の先生は参加されないのですか?」と聞きました。

すると、コーディネーターの先生は困惑された表情で、次のように言われたのです。
「実は、私がコーディネーターとして、各クラスにいる特別なニーズが必要な生徒さんについてアドバイスをしても、先生方は喜ばれないのです。むしろアドバイスによって、配慮しなくてはならないことが増えることを負担に思っているようなのです。」

この言葉を聞いて、私は驚きを通り越して悲しくなりました。一部の先生方の正直な気持ちなのでしょうが、そんな本音は聞きたくなかった、と思いました。

確かに特別なニーズのある子どもに丁寧に対応してゆくことは、大変で苦労の多い作業かもしれません。しかし教師のミッションは、子どもを分け隔てなく教育することです。それは医師のミッションが病気を治療することであり、消防士のミッションが火事を消すことであるのと同等のことです。患者さんの病気がうつるからといってインフルエンザの患者さんを避けたり、火傷をするのが嫌だからといって消防士が火事現場に行くのを嫌ったら、それはプロとして失格です。教師は、国民から子どもを信託されている教育のプロであるはずです。

私のこの経験が、ごくまれな例外的なことであることを願うのみです。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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