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発達障害つれづれ(1) 治療とは子どもらしさを抑えること?

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すでに故人となられた日本の発達心理学の大家が、その著書の中で、「注意欠陥多動性障害(ADHD)の症状は、『子どもらしさ』そのものであり、治療の対象ではない」、と主張されていました。
 
私はその子どもらしさ(落ち着きがなく、動き回っている)が、園や学校の集団生活上の困難や学習の妨げになり、翻って本人の対人関係や学習に負の影響を与えてしまう現実をふまえると治療は必要である、という立場を維持してきました。さらには、注意欠陥多動性障害の行動特徴をもつ子どもは、周囲からの叱責や非難、あるいは仲間はずれになることによって、不安障害やうつなどの二次障害をきたし易いことも知られており、私の治療の必要性への考えは変わりません。

とはいえ、自分の気持ちに従って自由に世の中を探求してゆく子どもの本態的行動が、教育やソーシャルスキルの獲得の名目で抑圧されてしまうこの社会の在り方自身も、考え直さなくてはいけないのではないか、という思いも常にあります。

こうしたことを強く感じさせてくれる2冊の絵本に出会いました。ともに子どもの絵本の体裁を取っていますが、読み進めると大人への強いメッセージが伝わってくる絵本です。

一冊は、有名な絵本作家である五味太郎さんの「注意読本」という絵本です。作者の持ち味であるほのぼのとした優しい絵に添えて、子どもたちが毎日いろいろなことに注意して生きてゆかなければならないことを、ユーモラスに描き出しています。一日の行動に沿って朝の「寝坊に注意」から始まり、「今日の予定に注意」「服装に注意」「忘れ物に注意」「母親に注意」「遅刻に注意」「仲間に注意」「先生に注意」「多数決に注意」「帰り道に注意」「今日はどうだったのに注意」等々注意が連続し、そして夜になると「宿題に注意」「明日の用意に注意」「本日の気がかりに注意」「金魚のエサに注意」、最後は「そして注意のしすぎに注意」で終わります。五味さんは、それぞれの注意についてユーモアを込めたアドバイスを与えています。たとえば「宿題に注意」には「あなたがた自身のため、という先生のために、できる範囲でがんばるように、注意しましょう」、「明日の用意に注意」では「明日がまた価値ある日でありますように、心を込めて注意するように、注意しましょう」と、社会の中で子どもが如何に多くのことに注意しなければならないかを、やんわりと、でも皮肉たっぷりに述べています。遊びが子どもの行動の原点であるという保育の実践の中で、幼児期をのびのびと生きてきた子どもが、就学するとあらゆる場面で「注意」して生きていかなければならない現実への、作者の痛烈な批判が伝わってきます。

もう一冊は、「コンスタンス、きしゅくがっこうへいく」(ピエール・ル=ガル作)というフランスの翻訳絵本です。ストーリーは、コンスタンスといういたずらでお転婆な女の子が、行儀の良い子どもに育てようという親によって、規則の厳しい寄宿学校に入れられるというものです。この寄宿学校の厳しい規則とお仕置きによって、コンスタンスより前に預けられていた、町で名うての不良少女でさえも、すっかりしおれてしまい、今では良い子になっています。コンスタンスは、最初は規則を破り続けて抵抗しますが、寄宿学校の教官はますます厳しくコンスタンスに当たります。「ここは私のいるところではない」と悟ったコンスタンスは、行いの悪い子どもしかいられないのを逆手にとり、突然寄宿学校のルールを率先して守る子どもに意図的に変身します。その行儀の良さに驚いた寄宿学校の校長は、親を呼び「コンスタンスはこの学校に来るべき子どもではありません」と宣言。コンスタンスのもくろみ通り、コンスタンスは寄宿学校から家に戻り、今まで通りいたずらな行動を始める、というところでおしまいになります。自由にいたずらをしまくるコンスタンスを示して「めでたしめでたし」と結んでいます。

2冊の本の表現の仕方は全く異なりますが、規則に縛られた社会生活を要求される子どもへの温かな視線を感じます。

五味さんは、様々な「注意」をしなくてはならない子どもに「しっかりしろよ」と励ますことで、また後者は、大人に逆らっていたずらやお転婆をするコンスタンスにエールを送ることで、窮屈な大人世界を批判しています。

これらの絵本を読むと、子どもが本来の「子ども性」を出し、それを抑制しようとする大人社会の圧力で傷つかないように、と子どもの行動を変容させる「治療」を行うことを正当化している私の姿勢が本当に良いのか気持ちがぐらつきます。

世の中が、五味さんやピエール・ル=ガル氏の様な人ばかりであれば、私の行っている治療は必要なくなるのに、などと思ったりしています。




    参考:
  • 「コンスタンス、きしゅくがっこうへいく」文:ピエール・ル=ガル、絵:エリック・エリオ、訳:ふしみ みさを(講談社)
  • 「注意読本」著:五味 太郎(ブロンズ新社)


筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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