CHILD RESEARCH NET

HOME

TOP > 所長ブログ > 所長メッセージ > 海老原宏美さんを偲ぶ

このエントリーをはてなブックマークに追加

所長ブログ

Director's Blog

海老原宏美さんを偲ぶ

今私は悲しくて胸が詰まる思いをしています。2020年にCRNに寄稿(「教育が変われば社会が変わる」2020年3月19日掲載/"When Education Changes, Society Changes" 2021年12月3日掲載)してくださった海老原宏美さんが、昨年12月に亡くなったということを、何気なく見ていたネットニュース*で知ったからです。44歳という若さでした。

海老原さんにご寄稿をお願いしたのは次のような経緯があったからです。
私が日頃から疑問に感じ、「何か変だよシリーズ」で取り上げてきた「日本のインクルーシブ教育」のブログを読んだ、私と同じような問題意識をもった市民グループがブログへの感想を送ってこられたことがありました。数年前には、首都大学東京(現・東京都立大学)で行われた日本子ども学会の自主シンポジウムに、インクルーシブ教育を取り上げることになり、この団体にそこで発言してくださる人の推薦をお願いしたのです。そこで紹介されてきたのが、海老原宏美さんでした。その市民団体の会員から、元気いっぱいの姉貴分として尊敬されている海老原さんは、その身体的ハンディ(脊髄性筋萎縮症による呼吸困難)のために、ストレッチャーの上で一息つくたびにチューブから酸素を吸いこみながら、力強くそして明るく日本のインクルーシブ教育の問題について語ってくれました。その話に感銘を受け、寄稿をお願いすることになったのです。

ただ、海老原さんが亡くなったという記事を読みすすむうちに、私が20年以上前に出会い大きな感銘を受けた、底抜けに明るく元気な脊髄性筋萎縮症の女子学生が、実は海老原宏美さんその人であったことに初めて気づいたのです。私はその女子学生の名前は覚えていなかったのですが、そのお母さんの名前が印象的で、それだけは覚えていたのです。女子学生に付き添って車椅子を押していたお母さんの名前が「けえ子」さんだったのです。「けい子」さんという名前はどこにでもありますが、「けえ子」さんと表記するのはとても珍しかったので、覚えていました。ネットニュースには、宏美さんの母親「けえ子」さんとして紹介されていたので、私の20年以上の歳月を隔てた2人の人物像が重なったのです。

私は小児神経科の医師として、筋ジストロフィーなどの筋力低下によって呼吸が困難になり、人工呼吸器をつけて生きてゆかなければならない子どもの医療と教育に深く関わってきました。現在でも大きな医療の課題である、在宅で人工呼吸器をつけて生活をしている子どもたちの全国実態調査や、医療倫理に関わる問題の研究は、私の医師としての基本的な姿勢を形成する上で大きな経験でした。国によっては、回復する見込みのない脊髄性筋萎縮症や筋ジストロフィーの子どもに、人工呼吸器を付けないという選択をするところがまだあります。

タイのチェンマイで行われた国際学会で、日本の全国調査を発表した後に、カナダの有名な小児神経学の大家が、「家族の負担を考えると、そのようなこと(人工呼吸器をつけるということ)はするべきではない」と、顔を真っ赤にして私を批判したこともありました。 国際学会で人工呼吸器をつけて生きている子どものことを発表するたびに、海外の医師は批判的でした。子どもの筋疾患の有名な教科書の著者は、私が発表で「教科書には、人工呼吸器はつけるべきではない。つけても生命予後は変わらない」と書いてあるが、実際にはこうして何年も生活してゆくことができる、と発表した後に、その著名な医師から「それなら、あなたが自分で教科書を書いたら?」と皮肉たっぷりに言われたことも思い出します。 しかし、現在は日本だけでなく、世界中で状況が変わってきています。

こうした葛藤を抱えていた私にとって、若き女子学生だった海老原宏美さんの明るく前向きな姿は輝いて見え、大きな心の励みになっていたのです。

私の胸の詰まる思いは消えませんが、ただ宏美さんのご冥福をお祈りするとともに、彼女の「教育が変われば社会が変わる」という言葉や想いを受け継いでいきたいと思います。



筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

インクルーシブ教育

社会情動的スキル

遊び

メディア

発達障害とは?

所長ブログカテゴリ

アジアこども学

研究活動

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP