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34. 脳細胞の基本的な仕組み

要旨:

前節では人類の脳は小宇宙に喩えられる壮大な多重構造から成り立っていることが説明された。今回はミクロの側から眺めて、脳の中央部に存在し、精神と心を繋ぐ神経ネットワークの基本構造である脳細胞の基本的な構造と機能について説明する。まず神経活動の働きがよく知られているニューロン(神経細胞)について説明し、その後グリア細胞についても簡単に説明する。

前節では人類の脳は小宇宙に喩えられる壮大な多重構造から成り立っていることを説明しましたので、今回はその脳をミクロの側から眺めて、脳細胞の基本的な構造と機能についての説明をしたいと思います。


私たちの脳を構成する細胞には、ニューロンと呼ばれる神経細胞と、グリアと呼ばれる神経細胞以外の細胞とがあります。ここでは最初に神経活動の働きがよく知られているニューロン(神経細胞)について説明して、その後でグリア細胞についても簡単に説明を付け加えたいと思います。

report_04_47_1.jpg上図で示したのは私たちヒトを含む動物の神経細胞の一般的な形状ですが、ニューロンと呼ばれる神経細胞では、情報を電気的な信号として伝達して次の神経細胞に伝えるという働きが主な機能です。個々のニューロン(神経細胞)は、休止状態では細胞膜にあるナトリウム=カリウム・イオンポンプの働きで、細胞内を細胞外に対してマイナス70mV程度の負の電位に保っています。この休止状態でのマイナス荷電をニューロンの静止膜電位と呼びます。神経細胞本体からは他の神経細胞からの伝達を受け取るために木の枝を拡げたような形態の樹状突起が広がっています。神経細胞の電気的な活動は次のような過程によります。まず、樹状突起と細胞体に付着している他のニューロンからの電気信号が加算されて神経細胞の静止膜電位をプラス方向に変位させます。マイナスに保たれていた神経細胞内の膜電位が大体±0mVを越えた辺りで、細胞膜のカルシウムイオン・チャンネルが開き、細胞内に大量のカルシウムが流入することによってニューロン内部の電位がプラス方向に一過性に上昇して電気的な活動が起こります。このプラス方向への一過性の電位変化は約1ms(千分の一秒)の時間経過と約100mVの振幅を持った電位変化として観察され、神経細胞の脱分極あるいは興奮・発火等の名称で表現されています。

神経細胞からは大抵の場合は1本の細長い出力用の軸索が出ていて、脱分極で生じたプラスの電位差を標的となっている他のニューロンに伝達します。情報を受ける側の標的ニューロンでも入力するプラス電位の総和により膜電位が大体±0mVを越えると、上記と同様の化学的な変化が起こり、このようにして脱分極が次々とニューロンの発火・興奮のネットワークとして伝えられていきます。脱分極を出力する軸索は大抵は1本ですが、その終末部は細かく分岐していて、一つのニューロンから情報を受け取るニューロンの数は(図を見ていると少なく描かれていますが実際には)哺乳類では数千から1万以上にも上ります。また、神経細胞が細胞体と樹上突起の膜表面で受け取る情報の総数も1000個以上になり、ヒトの脳と脊髄の神経系全体では約1000億個のニューロン同士が、約10兆個の結合を作って巨大な神経ネットワークシステムを形成しています。

ニューロンから出た軸索は、特に細い(1ミクロン以下)幼弱な時期以外は大抵がグリア細胞の作る髄鞘(ミエリン)で覆われており、有髄軸索と呼ばれる形態をしています。ニューロンの大きさは数ミクロンから100ミクロン程度ですが、軸索の長さは約10cmから1mに及ぶのもあります。有髄軸索では電気的な興奮が髄鞘の間を跳躍的に伝搬していくので、髄鞘のない無髄軸索の伝達速度が0.5~10m/sであるのに対して、有髄軸索では100m/sを越える伝達速度で高速かつ減衰の少ないシグナル伝搬を行います。軸索の伝達の方向は神経細胞の位置に関わらず一方向性にのみ興奮が伝搬されます。

軸索の先端終末部は太くなり、終末ボタンと呼ばれる形態を作ります。終末ボタンの対極には受け取り側のレセプターがあり、この組み合わせをシナプスと呼んでいます。シナプスの一部には両方の膜同士が直接電気接合を形成している電気シナプスがあり、呼吸筋の吸気相のような多数の神経細胞を同期的に興奮させる役割がありますが、大部分のシナプスは膜同士が接触せず、シナプスの間に神経伝達物質を放出して膜電位の変化を伝えます。このような神経伝達物質を使ったシナプスを化学シナプスと呼びますが、単にシナプスと言えば大抵の場合化学シナプスを指します。電気シナプスは無脊椎動物では主要なシナプスで系統発生的には化学シナプスのほうが新しいシナプスということになりますが、その利点はシナプス間で放出された伝達物質が回収されるまで10ms以上のゆっくりとした持続的な信号を伝える点と、マイナスのイオンチャンネルを開くレセプターとの組み合わせで、細胞を興奮・発火させるだけではなく逆の脱分極抑制方向にシグナルを送ることが出来るという点にあると思われます。このように化学シナプスには興奮性のシナプスと抑制性のシナプスの2種類があり、そこで作用する興奮性の神経伝達物質の代表はグルタミン酸、抑制性伝達物質の代表はガンマアミノ酪酸(GABA:ギャバ)です。また一部の神経細胞では軸索からの分岐が自分自身に直接または隣接の神経細胞を介して自己制御的な反回シナプスを形成していることがあり、このような仕組みをオートレセプターと呼び、神経ネットワークの制御に寄与していると考えられています。

脳神経を構成するのはニューロン以外にグリア細胞があり、その数はヒトの大脳皮質ではニューロン1に対するグリア細胞の比率が1.4と大脳を構成する細胞の58.3%がグリア細胞です。ヒト以外のニューロンとグリア細胞の比率は線虫では6:1、マウスの大脳皮質では3:1と進化と共にグリア細胞の比率が高くなっています。グリアの語源は「糊」と言う意味でしたが、グリア細胞にはニューロンの活動環境を整え神経伝達を助ける役割があることが解明されてきています。たとえば血管と神経細胞をつなぐアストログリアは①血液中のブドウ糖を乳酸に変えてニューロンのエネルギー源として供給すると同時に、②血液脳関門を形成して脳神経内に入る物質を選別コントロールしています。またそれ以外に③細胞外液のカリウムイオン濃度を一定に保つ。④ニューロンが放出したグルタミン酸を回収し、グルタミンに変えてニューロンにもどす。⑤カルシウム濃度の上昇によって脳の局所血流量を調節する、などの多くの生理作用を担当していることが分かってきています。

このように脳細胞それぞれの生化学的な活動基盤が解明されて、その脳内での生理学的な活動のプロセスも解明が進んでいます。さらにこれらの物質反応を遺伝子と結びつけるデータも蓄積され、脳神経系を駆動している生化学的なプロセスの全容が少しずつ見え始めてきています。しかしこのような神経細胞の働きをいくら細かく解明したところで、その中から人類の意識や心や精神を取り出してみせることは不可能だと思われます。私たちの心は物質の中に宿るのではなく、これらの脳神経活動の結果として脳神経内に描き出される現象の一つにすぎないのです。たとえて言えば、黄色いバナナを見ているときに脳のどの部分を切り刻んで探しても、赤い血は流れても黄色い色は出てきません。黄色いバナナを感じて脳内に表現する神経ネットワークシステムの興奮・発火パターンが出現していただけです。しかも、ヒトの網膜には赤と緑を感じる視細胞はありますが、黄色を感じる視細胞は存在しません。バナナの黄色い色は赤と緑の電気信号の差を計算して描かれる、完全に脳内だけに存在するニューロンネットワークの活動結果なのです。あなたが今見ている黄色いバナナは、このような神経細胞の興奮の結果として、意識上に描かれる心的現象にすぎないのです。ヒトの意識や心や精神が、全くの物質的な反応の結果として精神的に体験されるということの意味がおわかりいただけたでしょうか。

次回は大脳皮質を中心に神経細胞の働きについて説明いたします。

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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