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問いを学ぶ ― 子ども大学かわごえ② 開校へジャンプ

要旨:

「なぜ人間は死ぬの?」「なぜ人間は戦争をするの?」―子どもの素朴な疑問(根源的な問い)について、地域の大学の先生が、やさしく講義する「子ども大 学かわごえ」が2008年12月、埼玉県川越市に開校した。企画・立案者は「キャリア教育」のエキスパート、酒井一郎氏。この「子ども大学かわごえ」がどのようにして設立されたのか、まず企画・立案者の「子ども大学」との出会いまでの軌跡を紹介する。

ドイツの子ども大学を調査

酒井一郎氏が調べたドイツの子ども大学は、おおよそ次のようなものでした。彼の報告書から一部を紹介します。

 

<ドイツの子ども大学は2002年、チュービンゲンで地元紙の協力を得て、最初の子ども大学が開設された。大学教授とジャーナリストが共同して、7~12歳の子どものために、無料で授業を行った。1回目の授業に400人の子どもが参加し、2回目は900人が参加した。>


<子ども大学のキー概念は、子どもの好奇心と科学者の好奇心を結びつけることである。子ども大学の提唱者でプロジェクトマネジャーであるカロライン・アイバー氏によると「子ども大学で学んだ子どもは、新しい疑問やアイデアや問題解決手法を家へ持って帰るため、かれらの精神生活は豊かになる。一方で、教授は自分の研究を分かりやすい言葉で説明する努力をすることにより、自分の世界を豊かにすることができる。また、子どもが理解しやすいように様々なアプローチをとることにより、非常に複雑なテーマも、楽しい雰囲気で教える経験を得るようになる」と述べている。>


<2003年にはドイツのフェーマン島で、チュービンゲン子ども大学の形式に従って開校された。講義のテーマは「なぜ火山は火を噴くのか」であった。以後、ドイツ語圏(ドイツ、オーストリア、スイス)の都市で、子ども大学が地元の大学と連携して続々開校、イギリス、イタリアなどにも広がり、現在100校近くが開校されている。>


<講義のテーマとしては、一般になぜ(why)を論じるテーマを重視し、いかに(how)を論じるよりも優先されている。たとえば、「エンジンはいかに動くか」よりも「なぜ自動車は動くか」をテーマとして優先している。


これまで各子ども大学で取り上げられたテーマには、次のようなものがある。
    ・なぜ私たちは法律を必要とするのか?
    ・なぜ私たちは本を読まなければならないのか?
    ・なぜ腹がすくとお腹がぐうぐう鳴るのか?
    ・なぜ薬は病気に効くのか?
    ・なぜ動物たちは恋をするのか?
    ・なぜ人間は病気になり死ぬのか?
    ・なぜ人間は争うのか?

構想研究会を立ち上げる

ドイツの子ども大学の様子を把握した酒井氏は2007年5月、地元・川越市にある東京国際大学の副学長で教育哲学が専門の遠藤克弥教授に相談したところ、ドイツの子ども大学に関心を持っていたので、川越でも同じような子ども大学を創設することも可能だろうとの前向きな意見を聞くことができました。


酒井氏はこの意見に勇気づけられて、尚美学園大学・堀江湛学長、東洋大学工学部・吉田善一工学部長に呼びかけて「川越子ども大学構想研究会」を立ち上げました。


研究会は酒井氏が中心となって市場調査を開始、川越市教育委員会、大学関係者、商工会議所・青年会議所、小学校教員、保護者など20数人にインタビューしました。そのインタビューをもとに、2007年11月16日、調査報告書=企画書をまとめました。


しかしながら酒井氏は、大学当局との交渉は非常に時間がかかり、いつ到着点が見えるかわからないという状況に危機感を感じ、大学側に主導権を委ねる交渉方法を断念しました。


その時に酒井氏が拠り所としたのはドイツの状況です。ドイツでは地元マスコミが中心になってNPOを設立し、NPOが大学の教授と個別に折衝してボランティアとして無償で授業をしていただく一方、資金的には民間の組織から寄付金を集めて運営する仕組みを作り上げていました。大学教授には無償で授業をやっていただけるので、子どもたちの授業料も無料です。


このドイツの方式に着目した酒井氏は、川越にもNPO法人を設立し、この法人が中心となって子ども大学を創り上げることを決心し、その準備のために翌2008年2月5日、「川越子ども大学をつくる会」を結成します。自らも受講した川越市教育委員会生涯学習課主催の「地域活動コーディネーター養成講座」の受講者30数人に呼びかけたところ、アクティブな市民6人が手を挙げました。


酒井氏から私に子ども大学の企画書がメールで送られてきたのは、このころです。大学の先輩である酒井氏は、私が毎日新聞で教育記者をしていたことを知っていて、「意見を聞かせて欲しい」と言ってきたのです。


その企画書には「(小学4年生から6年生の)子どもたちに大学レベルの授業体験の機会を提供して、知的好奇心を刺激し、学問への興味を喚起する。すなわち、勉強(刻苦勉励)から学問(真理探究)への第一歩を踏み出すことを支援する」「純粋学問の他にキャリア教育及び川越郷土教育も実施する」「市民イニシアティブを活用し、大学、小学校、教育委員会、産業、市民の連携により、地域教育力を強化する」とありました。

「はてな学」「生き方学」「ふるさと学」

私は 一読して「これは面白い」と膝を打ちました。私は長年、教育問題の取材をしてきましたが、いつも疑問に思っていたことは、なぜ日本の教育は子どもの知的好奇心に応えることをせず、上から一方的に雑多な知識を詰め込み、それをテストして点数競争をさせているのかということでした。子どもが日常生活の中で抱く「なぜ」「どうして」という素朴な疑問、それは根源的な問いなのです。それを大学の先生が分かりやすく講義するという子ども大学構想に、私はとても魅かれました。


2月12日、東久留米に住む私は川越に出かけ、酒井氏と会い、意見を述べました。

一つは、「純粋学問」は固くて難しそうなので、子どもに分かりやすいように「はてな学」とする、同じように「キャリア教育」を「生き方学」、「川越郷土教育」を「ふるさと学」としてはどうかということです。


二つ目は、「川越子ども大学」という校名についてです。酒井氏も私もこの大学のねらいからして、いち川越だけに留まらず、ドイツのように各地に子ども大学ができればいいと思っていたので、校名を「子ども大学かわごえ」と、地域名をあとに付けたほうがいいのではないかということです。


三つ目は、子ども大学を世間にアピールするために、学長に子どもや親が知っている有名人に依頼してはどうかということです。

学長を誰にするか

酒井氏は有名なアニメ映画監督や、脳科学者、さらにはNHKの元アナウンサーに手紙を出しましたが、「多忙」を理由に断られました。


そこで有名人はあきらめ、かねてから子ども大学に関心を持っている東京国際大学の遠藤副学長に依頼するため、大学に酒井氏と私が訪問しました。遠藤先生は大学以外にも、学外でさまざまな重要な仕事を引き受けておられ、大変お忙しい方でしたが、なんとか引き受けていただくことができました。


理事長については、酒井氏が早稲田大学産業経営研究所特別研究員として、かねてから知り合いの早稲田大学元副総長・江夏健一先生に依頼することになり、私も酒井氏に同行して大学に行き、快諾をいただきました。


設立資金を確保するために、酒井氏はいくつかの助成団体に申請書を出しましたが、そのうちの一つ、仙台にあるカメイ社会教育振興財団から50万円を助成(申請は100万円)する旨、連絡がありました。

 

事務局は酒井氏の自宅の近くにある川越市霞ヶ関北自治会館内に確保できました。


こうして「子ども大学かわごえ」のかたちが出来上がり、9月30日、NPO法人「子ども大学かわごえ」の設立総会を川越市立博物館の会議室で開催し、埼玉県に法人の認証申請を行いました。(12月6日認証、12月22日法人登記)

 

開校記念シンポジウムを開く

report_02_83_1.jpg11月26日、川越市役所記者クラブで記者会見を行いました。これには遠藤学長も出席、酒井氏が資料を配布して説明し、遠藤学長も子ども大学の意義を強調しました。最後に、スタッフの竹澤和雄さんがつくった校旗を披露しました(写真)。これを各社はカメラに収め、翌日の埼玉新聞や毎日新聞、朝日新聞などの埼玉版に大きく紹介されました。これによって「子ども大学かわごえ」は川越市とその周辺地域に一挙に知られるようになりました 。


12月7日の日曜日、川越市立図書館視聴覚ホールで開校記念シンポジウムを開きました。開催にあたって川越市と隣の鶴ヶ島市の教育委員会が全面的に協力、両市内の小学4年生~6年生全員1万1000人に案内のチラシを配布してくれました。会場が狭いため、酒井氏は「たくさん来たらどうしよう」と心配顔でしたが、当日は60数人でした。


シンポジウムに先立ち、川越市教委の教育総務部長と鶴ヶ島市教委の教育部参事が子ども大学に期待する祝辞を述べました。酒井氏がドイツの子ども大学の様子をスライドで紹介したあと、遠藤学長が「本当の学力とは」と題して基調講演。そして「子ども大学の役割」について江夏理事長、遠藤学長、酒井事務局長をパネリストに、私が司会役を務めてシンポジウムを行いました。


パネリストたちは、子どもたちに本当の学力をはぐくむためには、どんな教育が必要かについて思うところを語り、参加者に子ども大学の教育理念が伝わったと私は思いました。


年が明けてから、いよいよ学生募集が始まります。(つづく)

 

子ども大学かわごえホームページ: http://www.cuk.or.jp

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