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問いを学ぶ ― 子ども大学かわごえ① 設立への助走

要旨:

「なぜ人間は死ぬの?」「なぜ人間は戦争をするの?」―子どもの素朴な疑問(根源的な問い)について、地域の大学の先生が、やさしく講義する「子ども大 学かわごえ」が2008年12月、埼玉県川越市に開校した。企画・立案者は「キャリア教育」のエキスパート、酒井一郎氏。この「子ども大学かわごえ」がどのようにして設立されたのか、まず企画・立案者の「子ども大学」との出会いまでの軌跡を紹介する。

はじめに

「なぜ人間は死ぬの?」「なぜ人間は戦争をするの?」―子どもの素朴な疑問(根源的な問い)について、地域の大学の先生が、やさしく講義する「子ども大学かわごえ」が2008年12月、埼玉県川越市に開校しました。春休みの3日間、子ども(小学4年生~6年生)が大学に登校して授業を受けます。

 

子ども大学はドイツで生まれ、現在ドイツを中心に100校近くが開校されています。その日本版第1号が川越市でNPO法人立として開校したのです。川越市にある東京国際大学、尚美学園大学、東洋大学工学部の教員と連携し、それぞれの大学の教室で授業を行います。


学部として「はてな学部」「生き方学部」「ふるさと学部」の3学部を設けました。大学名を「子ども大学かわごえ」としたのは、子ども大学が全国に広がることを願って、それぞれの地域名を付けて開校してもらえればいいと思ったからです。


この「子ども大学かわごえ」がどのようにして設立されたのか、まず企画・立案者の「子ども大学」との出会いまでの軌跡を追ってみました。

立案者は「人づくり」のエキスパート

「子ども大学かわごえ」の企画・立案者は酒井一郎氏。大阪大学経済学部を卒業後、商社マンとして長年、ドイツに駐在しました。したがって、子ども大学発祥の地のドイツに、元々なじみがあったわけです。


商社を1996年に退職、企業での経験を生かして太宰府市の福岡国際大学で国際経営論、川崎市の田園調布学園大学で経営学などの講義をしました。


酒井氏は商社時代の10数年間、社員教育にたずさわり、新入社員をはじめ、課長、部長、重役をも対象に研修を担当しました。また、大学教授10年間のうち6年間は、学生の進路指導とキャリア教育の責任者を務めました。そして2007年3月、大学の教壇を下りて酒井キャリア教育研究所を設立します。


このように酒井氏は「キャリア教育」、つまり「人づくり」のエキスパート。そのキャリアが、未来の社会を担う人間を育てる「子ども大学」設立の下地になったのです。

「ミニ・ミュンヘン」との出会い

酒井氏は田園調布学園大学に在籍中の2005年2月、東京都内で開かれた「子どもの参画情報センター」主催の研修例会に参加、そこで「ミニ・ミュンヘン」に出会います。ドイツのミュンヘン市で子どもたちが遊びを通して職業体験をしながら「まちづくり」をする「ミニ・ミュンヘン」のようすが、映像付きで紹介されたのです。「子どもたちが遊びを通して社会とのつながりを体得するホリスティック(包括的)な仕組みに深い感動を受けた」と酒井氏。


この「ミニ・ミュンヘン」は国際児童年の1979年にミュンヘンのNPO法人「文化と遊び空間」が、市当局の後援を得て始めたもので、旧オリンピック会場の一部(競輪場)を借りて、2年に一度、夏休みに3週間実施、毎日平均2000人の子どもが参加しています。


子どもたち(7歳から15歳まで)は、まず、会場入口に設けられた市民登録所でミニ・ミュンヘン市民になるための登録をします。つぎに職業紹介所に行き、自分がやってみたい仕事を選びます。会場には、おもちゃ工場、アクセサリー工房、服飾店、陶芸所、工務店、百貨店など、さまざまな職種のパビリオンが設けられています。そこで子どもたちは働き、地域通貨を賃金としてもらい、そのお金で子どもが経営する料理店で食事をしたり、ゲームセンターで遊びます。


新聞社やテレビ会社もあって、子ども記者が、仕事をする子どもたちや、「まち」のようすを取材して、新聞やテレビで紹介します。市役所、議会もあり、選挙で選んだ市長や議員が「まち」の運営をつかさどります。トラブルが起きたときのために裁判所もあります。


このように「ミニ・ミュンヘン」は子どもが主人公の「まち」。キャリア教育を研究する酒井氏は、「これぞ生きたキャリア教育であり、シティズンシップ教育でもある」と共鳴したのです。そして「日本でもこうしたことを子どもたちに体験させたい」と思い始めます。これまで大学生相手だった酒井氏は、子どもの教育に眼を向けることになったのです。

佐倉市の「子どものまち」を知る

このすぐあと、酒井氏は国内でも千葉県佐倉市に「ミニ・ミュンヘン」をモデルにした「子どもがつくるミニさくら」(さくら=佐倉)があることを知ります。佐倉市の子ども関係の市民活動家・中村桃子氏が2000年に「ミニ・ミュンヘン」を訪問して感動し、佐倉市で2002年3月に立ち上げていたのです。


春休みの3日間、商店街の協力を得て「子どものまち」をつくります。商店街のあちこちに食べ物屋、手づくり工房、デパート、市役所、警察、新聞社など40種以上のブースを設け、子どもたちは「市民カード」を受け取り、職安に行って「仕事カード」をもらい、希望するブースで働き、労働時間に応じて地域通貨を銀行で受け取り、買物を楽しみます。事前に子ども会議を開き、どんな「まち」をつくるかを話し合います。子ども職人養成講座も開いています。

(これと同じような「子どものまち」を実施している市民組織が2008年時点で全国に20ヵ所近くあります)

大学発の「子どものまち」づくり

酒井氏はこれらに刺激を受けて、2005年春、自分が勤務する田園調布学園大学でもやってみようと思い立ちます。先行する各地の「子どものまち」は市民グループによるものが多く、大学がつくる「子どものまち」は初めてでした。これは大学の使命である「地域社会への貢献」にもなる、と酒井氏は思いました。


酒井氏はゼミ(マーケティング&コミュニティビジネス論)の学生に呼びかけて、学生主体のプロジェクト・チーム(実行委員会)を結成します。酒井氏は教授らしく、このプロジェクトを推進することによって、学生たちに①働くこと・生きることへの理解、②自ら考える能力の育成、③社会的・職業的諸活動への知識、④対人関係能力の育成、⑤社会性・社会的モラルの涵養―などを身に付けさせることを教育目標にしました。いずれも、いまの学生に最も欠けている能力です。


一方、「子どものまち」に参加する子どもの教育目標として、①勤労体験を通した職業観の育成、②共同作業による対人関係能力の養成、③自発的活動による考える力の強化と自分の潜在能力の開発、④まちづくりによる社会性・市民意識の涵養、⑤地域通貨の利用による経済的気づき―を掲げました。


大学生と子どもを同時に育てる、まさに一石二鳥のプロジェクトです。

得意のマーケティング論を駆使して

名称は「ミニたまゆり」。大学が位置する多摩地区の「たま」と、大学所在地の「百合丘」の「ゆり」をつなげたわけです。まず、学生に佐倉市の「ミニさくら」を見学させ、11月の学園祭に開設すべく準備を始めました。酒井教授は専門のマーケティング論を駆使して学生を動かし、市場調査など開設に向けて取り組みました。


計画通り11月5日と6日に「ミニたまゆり」を開催。大学の校庭に20数張りのテントを立て、食べ物屋、手づくり工房、ゲームセンターなどの店を開き、市民登録所、職安、銀行、証券取引所、市役所、裁判所、新聞社といった公共機関を設け、英語学校やパソコン教室、ロボット組み立て教室も開設しました。「ユリー」という地域通貨も用意しました。来場した子どもは2日間で500人でした。


この「ミニたまゆり」は以後、子ども会議を設けてジュニアリーダーを養成しながら毎年開催され、2008年2月に3日間開催された「ミニたまゆり」には3000人以上の子どもたちが集まり、すっかり地域に定着しました。

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(写真:酒井一郎氏ご提供)

 


「子ども大学」との出会い

さて、酒井氏は2007年3月、大学を辞めて、酒井キャリア研究所を川越市の自宅に設立します。そして4月に佐倉市で開かれた「第1回こどもがつくるまち主催者サミット」に参加、ここで「子ども大学」と出会うことになります。


サミットに招かれた「ミニ・ミュンヘン」主催者のNPO「文化と遊び空間」のマーギト・グリューナイズル氏が、ミュンヘンの子ども大学を紹介したのです。題して「子ども大学~新しい公教育を開く、大学・NPO・行政・企業の連携に見る補完性の原理」。


この子ども大学は、子どもが自然や人間、社会に対して抱く「なぜ」「どうして」という根源的な問いに対して、地域の大学の教授が大学の講義室で、わかりやすく講義するというもので、子どもたちに大変な人気を呼び、グリューナイズル氏によると、ドイツにはすでに70の子ども大学が開設されているということでした。(現在、ヨーロッパに100校近く開校されています)


ここで語られた「子ども大学」のねらいとシステムは、酒井氏がかねがね疑問に思っていた社会から切り離された日本の学校教育の改革につながるのではないかと思ったのです。酒井氏は「これを川越でもつくってみよう」と思い立ち、インターネットと文献でドイツ各地の子ども大学について調査を開始します。(酒井氏はそれを「ドイツの子ども大学」という冊子にまとめています)


川越市には東京国際大学、尚美学園大学、東洋大学工学部の3大学があり、これら大学の教員と提携して子ども大学を創設する準備に取りかかります。2007年5月のことでした。


酒井氏がここ数年、関心を持ち、自ら実践もしてきた「子どものまち」。その社会とつながる生きた教育を「子ども大学」に結実させようというわけです。(つづく)


参考文献: 酒井一郎・番匠一雅編著 「地域で遊んで学ぶキャリア教育」 (国土社)

子ども大学かわごえホームページ: http://www.cuk.or.jp

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