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医療介入への恐怖に、子どもが向き合うための「遊び」

要旨:

大人と同じように子どもも、自分の分からないことや、自分自身ではコントロールできないことに恐怖感を抱く。そのため、子どもたちは、何が起こるのか、そしてその結果どうなるのか、遊びを通して教えられたり、示されたりする必要がある。 大人たちは、子どもがどのようにこちらの説明を理解したのかを把握し、誤解があればそれを正す必要がある。一生涯の後遺症を背負わないように、子どもたちは直面している恐怖を乗り越えなくてはならない。遊びは、こうした問題に取り組む手段として有効である。遊びの中であれば、子どもは自分で環境をコントロールすることができ、自信の形成につながる。
English

私の人生において、チャイルドライフスペシャリスト*として、エマ・プランクと共に働いたことは特筆すべきことであった (1&2)。プランクは、オハイオ州クリーブランドのメトロヘルス医療センターに入院している子どもたちの、非医療的なニーズに応えるために「子どもの生活と教育プログラム("the Child Life and Education Program") 」 を立ち上げた。 その中で、私は子どもの恐怖や不安を認識する大切さ、そして子どもがそれを乗り越えるためにサポートする重要性を学んだ。プランクはオーストリアのウィーンで、医師であり教育界のパイオニアでもあるマリア・モンテッソーリや、父であるフロイトの精神分析を子どもに適用した児童心理学者アンナ・フロイトの元で学んだ。 プランクは、子どもの発達段階や感情に対する理解を、前述のプログラムに取り入れてくれた。本稿で以下に紹介する事例は、この時の経験に基づいたものである。

恐怖の原因と結果

「子ども(そして多くの人々)は、理解の及ばないことや、自分自身でコントロールできないこと、また未知であったり新しい物事に恐怖を感じる」(3)。「小さな子どもは、大人よりも不安や恐怖を感じることが多く、その恐怖の感情も、大人よりも激しく感じている」(4)。それは子どもは凄まじい想像力をもっているからである。「心拍数があがり、呼吸が速くなり、顔が青くなり、冷汗をかき、お腹がシクシクしたり、身体が震えることもある」(3)。 子どもは泣き、反抗し、殻にとじこもったり、まわりの人々や遊びに対する興味を失ったり、あるいは癇癪を起したりする。時として、犬にかまれたなどの実体験から恐怖が生まれることもある。一方で、「大人が子どもに恐怖を感じるように教えていることもある」(4)。例えば、子どもを病院に連れて行った際に、もし母親が注射を怖がったとしたら、その子どもは注射へ恐怖を抱くようになる可能性が高い。テレビで暴力的なシーンを見たり、危険なことについて聞いたりすることも、恐怖を呼び起こすことになりうる。

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恐怖のあまり自分の荷物を抱きかかえる子ども

子どもに必要なこと

何を差し置いても、子どもは、安心できることが必要である。言葉での説明や遊びを通して、これから何が起こるのか、終わった後はどうなるのか、きちんと知らされる必要がある。「知ることで、子どもの恐怖心はやわらぐ」(2)。子どもは、会話や遊びを通して恐怖を乗り越える手助けを受け、克服しながら段階的に褒められると良いだろう。「調査によると、子どものころの恐怖や不安を早い段階できちんと認識できないと、その後の人生に、さまざまな問題をもたらしうる」(5)。子どもたちが恐怖に打ち勝つためには、まず恐怖を実感する必要があり(2)、遊びがその助けになりうる。遊びは感覚を鈍磨させる。遊びの中では、子どもは自分の環境をコントロールすることができるので、自信の形成につながり、その自信は人格形成においてさまざまな影響を及ぼす。

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遊びながら、ジョニーはホームシックから解放されそうだ

遊び―別れや見捨てられることへの恐怖に対処する手段

愛する誰かと離れ離れになると、大人はその人について話をする。話をすることで、感情を満たしたり、その人の存在を近くに感じたりすることができる。それに対して、子どもたちはそういった話をする語彙をもちあわせていないが、子どもも同様に、恐怖や不安を感じているのである。ナンシーは、プレイルームで、お人形の髪を洗って梳かしてあげたり、ご飯を作ってあげるまねをすることが大好きだった。 彼女は、母親が自分の髪をそうしてくれた時の安らいだ気持ちを思い出したり、おそらくはキッチンに立っている母親の姿を思い浮かべて、自分を安心させていたのだろう。理想的なことに、母親(保護者) は、ナンシーにいつ退院できるのか伝え、お気に入りのおもちゃを持ってきてあげ、家族の写真や家でのことを思い出させるような小物を置いてあげた。そして看護師やチャイルドライフスペシャリストはよく彼女を抱きしめ、気にかけていた。またうまい具合に、気が向いた時に、他の子どもたちと会ったり遊んだりできるような配置になっていた。

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母親がしてくれたことをお人形に再現するナンシー

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お互いに助け合う子どもたち

遊び―新たな体験、恐怖を感じる体験への心構えをさせる

私の息子ロイは、消化器系の問題を抱えていた。そこで、彼がお腹を壊す食べ物をリストアップしてみた。2才半の時、小児科医が「ロイはセリアック病(小麦・大麦・ライ麦・オーツ麦を消化できない病気)かもしれない」と言い、小腸を検査しようと言いだした。もし検査で小腸に異常が見られれば、医師の推測は正しいことになる。しかし、医師も私も、こんなに小さな子に手術をさせる気にはなれず、その代わりに、バリウムとX線での検査をすることに決めた。もしX線で、小腸の壁が平坦であることが分かったら、ロイがセリアック病である可能性が高く、セリアック病の食事療法に切り替えて経過観察をすることになる。私はこの検査をするにあたり、彼に心構えをさせようと思った。 お医者さんごっこをして、彼に私を診る医師の役をやらせた。彼は、前回病院に行ったときのことを覚えていて、医師がロイの反射をテストしたように、私のひざを楽しそうにハンマーで叩いたりして遊んだ 。そして彼に、「テーブルの上に寝転がって、大きな機械でロイのお腹の写真を撮るんだよ」と説明した。その次に、水の入ったグラスを手渡し、こう言った。「これをバリウムだと思って。全部飲み干すのよ。色が白くて、まるで砂場の砂を飲んでいる味がするのよ。そしたら顔をしかめて、『げ~、まずい!』」。彼は、私がバリウムを飲むまねをするのを見ていた。私は顔をしかめ、「げ~、まずい!」。そして次はロイの番。検査の日、ロイは抵抗することなくグラスの4分の3のバリウムを飲み、一呼吸おいて全部飲み干そうとしたところで、もう十分だと看護師に止められた。看護師は彼の頑張りをほめたたえ、抱きしめてくれた。私も彼をほめちぎり、さらにぎゅっと彼を抱きしめた。笑顔から、彼が誇らしく思っていることがよく分かった。検査の結果、彼はセリアック病であった。

遊び―子どもが正しく理解しているか確認する手段

これから一体何が起こるのか、子どもたちに説明した後、大人は彼らがきちんと理解しているかを把握し、誤解があればそれを正す必要がある。7歳の男児、トミーは、臍ヘルニアの治療のために入院していた。 彼はイーゼルに向かって絵を描いていたが、そこには人の頭、動体、そして手足が赤い絵の具で描かれていた。絵の具は、画用紙の上から下まで垂れていた。「何の絵を描いているの?」と尋ねると、彼は答えた。「この人はこれからおへそを治すんだ」 私は医師がどのように治すのか聞いてみると、「僕のおへそを全部切り落とすんだ 」と答えた。それを聞いた私は、医師がおへそをほんの少し切って縫い合わせるだけで、切り落とすことはないと説明した。誤解が解けて、私の役目は終わったとほっとしたものの、ついでに聞いてみた。「そしたら次はどうなると思う?」するとトミーは目を潤ませながら、「お医者さんは僕のあっちも切っちゃうんだ」と言った。この子は、自分が去勢をされると思っていたのだ。 私は、医師がペニスには何もしないことを説明した。手術はへそを治すだけのものなのだ。そこで、ふと赤い絵の具が、血への不安を意味していたものかもしれないと気付いた。体は常に血を作り続けていて、イーゼルの上の紙に塗りたくった赤い絵の具と同じように、瓶に何本分もあるのだ、と説明してあげた。 きっと彼の誤解は全てとけたことと思う。

遊び―恐怖を克服するため、怖かった出来事のあとの気持ちに向き合うための手段

ピーターは血友病(出血が非常に起こりやすい病気)を患っており、治療を受けるためによく入院していた。お気に入りの遊びは、手術着をはおってお医者さんごっこをすることだった。彼は人形相手に注射をすることに、細かいこだわりをもっていた。ごっこ遊びをすることで、「安心感を与え、大人の仕事に精通するようになる」(6)。(ちなみに、ピーターはこの後、血友病研究が専門の医学博士になった。) アンナは糖尿病を患っていた。13歳の時、医師は彼女に自分でインスリン注射ができるように教えるべきだと思ったが、彼女はチャレンジしてくれなかった。 そこで我々は、プレイルームで彼女に、どうやって注射されるのか、オレンジを使って他の子たちに教えてあげて、とお願いした。もちろん、いつもどのように注射されているか、彼女もよく見ているし、何度も教わっている。彼女は誇らしげに、他の友人たちにその手順を示して見せた。この経験の後、彼女は立派に自分で注射するようになった。

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お医者さんごっこをするピーター

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子どもたちの絵には彼らの気持ちが表れている


遊び―他の恐怖を感じる経験に対処したり、心構えをする手段

息子のロイが2才半の時のことである。我々家族は引っ越しをすることになり、夫婦で荷物を新居に運ぶ間、ロイはいとこの家で留守番することになった。飼い犬が一緒に「留守番」にはならなかったので、自分が捨てられたように感じないだろうか?と私は思った。彼は、いとこの家に持っていく荷物を詰めるのを手伝ってくれた。最初に詰めたのは、彼が不安な時に握りしめるふわふわ毛布。そして次に詰めたのは、両親と電話ごっこをするためのおもちゃの電話だった。その他の彼のおもちゃや衣類は、新居へ運ぶ段ボールに入れ、「ロイの新しいお部屋へ」と書いた。そして私のスーツケースにはロイの写真を入れて、「これでずっと一緒よ」と伝えた。いとこ曰く、ロイを乗せて走り去る時、ステーションワゴンのリアウインドーから手を振りながらロイが「ママとパパは僕がいなくて、とってもさみしがるね」と言っていたらしい。これでロイは、この別れが一時的なものだと理解していると確信できた。

結論

遊びを通して、子どもはその状況をコントロールすることができるので、自信につなげることができる。遊びは、子どもたちに、怖がるような出来事への心構えをさせたり、これから何が起こるかについてどのくらい理解をしているのか確認したり、その結果がどうなるかを説明したりする手段である。また遊びにより、子どもたちは恐怖を克服し、その後の人生において不安障害などを回避できる。本文中で扱った事例は、ほとんどが医療処置に関するものであるが、恐怖や不安を抱かせるその他の別離や介入に対しても、大人が子どもたちに心の準備をさせたり、恐怖を乗り越えるサポートをする上で、遊びは有効な手段である。



  • * 医療環境にある子どもや家族に、心理社会的支援を提供する専門職。(編集部注)
    References:
    • (1) MacDonald, Cinda. "Meet the professional: child life specialists: making the tough times a little easier." 2001. The Exceptional Parent. July, 2001. EP Global Communications. Inc.
    • (2) Plank, Emma N. with the assistance of Marlene A. Ritchie. Working with Children in Hospitals. Third edition, April, 2005. Medical Health Medical Center, Cleveland, Ohio.
    • (3) Women's and Children's Health Network. Parenting and Child Health. "Fears - young children." 2014.
      http://www.cyh.com/HealthTopics/HealthTopicDetails.aspx?p=114&np=122&id=1612
    • (4) Anxiety Care UK. "Children's Fears and Phobias." 2014.
      http://www.anxietycare.org.uk/docs/child.asp
    • (5) "Ignoring problem leads to adult difficulties." Feb. 2009. USA Today (Magazine). Society for Advancement of Education.
    • (6) Elkind, David, Ph.D. 2007. the power of play. how spontaneous, imagination activities lead to happier, healthier children. DaCapo Lifelong Books (member of Perseus Books Group) Cambridge, MA, U.S.A.

    注: 3枚のモノクロ写真は、出版社のご厚意により、"Working with Children in Hospitals" から転載いたしました。

筆者プロフィール
Marlene_Ritchie.jpgマレーネ・リッチー(旧姓アーチャー)

アメリカ、日本、中国で教壇に立つ。看護師として働く一方、入院中の子どもたちの医療以外のニーズに応えるEmma N. Plank of the Child Life and Education Programを立ち上げた副設立者。トロントの競売会社Ritchiesの共同設立者でもある。多岐にわたる以上の経験と、オハイオ州の小さな町で育った経験、母としての経験をもとに執筆活動をしている。現在、フリーランスライター兼チューター。カナダ、トロント在住。過去8年間CRNに寄稿。
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