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香港における女性の社会進出と外国人家事労働者

要旨:

香港の女性の多くは、未婚、既婚にかかわらず社会進出をしている。子育て中の女性の社会進出を可能にしているのは、外国人家事労働者の存在である。外国人家事労働者は、香港の家庭では重要な存在となっている。しかし、外国人家事労働者の雇用には、メリットだけではなく、デメリットもある。家庭が、家事労働者の雇用の仕方を間違えると、親子関係および子どもの成長にもマイナスの影響をもたらすことになる。家庭を構成するメンバーが、家庭内での立ち位置をきちんと見定めることが、現在、こうした香港の家庭における重要な課題となっている。


キーワード:香港、女性、親子、就労、外国人家事労働者
働く女性の社会

香港は、男女平等社会であると言われている。大学で働いている筆者は、よく大学生と接しているが、就職活動をしている女子学生は、「就職活動で女性だから差別を受けたり、性別で職が制限されたりすることを感じたことはない」、「女性だからといって引け目を感じたことがない」と話す。こういった発言ができる日本の女性は、さほど多くないといえるだろう。この香港人女性の自信と、高い就職率および高学歴は、無関係であるとはいえない。

香港は、働く女性の社会であるといえる。香港政府の資料によると、近年、経済状況が下り坂であるにもかかわらず、香港の労働人口における女性の人数および比率には、明らかな上昇傾向が見られる。女性労働者の人口は、1999~2009年にかけての10年間で、1,362,500 人から1,736,300人に増加した。毎年平均して2.5%の増加率となっており、労働人口全体の増加率と比較すると1.1%倍である。同期間における女性の労働参加率*1 は、49.2%から53.5%へ上昇した。政府統計局の予測では、この情勢が続いて、2023年には男性労働人口を超え、2026年には55.4%に上昇することが見込まれている。

労働女性の教育水準も高くなってきており、労働女性の大学卒業程度の比率は、1999年では25%だったのが、2009年には32%となっている。また、2009年現在の専門職および管理職における女性の割合は約4割である。キャリア志向の女性にとっては、アジアのみならず、欧米の女性にとっても、羨ましく感じられる数字である。

外国人家事労働者の社会

香港は、サウジアラビア、アラブ首長国連邦などと同様に、外国人家事労働者を多く受け入れている地域の1つであり、 インドネシア人およびフィリピン人の家事労働者を合計しただけでも、30万人を超えている。家事労働者を雇用できる家庭は、富裕層や中産階級だけではなく、一般家庭でも雇用が可能なのである。日本では、結婚前はフルタイムで働く女性が多いが、結婚後は、出産や子育てのために、数年間、就労から離れて、子どもが学齢期になってから、パートなどを始める人が多い。よって、女性の年齢別就業率は、いわゆるM字グラフ を形成していると言われている。香港の場合は、多くの女性は、結婚前も結婚後も、フルタイムの仕事に就き、家事や育児を家事労働者に依頼している。

香港政府の統計によると、香港における約700万人の全人口のうち、外国人人口は8%を占めている。その中でも、最も多いのがインドネシア人の156,319人で、次にフィリピン人の144,463人、そして、タイ人の28,067人が続く。この外国人の3大グループの中で大半を占めているのが、家事労働者として主に住み込みで就労する女性である。外国人家事労働者の法定最低賃金は3,920香港ドル(日本円で約4万円)で、食費や寝室などは別途支給となっているものの、香港のフルタイムの女性の月給は1万ドルから4万ドルの間(日本円で約11万~44万円の間)であるため、家事労働者を雇っても、収入の方が大幅に上回るのである。

香港は、学歴や業績を評価し、性別を問わない社会である。労働内容に基づいて、同じポジションであれば、男女ともに給与も同額である。これは、女性の労働を促進するものであるといえる。香港の一般的な家族には、両親と子どもがおり、時には祖父母も含まれている。両親がフルタイムで共働きをすることによって、子供や高齢者の世話は、家事労働者にゆだねられることになる。外国人家事労働者は、多くの香港人家庭において、不可欠な存在となっているのである。

家族の役割の変化

「男は外、女は家庭」という伝統的な考え方は、香港では既に過去のものとなり、両者の役割にも大差がなくなってきている。両親は、フルタイムで共働きをしているために、外国人家事労働者が、家での仕事を全般的に行うにようになった。多くの子どもたちは、自分の親よりも、家事労働者に懐くようになっている。過度な家事労働者への依存は、子どもの独立性を阻害し、親子関係にも影響をもたらす。多くの香港人の親たちは、このことの深刻性に気づいていないようである。ギフテッド教育ならびに特別支援教育に詳しい辛玉清氏(香港療育及び教育センターの特殊幼児インストラクター)は、「親の共働きによって、家事や育児の役割の一部を、家事労働者が担うようになり、かつての専業主婦のように、母親が全面的にそれらに関わらなくなったことに対して、昨今の父親たちはあまり違和感を持っていない」と話す。そういう考えが出現した理由には、女性の地位が高くなり、男女平等の考えが強まっていることや、共働きによる家庭の収入が増えたことがあげられる。しかしながら、万事がうまくいくわけもなく、一歩間違えると、親と家事労働者の立場が逆転してしまい、悪い結果をもたらすことになってしまう。

実際に、 外国人家事労働者を雇用することによるデメリットが出現している。例えば、家事労働者による幼児虐待がニュースになることは珍しくはないし、家事労働者に頼りすぎて、簡単なことさえもできない香港人の子どもも増えてきている。彼らは、「お手伝いさんなら、文句を言わずに聞いてくれる」と、小さなことでも過剰に家事労働者に依頼してしまっているのである。香港と同様に、シンガポールも外国人労働者に家事、子どもや老人の世話なども含めた家庭内の労働全般を依存している国家であるが、十数年前にシンガポールで上映された映画には、家事労働者に関する問題が反映されている場面があった。誘拐犯が、小学生の男の子を身代金目的で誘拐するが、普段からお手伝いさんに何でもやってもらっているその小学生は、身の回りのことが全然できず、「こんなことなら、お手伝いさんごと誘拐すればよかった」と誘拐犯を困らせるのである。

とはいえ、筆者の知り合いで家事労働者を雇用している大部分の親たちは-中国大陸などからの移民も含めた香港ID所持者だが-しつけの部分については非常に重要に考えており、子どものしつけに関しては自らが責任を持ち、家事労働者に家事を中心に任せている。

例えば、フルタイムの会社員であるAさんは、子どもが過度に家事労働者に頼ることを防ぐために、子どもが最低限自分でしなければならないことの時間割とリストを作り、それについて、家事労働者にも助け舟を出さないように徹底してもらっているという。

パートで事務をしているBさんは、家の規則を先に決めておき、それを子どもと家事労働者が守るように指導しているという。

教師のCさんは、どんなに忙しくても子供の勉強は必ず横についてみている。また、子どもが家事労働者を見下さないように、家事労働者に対しては命令口調を避け、また家族と同じテーブルで食事をさせるようにしているという。

その一方で、教師のDさんは、ある程度、家事労働者にしつけの部分も依頼せざるを得ないため、あえて、教育経験がある家事労働者、子育て経験が豊富な家事労働者を選んで雇用していた。

フリーランスのEさんは、必要に応じて、子どものしつけの部分も任せられる優秀なお手伝いさんを雇うのも構わないという考え方である。こういった考えの人も、香港社会全体で、徐々に増えてきていると筆者は実感している。このように、「しつけは親がすべきもの」という伝統的な価値観が薄らいできていることも事実だ。そういえば、近年、日本のテレビ番組で、香港人の若者が「我が家のおふくろの味は、出前一丁」と話すのが紹介されていたが、簡単な割においしい日本のインスタントラーメンが、忙しい香港人家庭では人気なのである。また、日本と比較すると、香港人は外食に慣れており、軽食が簡単に取れる食堂も多く、朝食は、職場の近くの香港式食堂(軽食屋)を利用する会社員、学食を利用する大学生も多い。そういう背景から、家庭料理を重視する傾向は日本よりは薄く、家で日本のインスタントラーメンを食べたり、外食をしたりすることは、かなり普遍的な現象になっている。

家庭における役割分担を知ること

外国人家事労働者を雇用する際には、マイナスの影響が出ないように、家庭での各自の役割をはっきりとしておく必要がある。辛玉清氏は、外国人家事労働者を雇用することによる子どもへのマイナスの影響について、以下の3点を述べている: 

  1. 親が子どもの面前で、外国人家事労働者に対して、些細なことに対しても過度に叱責すること。子どもは、相手の気持ちを考えることもせずに、家事労働者、家族、同級生、教師等にも同じように、命令口調で威張り散らすようになってしまうという。
  2. 親と家事労働者の関係が悪い場合、それによって、子どもが不安定になり混乱をきたし、大人の顔色ばかりを伺うようになることもあるという。
  3. 家事労働者の権力が親よりも強くなりすぎること。親の権威が失われ、子どもは親の言うことを聞かなくなってしまうという。子どもにとって、両者の役割の違いがわからなくなってしまうそうだ。

辛玉清氏は、マイナスの影響を避ける秘訣として、以下の8点を挙げている:

  1. 親は親の役割を決して忘れてはならず、家事労働者はあくまでも「親の協力者」であることの認識を持つこと。
  2. 親は責任と権力を持ち、家事労働者は親の指示に従って仕事をするということを認識すること。
  3. 親は家事労働者とは、常によくコミュニケーションをとり、子どもの前で良い関係を築かなければならない。
  4. 親は家のルールを決めておき、家族のメンバーと家事労働者がそれを守れるようにしておくべきである。
  5. 親は家事労働者に依存し過ぎてはならず、親子関係を重視すべきである。
  6. 家事労働者の権力が大きくなりすぎないようにする。
  7. 親はきちんとした態度で家事労働者に接すべきで、子どもの面前で家事労働者を厳しく叱責してはいけない。
  8. 親は家事労働者の努力や協力に対して適度に褒めることも重要である。

お手伝いさんに育てられた世代が、今後、親となり、また香港社会の中核をなす世代になっていく。同時に、女性の社会進出も更に進み、香港では、ますます、家事労働者は必要不可欠な存在として位置づけられると考えられる。女性の社会進出志向を手放しで喜ぶだけではなく、親、家庭を構成するメンバー、家事労働者が、家庭内での立ち位置をきちんと見定めることが、現在、香港の家庭における重要な課題となっている。親と家事労働者が良好な関係を構築していれば、子どもにも良い影響をもたらす。子どもは、父母とお手伝いさんとの関係から、「相手を尊重すること」、「相手に感謝すること」、「礼儀正しくすること」、「相手に心を配ること」を学ぶことができるのである。


*1 労働参加率とは、生産年齢人口に占める労働人口の割合のことである。生産年齢人口は、15歳から64歳までの人口を指し、この中で働く意思を持つ就業者と失業者の合計である労働人口がどのくらいかを表したものが労働参加率となる。 15歳以上の働く意志のない病弱者、学生、専業主婦、定年退職者などは非労働力人口とされる。
筆者プロフィール
合田 美穂(香港中文大学助理教授、静岡産業大学非常勤講師)

現職:香港中文大学歴史学科・日本研究学科 兼任助理教授(2001年~現在)、静岡産業大学 非常勤講師(2010年~現在)
研究領域:歴史社会学、東南アジアおよび香港社会の研究、民族アイデンティティ研究、民族支援および特別支援教育の比較の研究。
研究歴および職歴:旧文部省アジア諸国等派遣留学生派遣制度にてシンガポール国立大学大学院社会学研究科に留学(1996年~1998年)、甲南女子大学、園田学園女子大学、シンガポール国立大学にて非常勤講師(1995年~2000年)。文学博士(社会学)学位取得(1999年、甲南女子大学)。
所属学会:日本華僑華人学会、日中社会学会
主な出版:『日本人と中国人が共に使える発達障害ガイドブック  発達障害について知りたい!』(日中二ヶ国語併記。中国語タイトルは『日本人與中國人共用的發展障礙手冊 了解發展障礙多一些』)、向日葵出版社、香港、(2011年)等。
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