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第8回 瑠菜ちゃんとMultilocomotorの開発

要旨:

運動技能は学習と社会性の発達のための重要な駆動力であるため、3歳までの運動機能の発達は自己有能性を自覚し、自立できるという認識が育つためにも不可欠である。「脳性まひの子どもたちにも早期からの運動(移動経験)を通して認知・情動面にも変化が与えられるのではないか」との思いからPostural Control Support SystemとMultilocomotorの開発を始めた。その効果について瑠菜ちゃんの事例から紹介する。
子どもたちの主体性を育みたい。GMFCS-E&R1)レベルⅤの脳性まひの子どもたちにも早期からの運動(移動経験)を通して認知・情動面にも変化が与えられるのではないか。その様な思いからPostural Control Support SystemとMultilocomotorの開発が始まりました。

 

アメリカにおける最新の調査2)では脳性まひの発生頻度は0.36%と増加傾向にあります。その要因としては超低出生体重児の救命率の向上にあります。赤ちゃんの救命率をあげるにつれ、その後の子どもと家族の生活のサポートがますます必要とされてきます。なぜなら子どもたちの中には、重い身体障害のために一生涯を通じて自らの足で歩く(移動する)ことができない子どもたちが多くいるからです。瑠菜ちゃんも私が出会った重い身体障害をもつ子どもの一人です。

近年、脳性まひに対する考え方も変化してきており、以前は単に筋骨格系の障害ととらえられていましたが、最近は穏やかな発達障害を伴うこともあるというように身体機能および認知機能が相互に関連しあいながら発達するという点が考慮されるようになってきました。それは運動機能に障害があると認知・情緒・社会性の領域にも影響することを意味しています。運動技能は学習と社会性の発達のための重要な駆動力であるため、3歳までの運動機能の発達は自己有能性を自覚し、自立できるという認識が育つためにも不可欠であります。

私が瑠菜ちゃんに出会ったのは9ヶ月(修正月齢6ヶ月)の時です。頭のコントロールは難しく体幹も不安定ではありましたが、好奇心旺盛なかわいい目をした赤ちゃんでした。
緊張性頸反射の影響により手足が硬くおもちゃに手を伸ばしても上手く遊ぶことができなかったり、電子音や予測できない視覚刺激や音に対しては驚愕して泣き出してしまったりすることもありました。その後1歳6ヶ月を過ぎても自分で座ることが出来ない状態が続きました。私の治療としては相変わらず支持面3)の知覚化や姿勢コントロールに必要な姿勢筋緊張の調節など従来から用いられている方法を継続していましたが、身体の成長とともに頭のコントロールは当初よりも困難になってきました。そのため頭部のコントロールを促すような治療を中心におこないましたが、本人には辛いことであったのか泣き出してしまい、それ以来、びわこ学園に来ただけで泣く状態が3ヵ月間もつづきました。私が子どもの気持ちや立場になって何が出来るのかを強く思うようになったのは、そんな事があったからです。

また、第2回「新・赤ちゃん学国際シンポジウム」において、カリフォルニア大学バークリー校Joseph.J.Campos教授の「移動経験が赤ちゃんの認知世界を作り出す」の講演のなかで、『移動経験に障害を持つ赤ちゃんが移動経験を獲得することで指さしや視線の先を見る課題が12%から50%に改善した。』、『自らの力では移動が困難な子どもたちに電動移動機器(Powered-mobility device)を用いてでも移動の経験を行うことは、神経ネットワークの構築を促すためにも有効である』との話を聴いたこともきっかけとなりました。その後、同志社大学の内山伊知郎 教授4)に連絡を取り、Postural Control Support SystemとMultilocomotorの共同研究を始め現在に至っています。

Multilocomotorは姿勢制御をサポートした状態での移動経験をおこなうために、新たに開発した移動機器です。その大きな長所は従来の電動車椅子のように座って乗ることも出来ますが、Postural Control Support System (PCSS)との組み合わせによって立位姿勢で乗ることが可能になったことです。それにより同年代の子どもたちと同じ目線での移動が可能になります。(PCSSの説明に関しては、試作中の歩行器と共に次回紹介させていただきます。)開発にあたり駆動系および制御システム・バッテリーをコンパクトにすることを検討した結果、前・後と回旋速度を時速0~1kmの範囲で無段階調節ができ、動き始めの衝撃が少ない有薗製作所社製の電動ユニットを用いることにしました。この試作機は、縦700mm・幅452mm総重量24kgと実用性のあるものとして仕上がりました。

瑠菜ちゃんが初めてMultilocomotorに乗ったのは3歳6ヶ月のときです。当初はレバー式のコントローラーで手前に引くことで前進するタイプでした。初めはリハビリ室の隅にある棚の前に行くことが多く、狭い空間の中で棚を見上げたり、後ろを見たりするなど動くことよりも環境把握することに時間を費やしているように思いました。4歳6ヶ月のときコントローラーをタッチスイッチにすることで回転したり後退して壁にぶつかる衝撃を楽しむようになり、ぶつかる前には構えを作るなど、自分の行動がもたらす結果の予測が出来るようになってきました。その後リハビリ室内から廊下に出て行くなかで、見知らぬ人にも小さな声で「バイバイ」と言うことが増え、屋外の砂利道のガタガタ感や草原でタイヤがスリップする感覚を楽しめるようになってきました。6歳を過ぎた頃から自ら寝返りをするようになり、運動発達とともにおしゃべりすることも徐々に増えてきています。現在は、「ママお茶飲みたい。お願いします。」や「ママ見て。」などの言葉も話すようになってきています。

ご紹介する画像は、週1回のMultilocomotor操作を始めて2年が経過した頃の映像です。リハビリ室と廊下を中心に使用している場面で、姿勢制御をより安定化させるためにPCSSの下にTheraSuitを装着していますが、今はTheraSuitを使用していません。現在、瑠菜ちゃんは養護学校の自立活動でMultilocomotorを使用しています。Multilocomotorの導入によりAction controlが可能になること、同時に目線の高さが変化することで得られる情報は大人が想像する以上であることは瑠菜ちゃんから教わりました。夢中になって操作している瑠菜ちゃんの目の輝きは何を意味しているのでしょうか。Campos教授は「行動を変えるのは年齢ではなく経験である。移動は発達を生じさせはしないが、促すものである。」と述べています。


※サーバへのアクセス量やご利用のプロバイダの混雑具合などによって、映像がなめらかに再生されなかったり、途中で再生が止まってしまうことが起こります。




最後に現時点での私見を述べさせていただきます。GMFCS-E&RレベルⅣ・Ⅴの子どもたちには、従来までの方法に加え視機能の状態やAction controlに配慮したPMD(Baby robot5))を用いての早期移動経験を推奨します。同時にSpider・TheraSuitを用いての姿勢制御や運動学習もおこなうことを推奨します。このことは、PMDが移動手段の最終手段ではないことを意味しており、下肢の運動性が出現した時点では、股関節脱臼に配慮しながらPCSSやHart walker等を用いての歩行訓練(移動経験)に移行することであります。

しかし、いずれの内容も本人の主体性を育むための手段であり、障害を持った子どもたちの発達支援は根底から見直す時期に来ていると思われます。

上述の私見を検証するため、現在、発達神経学・認知心理学・ロボット工学など分野を超えての共同研究を開始しています。今後Multilocomotorは衝突回避システム搭載した全方向移動可能なのタイプに変更されます。また新たな知見が得られて時点でその情報を紹介していく予定です。

※Postural Control Support SystemとMultilocomotorの開発につきましては、こちらの論文(PDF)で詳しくご覧になれます。

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1) CanChild Center for Childhood Disability Researchが開発したGross Motor Function Classification System Expanded and Revised : Website: www.canchild.ca

2) Prevalence of Cerebral Palsy in 8-Year-Old Children in Three Areas of the United States in 2002: A Multisite Collaboration: Downloaded from www.pediatrics.org at Uab Lister Hill Library on March 1, 2008

3) 支持面:支持面とは環境から伝わる情報と私たちが相互に作用することを通じて、(身体の)支持を行う面のことです。これには、触感覚や圧感覚が重要な役割を果たします。またその情報を知覚(識別)することも必要です。

4)Locomotor Experience Affects Self and Emotion: Ichiro Uchiyama Developmental Psychology Vol.44.No5.1225-1231.2008

5) Babies driving robots: self-generated mobility in very young infants: James C. (Cole) Galloway " Ji-Chul Ryu " Sunil K. Agrawal: Intel Serv RoboticsDOI 10.1007/s11370-007-0011-2 c Springer-Verlag 2008

筆者プロフィール

高塩 純一 (びわこ学園医療福祉センター草津 理学療法士)

1982年 理学療法士免許取得
1982-1985年 茨城県厚生連 取手協同病院 勤務
1985-1988年 京都大学医療技術短期大学部 理学療法学科 勤務
1988年ー 社会福祉法人 びわこ学園医療福祉センター草津 勤務
兼務
関西医療学園専門学校 理学療法学科 講師
同志社大学「こころの生涯発達研究センター」共同プロジェクト研究員

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