上図に示したのは人の大脳を上方から見下ろした標本写真です。脳は頭蓋骨の中で髄液という水分に包まれてふんわりと浮かんでいる、柔らかい神経細胞の塊ですが、摘出すると左右のしわだらけの半球が結合した、ちょうどくるみのような形状をしています。一般に人では上図のように大脳半球の左側の方が少し大きくなっているのは、右利きの人で左半球に言葉の処理を行う言語野が存在する場合が多いからです。脳の左右をつなぐ部分は太い神経繊維(軸索)の束となっていて、脳梁(のうりょう)と呼ばれています。左右の脳をつなぐ脳梁を完全に切断してしまうと、大脳皮質の左右の連絡が途絶えるために、意識的な感覚や行動に支障をきたしますが、基本的な生命活動には支障は生じません。これは生命維持に必要な脳の情報処理は大脳皮質よりも下方の脳部位で行われているからです。下図は脳梁の仕組みをわかりやすくするために脳の一部を透明化して内部の構造を見やすくした図版で、軸索が左右の大脳半球を緊密につなぐ様子が描かれています。
大脳の大きさは身体の大きさと知能の高さに比例して大きくなり、人よりも大きな体を持つクジラやゾウでは人類よりも大きな脳を持っていますが、体重と脳重量の比率で比較すると、人類の脳が身体に比して最も大きな脳であることが知られています。下の図は人と動物の脳の大きさを比較する標本写真です。ヒトの脳がゴリラの脳を一回り大きくした形状であることがよくわかると思います。

下図は人の脳を左側から見た図版に、脳の各部分が担当している機能の一部を書き込んだ図です。小脳は運動の制御や自動的運動の記憶に関与していて、大脳皮質は各ブロックごとに様々な処理を担当する神経細胞が集積する構造となっていて、大脳の機能局在性と呼ばれています。かなり大雑把な大脳皮質の局在部位を「大脳機能マップ」として提示してみました。
大脳皮質は基本的に6層の構造から出来ていて、発生学的には内側の第Ⅰ層から外側の第Ⅵ層に向かって細胞層が形成されていくことがわかっています。この大脳皮質の発生過程で各層は基本的に内側から外側までを円柱状に包括する構造で成長し、その構造が各機能の基本単位としてコラム構造と呼ばれています。これらの大脳皮質コラムは視床の神経細胞核と密接に連絡しあっており、この求心路と遠心路とが大脳皮質の機能マップの背景にあると考えられます。
次に示すのは大脳皮質の6層構造をわかりやすく表した解剖図版です。図から察知していただきたいことは、大脳皮質内にも様々な形状のニューロンがあり、それらの神経細胞同士が非常に多くのシナプス結合を作って文字通り網の目状に広がるニューラルネットワークを形成し、それが私たちの脳神経の活動基盤であるということです。
タイトル:カラー 臨床神経解剖学―機能的アプローチ
著者:M.J.T. フィッツジェラルド (著), ジーン フォラン=カーラン (著),
訳者:井出 千束 (翻訳), 車田 正男 (翻訳), 杉本 哲夫 (翻訳)
西村書店刊
(出版社の承諾を得て、転載・改変いたしました。2009 林隆博)
このように無数とも思えるニューロンの塊を見ていると、とても科学の力で脳を知り尽くすことは不可能とも感じることがありますが、所詮は1千億個のニューロンが10兆個のシナプスを作っているだけのことであります。人類がヒトゲノムの全解読に成功したように、いつか必ず脳神経が意識を持つプロセスやヒトの脳神経細胞が外界刺激と相互作用して文化や文明を作り上げてきたプロセスが解明される日が来ることを信じています。