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25. 赤ちゃんはなぜ泣くのか

林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

2009年6月10日掲載

要旨:

多くの人にとって赤ちゃんが泣くのは当然のことである。赤ちゃんがなぜ泣くのかを考えたことがある人は少ないと思う。今回はその理由について考えてみた。赤ちゃんが泣くのは生得的な特質である。また、甘えた泣き方、要求する泣き方、危険を伝える泣き方など、泣き分けの能力も赤ちゃんに生得的に備わっている。赤ちゃんが泣くのは養育者に危険を知らせて、何かの要求を伝えるためである。
赤ちゃんがなぜ泣くのかを真面目に考えた経験のある人は少ないのではないでしょうか。小児科医として20年以上、赤ちゃんの泣き声と接してきました。私にとってもそうであるように、多くの人にとっても赤ちゃんが泣くのは当然のことであり、なぜ泣くのかを考える必要はなく、どうして泣いているのか、どうすれば泣きやむのかの方に興味があるのではないでしょうか。これほどまでに赤ちゃんの泣くことが当たり前であると受け止められる理由は、赤ちゃんが生まれて最初にする行為が「産声を上げる」つまりオギャーオギャーと大声で泣くことだからでもあります。出産したばかりの新生児は大声で泣きながら自分の肺を膨らませて呼吸と心臓の機能を母体内のシステムから、自分自身で酸素交換を行う出産後のシステムへと切り替えます。だから出産直後に大きな声で泣くことは新生児自身に必要なことで、多くの大人は赤ちゃんが大声で泣くのは元気な証拠で、赤ちゃんが泣くことは良いことだと考えます。

新生児は産まれるとともに大声で泣くように遺伝的にセットされています。このように生まれる前からセットされている特質を「生得的」な特質と呼びます。生得的という言葉はこれからの連載の中でもしばしば出てきますので記憶しておいてください。赤ちゃんが生得的に持っている「泣く」という行為の意味を考えようと思います。出産直後に大声で泣くのは出産のストレスによって新生児の脳から全身へと泣くように命令が伝搬されるからだと考えられます。新生児すなわち赤ちゃんは何かの身体的なストレスに接したときには泣くように遺伝的にセットされているのです。したがって新生児期の泣き方は単一的で新生児はお腹がすいたときも、おむつが濡れて不快なときも、ベッドの角にぶつかって痛みを感じたときも同じ泣き方をします。短絡的との批判を覚悟で言いますと、赤ちゃんは生得的に身体的な不快感に接したときに泣くのだと考えるのが、私にはごく自然な結論と思えます。

出生直後は単一的な泣き方しかできない赤ちゃんですが、我々小児科医や乳児のケアーに長年たずさわった人、また注意深く赤ちゃんの泣き声を聞き分ける養育者には、生後数日すると、赤ちゃんの泣き声を聞いただけで何を要求しているのかが分かるようになります。この泣き分けの方法も基本的には生得的であると私には思えます。その理由は養育者の育て方にほとんど関係なく全ての赤ちゃんがほとんど同じように、甘えた泣き方、要求する泣き方、危険を伝える泣き方などを区別して使えるようになるからです。ただし周囲に養育者がいて子供の世話をしていることが必要条件だとも思えます。人間以外の動物に育てられた場合、成長とともに赤ちゃんが泣き声に変化を付けることが上手になるかどうかは疑問が残ります。赤ちゃんは泣きながらも、どんな泣き方をしたら周囲の大人、特に母親が自分をより良く受け止めてくれるかを感じながら、成長とともに上手に泣きわけることを覚えてゆくのです。つまり生得的な泣き分けの能力が、養育者の反応と相互に影響しあって、お互いのコミュニケーションとしての、赤ちゃんの泣き分けと養育行為との相互関係が出来上がるのです。

そうすると、赤ちゃんが泣いているときには、なるべく早く何を要求しているのか、何の危険と接触しているのかに気づいてあげて、なるべく早く要求を満たしてあげた方が、赤ちゃんの学習効果が上がることになります。条件付け学習の原則として、成功報酬が早く手に入る方が学習効果が上がるとされているからです。この意味で、一部で言われている「赤ちゃんが泣いていてもすぐに抱き上げない方がいい。なぜならば要求をはっきりと表現させて自律性を持たせるためには泣かせることが必要で、また心臓と呼吸器の能力を高めるためにも赤ちゃんが泣くことは良いことだから...」という意見には私は異論を感じています。赤ちゃんの心臓と肺の能力を高めることは泣かせ続ける以外の方法でいくらでも代償できます。赤ちゃんが泣いているのに意図的に無視して放置することは逆にコミュニケーションへの意欲を失わせる危険性があります。サイレントベビーについては以前も触れましたが、赤ちゃんが泣かないのは、泣いても仕方がないと諦めて、泣くことによるコミュニケーションの確立に失望したからであって、決して泣いているのを放置して強く意思表示させることが、子どもの自律性を高めることに役立っているとは私には思えません。

4児の父親として、私自身もそれぞれの子どもに色々な育児と養育方法を試みてきました。初期には私自身も「泣いても抱かない自律性をはぐくむ育児」を信奉していましたので、自分の子どもにも実行しました。4人目の子どもの時は「カンガルー育児」の信奉者であったので、裸の子どもを妻と私が交代でお腹の上に載せて、文字通り「肌と肌がふれ合う」状態で乳児期を過ごさせました。このようにして4人の子どもたちの育ち方を見てきて、私自身が途中で自分の失敗に気がついて軌道修正をする中で、私は決して赤ちゃんを泣かせて育てる方が良いとは思わなくなりました。

赤ちゃんが泣くのは養育者に危険を知らせて、何かの要求を伝えるためです。乳児期から綿密に配慮されて養育された子どもは、泣く以外にもっと有効なコミュニケーションの方法があることにも気がつくようになります。泣いている赤ちゃんを意図的に放置して自律性を高めようと言う考え方は誤りだと、私は自分自身の子育て経験からも確信しています。赤ちゃんが激しく泣いてしまわないうちに、要求に気づいて全ての要求を満たしてあげると、子どもはあまり泣かないおとなしい子どもになります。しかしこれはコミュニケーションに失望して泣くことを放棄した子どもとは全く反対の愛情に満足した子どもなのです。同じようにおとなしく見える子どもでも、愛情を感じることなく乳児早期の人間関係構築に失敗したサイレントベビーとは決して同一ではないのです。

赤ちゃんがなぜ生得的に泣くように出来ているのかを理解すれば、赤ちゃんが何を要求しているのか、どうすれば泣きやむのかは自然と分かることなのです。

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筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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