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19. 随意運動と神経反射〔1〕

要旨:

筋肉を自分で動かすこと(随意運動)と筋肉が勝手に動くこと(神経反射)の違いが脳の働きを理解するために大切なポイントである。動物が単細胞から多細胞へと進化する中で、補食のために生じた反射的な神経システムが思考と自由意思を伴った随意運動へと進化する過程を説明する。
脳の働きを理解するために大切なポイントである、筋肉を自分で動かすこと(随意運動)と筋肉が勝手に動くこと(神経反射)の違いを生物の進化と関連づけて、なるべく簡単に説明しようと思います。

私たちが複雑な神経系を持つようになったのは、私たちの身体が多細胞動物に進化して、さらに筋肉が脳によって動かされるように進化して以来の事です。筋肉には手足の筋肉のように、自分の意志で動かすことのできる筋肉と、心臓や胃腸の筋肉のように自分の意志では自由に動かせない筋肉とがあります。自分の意志で動かすことのできる筋肉は、一般には横紋筋といって強く縮む力を発揮する筋肉です。動物はこの力強い横紋筋の働きで走って敵から逃げたり、餌に向かって突進したりする事ができます。自分の意志ではコントロールできない(する必要がない)筋肉のことは一般には平滑筋と呼ばれて、ゆっくりと滑らかな動きを一日中続けることのできる筋肉です。平滑筋は主に内臓を動かす筋肉です。横紋筋と平滑筋の2種類の筋肉の違いは、今回お話しする脳神経の理解には直接は重要でないので、興味のある方にはご自分で勉強していただくことにして、この2種類の筋肉を動かす神経システムの違いについて話を続けましょう。

人間以外の動物に意志というものが存在するかしないのかの、哲学的かつ科学的な論争には、今はまだ参加しないで、敢えて飛び越して考察を続けると、私たち人類を含む動物の筋肉の動きには、餌をとったり敵から逃げたりするように自分の意志で動かす随意運動と、膝の下を叩くとポンと膝が伸びる膝蓋腱反射のように自分の意志とは無関係に勝手に動く神経反射の2種類の動きがあります。医学ではこの二つを分類して、それぞれ「随意運動」と「神経反射」と言う名前で呼んでいます。私たちが進化の過程で脳を持つに至った、最も重要な理由の一つは、この随意運動を行うことにあったと考えられます。

あまり何も考えない人の事を「あいつは単細胞だ」などと侮蔑することがありますが、単細胞動物には脳はありません。神経そのものが必要ないのです。神経というものは多細胞動物において、離れた場所にある細胞同士が連絡を取り合って、身体全体として的確な動きをするために、進化の過程で皮膚になる外杯葉の一部から分化して、脊椎動物の最も原始的な祖先であると考えられ、生きた化石とも呼ばれているナメクジウオより後に作られたものなのです。

「人間は考える葦である」と言う名句は、哲学的であると同時に、実に深く生物の特質をとらえた科学的な言葉でもあります。私たちが単細胞動物から多細胞動物に進化したときに、植物のように光合成で自分自身に必要なエネルギーを作り出すことができなかったことが、私たちが脳を含む神経システムを必要として進化の過程で発達させてきた理由なのです。しかし脳の一番最初の目的はパスカルの言うように「考えること」ではなく、餌に向かって動くこと、餌をうまく飲み込むこと、敵から逃れるために移動すること、という主に体を動かすことであったのです。その中で他の生物よりももっとうまく餌をとったり、敵から逃げるために経験を記憶して、記憶から次に起こる現象とその顛末(てんまつ)を予測して行動すること、すなわち「考えて決定する」ということが鳥類や哺乳類の脳で特に発達してきたのです。この意味で私は哺乳類や鳥類に代表される、体重に比較して大きな脳を持つ多細胞動物全体に、「意志と思考」という脳内現象が広く存在することは疑う余地がない事実だと感じています。21世紀には動物の中にも意志と思考が存在する事について科学的な実証が進められ、それがやがては動物界全体から、さらには電気の流れであるシリコンチップの集合体の内部にまで広げられていく時代になるだろうと私は予感しています。

話題が少し飛躍してしまいましたので、動物での神経と脳の進化上の発達に戻り、随意運動の出現について考えましょう。進化の過程でより原始的な動物では、手とか足とか運動に便利な身体器官はまだ発達せず、身体の仕組み全体に均一で未分化なことが特徴です。単細胞動物から多細胞動物へと進化した過程で、最初に発達したのは口と消化器官でした。動物は餌をとることでより巨大化して、体長300ナノメートル(1万分の3ミリメートル)のゾウリムシから体長30メートルのシロナガスクジラまで約1億倍に大型化したのです。地球の直径が約12750キロメートルですから、直径128メートルの例えば東京ドームを二つあわせた位の物体が、地球の大きさまで成長したような巨大な変化です。これだけの大きさの違いを乗り越えるために何よりも必要なことは餌を食べ続けることだと理解するのは難しくありません。脳を含む神経系の働きは、この巨大化した身体を的確にコントロールして補食して生存を続けていくために、最初に顎の骨を作り口を自由に動かせるように神経を発達させて、やがて身体各所の情報の伝達と運動の制御、さらには過去のデータを記憶として蓄積し、次の補食行動の参考とする思考の出現へと発達していく中で、自分の意志で身体を動かす随意運動が進化して発達してきたのです。

動物が単細胞から多細胞へと進化する中で、補食のために生じた反射的な神経システムから思考と自由意思を伴った随意運動へと進化する過程が、読者の皆さんにも総体的に理解できたでしょうか?
筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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