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10. 動物の笑い

要旨:

小説やテレビ映像の世界ではライオンや馬が笑う場面がある。動物や犬は実際に笑うのだろうか?志水彰と角辻豊の共著「人はなぜ笑うのか」の中で、犬とオオカミの笑いが書かれている。志水の見解では、犬やオオカミの喜びの表現は全身的であって、顔面表情だけをとって観察すれば「笑い」とは断定しがたいものであると解釈できる。

前回の「笑いの起源を探る」のなかで、小説やテレビ映像の世界ではライオンや馬が笑う場面があることを書きましたが、動物や犬は実際に笑うのでしょうか?笑いについての包括的な研究は、成人を中心に調べられた書籍が志水彰(しみずあきら)によって書かれています。志水と角辻豊(すみつじのぼる)等の共著「人はなぜ笑うのか」(講談社ブルーバックス刊 1994年)の中には、『科学論文には否定的なものが多いが、記録上には犬、オオカミ、馬などの笑いが記されている』と断ったうえで、犬やオオカミの笑いのことが書かれていますので、孫引きになりますが、その一部をここで紹介してみます。

 

--犬の笑いについての最初の記録は18世紀のイギリスの詩人サマーヴィルであり、その著書『狩猟』に

甘える犬は媚びるように歯をあらわし  主人の前に身をかがめるその鼻は上にむけて引きゆがめられ  その大きな黒い目は優しい媚びと  つつましい喜びに溶ける

と記述しているとのことである。......(中略)チャールズ・ダーウィンはその著書『人および動物の表情について』のなかで「犬が笑うときは、ちょうど怒るときのように上くちびるを引き上げて牙をあらわし、耳を後方に引く。しかしその全体の様子は明らかに怒るときとは異なっている」と記している。

......(中略)キツネの笑いはアメリカの動物学者シートンの『スプリングフィールドの狐』のなかで、キツネがうまく猟犬をまいたときの笑いが記されており、オオカミについてはロシアの狩猟家や、アラスカのオオカミとともに暮らした女性によって笑いのあることが記されている。彼女、クライスラー夫人は『北極の野獣』のなかでこう語っている。

 『それはオオカミについてはじめて知った得がたい知識であった。レディ(オオカミの名)はくるりと回転してかけもどった。もどりながら彼女は世にも愛らしいしぐさをしてみせた。オオカミのほほえみ--私は今までそんなものがあることさえ知らなかった。レディは全身で笑った。耳を毛の中に埋めるようにうしろに引き、たのしげに前足を投げ出し、純粋な喜びを顔一面にみなぎらせて見あげた。--この日以来オオカミの笑顔は私たちの生活の特色となり私たちの心をなぐさめるものとなった』(平岩米吉著 犬の行動と心理より)


犬とオオカミが近縁種であることを踏まえて、この二つの記載から彼等の「笑い」の情動表現を抽出してみるならば、(1)口を横に引き歯を見せる(2)前足を伸ばして身をかがめる(3)両耳をうしろに引く(4)上目遣いに相手を見あげる、この様な全身を使ったコミュニケーションの姿が想像されます。私にはこのような犬の情動表現は、時代劇に出てくる悪党が代官所で、『いいえ私は無罪です!』と身の潔白を訴えるときの、土下座姿にも似ていると感じられます。そうすると犬の笑いは快の情動表現と服従の情動表現の混在した「人間的な笑い」に近い身体表現だとも思われます。

しかし志水彰は2000年に勁草書房から発刊した「笑い/その異常と正常」のなかでは『断定的にはいえないが、筆者には主として犬について記されている「笑い」の表情、特に顔面表情については犬の快感情の表現というより観察者がそうであろうと主観的に感情をこめて推察した結果にすぎないものであるように思われるし、他の動物についても笑うという確かな根拠があるとは思えない』とかなり明確に霊長類以外の動物での「笑い」の存在を否定しています。この志水の見解は犬やオオカミの喜びの表現は全身的であって、顔面の筋肉だけをとって観察すれば「笑い」とは断定しがたいものであると解釈できます。

ではサルやチンパンジーなどの霊長類の笑いについてはどうなのでしょうか?次節では霊長類研究の専門家の見解を基に「笑い」が人類特有のものであることを明らかにしていこうと思います。

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(画像は本文とは関係がありません)

筆者プロフィール
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林 隆博 (西焼津こどもクリニック 院長)

1960年大阪に客家人の子で日本人として生まれ、幼少時は母方姓の今城を名乗る。父の帰化と共に林の姓を与えられ、林隆博となった。中国語圏では「リン・ロンポー」と呼ばれアルファベット語圏では「Leonpold Lin」と自己紹介している。仏教家の父に得道を与えられたが、母の意見でカトリックの中学校に入学し二重宗教を経験する。1978年大阪星光学院高校卒業。1984年国立鳥取大学医学部卒業、東京大学医学部付属病院小児科に入局し小林登教授の下で小児科学の研修を受ける。専門は子供のアレルギーと心理発達。1985年妻貴子と結婚。1990年西焼津こどもクリニック開設。男児2人女児2人の4児の父。著書『心のカルテ』1991年メディサイエンス社刊。2007年アトピー性皮膚炎の予防にビフィズス菌とアシドフィルス菌の菌体を用いる特許を取得。2008年より文芸活動を再開する。
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