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喜びと不快―赤ちゃんに学ぶ

ルイス・P・リプシット (ブラウン大学心理学/医科学/人間発達学 名誉教授 Ph.D.)

2008年1月18日掲載

要旨:

子どもたちが出会う喜びと不快の感情は、個人の幸せや命運を決定する最も重要な要因である。新生児は生まれたときすでに、あらゆる感覚様相の刺激を受け取り、また、その感覚に対し喜びや不快といった感情を持つことができる。生後2から5ヵ月の間に、赤ちゃんの行動は自発的なものが主となり、この発達の節目への到達を通し、赤ちゃんは今この瞬間の状況を超えて自分の行動が周囲に影響を及ぼすという、自己効力感、一種の責任感、そして選択の基礎を習得する。このことは自分の生命を守ることにも、脅かすことにもつながる。
English

人は喜びの追求によってどのように行動指針を習得していくのかについて、お話ししたいと思います。そこでまずお伝えしたいのは、この度日本で開かれた国際幼児学会 (ISIS) 会議に、小林登先生をはじめとする日本の友人たちとともに出席し、講演させていただき、こうしてまたCRNのサイトを通じて大勢の方々に私の話を読んでいただけることは私にとって特別な喜びだということです。

 

同僚たちにも知られるところですが、私はいつも旅に出るときたくさんのスライドを持参します。「百聞は一見にしかず」という言葉もあるように、写真の力は絶大です。PowerPointの出現で、写真や図、グラフの表示も格段に容易になり、日本滞在中も、PowerPointの他、現代の便利な道具を存分に活用しましたが、ここでは、京都と東京で開かれた国際幼児学会 (ISIS)の講演をベースに私が現在考えていることの「要点」を、できるだけ簡潔に述べたいと思います。おそらく簡潔にしたことで、必要な内容を網羅しているのはもちろん、赤ちゃんや研究者の大量の写真やグラフといったものに気が散ることなく、要点がより明快に伝わると思います。

幼児の行動や発達の分野における50年の研究生活で、子どもが少年になり、少年から青年へ、そして現在中年へと移っていく様子を観察してきました。研究の対象だった幼児が、今ではもう私と同じくらいの年代になっているかのように感じ始めています。実際、ロードアイランド州のプロビデンスにあるブラウン大学の同僚と、新生児として最初に研究した子どもを今も追跡調査しているのですが、その子どもたちも、もう40代半ばにさしかかっています!また、こうした子ども達が成長し、一人一人の生き方がはっきりしてくるにつれて、人間の発達というものについて、私たち研究者の視野は大きく広がりました。

この試みから学んだことで特筆したいものとして、それぞれの子どもたちが出会う喜びと不快の感情があげられます。その中には、自分自身の行動が招いたものもあれば、生きていく過程で不可避的に生じたものもありますが、いずれも、個人の幸せや命運を決定する最も重要な要因です。人間は、胚と胎児期の発達過程を経て、この世に生まれます。その過程では、形態の個人差が自ら生じます。最も早く現われる行動の基礎となる、生得的あるいは生まれつきの反射運動も様々です。こうした神経生理学上の性質は「種の贈り物」であり、様々な感覚刺激によって引き起こされる神経運動反応の土台となっています。哺乳類の赤ちゃんは、味わう、音を聞き取る、匂いを嗅ぎ取る、物に触れる、そして見るという能力を持ってこの世に生まれてきます。出生時の個体差は大きく、その差は遺伝的多様性、先天的または子宮内暴露、周産期の状況にその原因をたどることができます。特に重要なのは、通常新生児は生まれたときすでに、あらゆる感覚様相の刺激を受け取り、また、その感覚に対し喜びや不快といった感情を持つことができる状態にあるという事実です。

発達段階の時間とカスケードで、赤ちゃんの基本的な反射運動の種類は変わってきます (McGraw, 1943)。樹状突起の増殖や神経組織の髄鞘化等、脳の構造に生じる形態変化や周辺神経の構造の発達と同時に、複雑さを増していく刺激が成長過程の子どもによって吸収されます。新生児のころに目立っていた把握反射、遊泳反射、歩行反射などの基本的な反射運動は、痕跡を残しながらも、しだいに弱まり、より成熟した「自発的な」、習得された行動パターンにとって代わられます。特に重要な発達の過渡期は、生後2ヵ月から5ヵ月の間に起こりますが、この時期、乳児の大脳皮質が発達し、新生児期に反射行動を起こした皮質下組織よりも優位になります。

生後2ヵ月から5ヵ月の赤ちゃんは、環境によって決まる学習可能性の影響を特に強く受けると思われます。古典的条件づけもその一つと言えるでしょう。元々ある反応に対し意味のない刺激(中性刺激)が、無条件刺激によってのみ誘引されていた反応を引き出すようになるのです。一例として、赤ちゃんが食べ物を与えられるときに使われていた特定のスプーンを見ると、反射的によだれをたらすことがあげられます。当初は、スプーンに盛られた食べ物が赤ちゃんの味蕾に触れたときによだれが出ていましたが、今度はスプーンを見ただけで同じような反応が起こるというわけです。食べ物自体が嬉しい物であり、上機嫌な反応を誘発します。特に、非常に空腹のとき、食べ物を与える人が近づく (姿や音に接する)だけで、喜びの声や笑顔、食べさせてもらうことや食べ物を与えてくれる人に対する親愛や愛情のしぐさを起こさせます。このような反応自体、赤ちゃんの、満足感を与えてくれる周りの人々に対する愛着の源と見なすことができるでしょう。この一連の反応は、特に赤ちゃんが喜びを味わう瞬間を永続化させようとする行動をとるように思われる場合、まずは、パブロフの古典的な条件付けの理論的枠組みに従うものであるし、同時にソーンダイクの「効果の法則」を実証していると考えてもいいでしょう。こうした、満足感が得られる状態を後に伴う反応は、その後も繰り返される傾向があります。一方、伴わない反応は、同様な状況では繰り返されない傾向があります。(Reese and Lipsitt, 1970)

古典的な条件付けと、B. F. Skinnerによって系統立てられたオペレント条件付けをかなり明確に区別する観察者もいますが、もっとも際立った移行が起こるのは、おそらく月齢2ヵ月から5ヵ月の間ではないかと示唆する、発達に関する見解もあるようです。彼らは、この間に赤ちゃんの行動は自発的なものが主となると考えています。つまり、赤ちゃんは自分から何かを起こす行動をとるのです。通常、嬉しいことを招き、不快なことを避ける行動です。この種の「自発的な行動」には、例えば、母親を呼ぶ、床に転がっているボールを指して要求する、抱っこしてとしぐさでせがむなどがあります。この発達の節目への到達を通し、赤ちゃんは普遍的真理、つまり今この瞬間の状況を超えて自分の行動が周囲に影響を及ぼすということを学びます。これは、人間が学ぶことのできるもっとも重要な「人生の課題」だと私は考えています。自己効力感、一種の責任感、そして選択の基礎の習得です。

今述べた移行の重要性について、これから申し上げたいと思います。前述しましたように、新生児はそれぞれ違った行動能力を持ってこの世に生まれてきます。特に、反射運動は、引き起こされる強さも、引き起こされやすさも赤ちゃんによって様々です。これらの違いは、赤ちゃんが主に脳の皮質下による行動あるいは反射行動から、先ほど述べた大脳皮質が介在した学びによる行動をとるように移行するプロセスと関係してくると考えてまず間違いはないでしょう。ゆるやかな移行の前の、生まれてから最初の2ヶ月間の反射行動の頻度や強度は赤ちゃんによって異なります。これらの反射行動の一つ一つは、その行動によって異なる結果が引き起こされることを赤ちゃんが認識するようになる学習経験と見なすことができます。たとえば、もし赤ちゃんが手のひらに置かれた物体に対しぎゅっと握るという反応をすれば、形と中身を持つ物体と遭遇したといえるでしょう。同様に、毛布をつかんで口に運べば、こうした行動パターンに付随する、口に刺激を与えるなどの結果がもたらされたことになります。

さらに、赤ちゃんの中には、気道が塞がれることに対し強い反応を示す子もいれば、気道に充分空気が流れにくくなることに対し非常に反応が鈍い子もいます。母親は授乳中、乳首を強く赤ちゃんの口に押し付けると、鼻腔まで塞がれまいと赤ちゃんが激しく抵抗することにしばしば気づきます。この領域での乳児期の機能についてさらに研究が必要とされる一方、気道が塞がれるのに激しく効果的な抵抗反応を示す、つまり窒息に対して防御する赤ちゃんは、反射、皮質下組織の強い時期に、気道閉鎖とそれからの開放を頻繁に経験したため、生後2~5ヵ月まで、窒息から効果的に身を守る術を学んでいるのです。したがって、この子たちは、うつぶせ寝で、乳幼児突然死にいたる可能性は小さいです。この子たちは、習得した行動を効果的に活用することによって自分の命を救う能力が高いといえるかもしれません。(Lipsitt, 2003)

興味深いことに、2~5ヵ月は、乳幼児突然死において疫学的に特別重要な時期です。乳幼児突然死の90-95%が2~5ヵ月の間に起こることが多くの研究によって明らかにされています。生後2ヵ月以前は、赤ちゃんは乳幼児突然死にある程度「免疫」があります。また、5ヵ月以降になると、危険性は再びなくなるという特長があります。乳幼児突然死についての説得力のある理論は、いずれもこうした重要な発達面への考慮、つまり、乳幼児が危険な状況に置かれる時期についての考慮がなされていなくてはなりません。SIDSが神経行動及び学習欠陥のせいであるというのが、これまでのところでは、有力な仮説だと思われます。

別の機会に (Lipsitt, 2005)、自分の命を短くする危険な行動については、まだ適切な認識や研究がなされていないことを述べました。どの先進国においても、行動の偶発事故により亡くなる若者は、全疾病による死亡を合わせた数より多いということが疫学データによって示されています。特に若者の、ただし若者に限らず、命を脅かす主な要因を認識し、対処する必要があります。これらは、事故、自殺、殺人、アルコールの過剰摂取、喫煙、危険な薬物の使用、いじめ、そして、悲しいことですが、戦争です。いずれも、人間の行動によるものです。そしてその全ては、改めることができるのです。

参考文献
Lipsitt, L.P. (2003). Crib death: A biobehavioral phenomenon? Current Directions in Psychological Science, 12, 164-170.

Lipsitt, L.P. (2005). Ignoring behavioral science: Practices and perils. In D.B. Pillemer and S.H. White (Eds.). Developmental psychology and social change: Research, history, and policy. New York: Cambridge Press.

McGraw, M.B. (1943). The neuromuscular maturation of the human infant. New York: Hafner.

Reese, H.W. and Lipsitt, L.P. (1970). Experimental child psychology. New York: Academic Press.

筆者プロフィール
ルイス・P・リプシット Lews P. Lipsitt (ブラウン大学心理学/医科学/人間発達学 名誉教授 Ph.D.)

Brown University Child and Adolescent Behavior Letter の創立編集者、2006年京都で開かれた「国際赤ちゃん学会」では、乳幼児の行動と発達の分野における長年の研究で日本赤ちゃん学会から表彰された。
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