症状の定義と範囲
FASD、胎児性アルコール・スペクトラム障害は、胎児期にアルコールに暴露されたことによると診断された身体及び精神的な様々な症状を総称する包括的な用語として使われているものである。胎児性アルコール症候群(FAS)、部分FAS(pFAS)、アルコール関連神経発達障害(ARND)、アルコール関連先天性障害(AFND)も含まれる。母親の血流中のアルコールは胎盤を通りそのまま赤ちゃんの血流に流れ込むため、赤ちゃんは母親によってアルコールの摂取を強要されることとなり、その結果中枢神経に恒久的な障害を負う(「妊婦の飲酒と胎児性アルコール症候群(Fetal Alcohol Syndrome: FAS)」を参照)。主だった症状として、学習障害、青少年の非行、失業、不特定多数との性行為、若年妊娠、精神疾患、ホームレス、暴力的行為、薬物中毒などがあげられる。破壊的といえる問題であり、社会全体で取り組む必要がある。Albert E. Chudley氏を中心とする研究者たちは、アメリカでは、1,000人に9.1人の割合でFASDの赤ちゃんが生まれて生まれていると報告している。(http://www.statcan.gc.ca/start-debut-eng.html (英語のサイト):Fetal Alcohol Spectrum/Fetal Alcohol Effectsを参照)。
助けを求める声
ジョアンナは以下のようなe-mail を送ってきた。「FASDの皆さんこんにちは。私は6人の子どもの母親で、以前いくつかのハミルトンの支援グループに参加したことがあります。私たちが養女に迎えた赤ちゃんは、もうじき8歳になるのですが、ARNDと診断されています。娘の認知の発達レベルは4歳ぐらいと言われていますが、私たちの手に余る問題となっているのは彼女の行動です。小児を専門とする精神科医に2年間かかっていますが、薬をつかっても精神的に安定させることが未だできていません。現在は行動療法を試みています。学校では、娘の深刻な障害を理解してくれる素晴らしい人たちがいて、一対一で助けてくれるし、山ほどの資料も提供してくれます。問題なのは家にいるときの行動で、3人の姉たち(12、14、18歳)に対し、ひどく衝動的で、肉体的にも精神的にも、傷つけるものです。姉たちはもう限界寸前です。14歳の姉はうつ状態でカウンセリングを受けていますし、薬も服用しています。医師は妹からくるストレスが大きな原因となっていると考えています。」支援グループの助けを求めているFASDの子の家族は多く、ジョアンナは、その一人である。(世界に広がる支援グループのリストを掲載するサイト:FASworld(英語)を参照)
支援グループ
カナダの支援グループは、緩いながらも協力関係を結んでいるが、核となる機関はない。2人か3人集まればで新しいグループをつくることができる。(FASworld参照(英語のサイト))。グループによっては法人化して、課税控除の団体となる。寄付をする人は、その領収書で所得税の寄付金控除を受けることができるようになる。グループの掲げる使命を読むと、どのグループの目標も共通しており、以下のような目標項目を挙げている。FASDの人々やその家族、あるいは世話をする人々への支援、予防と求められる支援についての一般の人々に対する啓発活動、政府の予算獲得と予防と治療に関する立法のためのロビー活動、まだ取り組まれずにいるが必要とされていることの掘り起こしと地域のプロジェクトのための寄付金集め、などである。私はオンタリオ州のトロントとハミルトンの支援グループに参加し、これらの問題がどのように取り組まれているかを見てきた。参加者の多くは、養子に迎えた子どもがFASDであり、その後妊娠出産したが、親としての責任を果たせないことから、孫の面倒を見るざるを得なくなった祖父母、FASDの子どもを養子にした親、FASDの人々に関係する専門家数人に、多くはないがFASDの症状に苦しむ人々の参加もある。参加費は無料。集会は、賃料が必要なく、公共交通機関で行きやすい場所にある施設でだいたい月に一回開かれる。FASDに関する話し合いは、特に公開を承諾された場合を除いてすべて部外秘である。集会に参加している人は、ファーストネームだけで自己紹介をする。保育サービスもあるところが多く、グループは時に一緒に軽食をとったり家族同士でピクニックなどを開催する。
集会のフォーマット
『Damaged Angels (Alfred A. Knopf Canada, 2004)』の著者であり、FASDの子どもの家族の立場にあるBonnie Buxtonはトロントグループの一番の使命を「FASDの子どもとその家族を支援すること」としている。トロントのライアソン大学(Ryerson University)で、ジャーナリズムを教えるLynn Cunningham氏の説明は率直である。「支援すること。悪い親だと責めたりしない人たちと話す場を提供すること。この困難に対し自分達に非はないと理解できるようにすること。出席者が知らない情報を提供すること。」と説明している。
ある土曜日の朝、私を含め8人が、トロントの聖ミカエル病院の小さな会議室に集まりテーブルを囲んでいた。出席者の名前は仮名にするが、話の内容の一部は記事にしてもよいという承諾を得た。ほとんどの人が何回目かの出席で、お互いの抱えている問題をある程度知っているようだった。司会者が意見を求める。
マーサが名乗りをあげてくれた。夫と一緒に以前にも出席したことがあるということだ。夫と二人で、肩をすくめ笑いながら、結婚当初から子どもはつくらないと決めていたと話してくれた。「ところが今はこの状態。」とマーサが話を続けた。彼らは、ずっと23歳になる姪の世話を余儀なくされているのだ。ここでは仮にジョイとしよう。9か月の赤ちゃんを抱えている。赤ちゃんの父親については、よく分からないが、ジョイの父親は家を出ていて、母親は責任感のない薬物中毒者だということだ。引っ越してくるまで、誰もジョイのFASDの症状には気が付いていなかった。幸いにもジョイの赤ちゃんはFASDではなかった。マーサ夫婦はジョイに就職先を探した。求職者のスキルを見極め、適した仕事を紹介して就職の支援をする機関があると教えてくれる人もいた。今回マーサは一人で参加している。思いがあふれたのか、テーブルに身を乗り出して、深刻に悩んでいるという表情を見せた。困ったことに、姪は子育てもほとんどできておらず、赤ちゃんが泣いても気にとめないし、何を要求しているかもわからないのだ。その結果、一日中マーサに電話をかけてくる。マーサは子育てを教えながら、ジョイに新しいお友達ができればと思った。ジョイは、それまでも母親学級に参加していたことがあるが、ドラッグの売人や中毒者、アルコール依存症の人々がうろついている地域にあり、薬物使用の道にジョイを引き込む女の子達とたむろするのではないか心配していたようだ。「トロントパーク&リクリエーション」という指導者養成クラスに登録したが、友達はつくれなかったようだ。
集まりに参加していた人が、マーガレット・レズリー氏が主宰するプログラム「悪循環を断ち切る(Breaking the Cycle)」を教えてくれた。いくつかの病院と女性のグループも支援しているようだ。新米ママに料理と子育てを教える。ジョイが参加したら同じように子育てを学んでいる若いママと友達になってくれるのではないかしらとマーサは考えたが、彼女が口にした次の心配は、ジョイがまた妊娠するのではないかということだった。薬物中毒で、刑務所を入ったり出たりしている男友達がジョイの関心を得つつあるという。ジョイを確実に避妊させる方法なんてあるでしょうか、と語った。他のメンバーが、こういう避妊方法もあって、ジョイも医師にかかれば処方してもらえるとアドバイスしてくれたが、マーサの心配は尽きない。「ジョイの母親が、時折不意にやってくるのが心配です。ジョイに悪い影響を与えるでしょう。」と訴えた。赤ちゃんの養育権を主張したら、いったいどうなるのかと不安を訴えた。
「勤めを再開しないといけないけれど、一体どうしたらいいのかしら、親類は何も手を貸してくれません。先日も妹にたった一時間でもいいから赤ちゃんの面倒をみてくれるように頼んだのですが・・・。たった一時間ですよ、そうすれば私も一休みできたんです。」そんな彼女のささやかなお願いも聞き入れられなかったようだ。マーサは、両手をさすりながら続けた。「私が電話をしていたときに、妹は何をしていたと思います?ヨガの体操や、髪型を変えていたんです。」マーサは首を横に振った。「赤ちゃんが夜泣きをしたのですが、時計を見たらなんとまだ夜中の4時だったんです。抱き上げて自分のベッドに連れて行ってあやしたのですが、足をバタバタと動かして、それを見て、あなた、いったいここで何をしているの?生まれてきてはいけなかったのに、どうして私の所にきたのかしら、とっても愛しているわ。もう離れられない。」そう続け、微笑んだ。
ティッシュの箱が回った。
「まるで自分の話を聞いているようでした。」次はカレンが話し始めた。カレンと夫は二人の孫を育てている。9つの男の子と7つの女の子だ。養子に迎えたFASDの娘の子ども達で、彼女の周りには問題が絶えることがない。さらに悪いことには、9つの息子もやはりFASDなのだ。娘は妊娠がわかる前からお酒を飲んでいた。「また同じことをどうやって耐え抜けというの?もう燃え尽きてしまったわ。もううんざり!孫息子は人のものを取っては学校に持って行き、友達にあげたり売ってしまったりするのです。自分の携帯電話が見当たらないときは、彼のベッドの下を探してみます。いつもはおじいさんと一緒じゃないと自転車に乗ってはいけないことになっていますが、近所で乗っていいかときかれ、許してしまった時のことです。帰ってきたときに自転車はと聞くと、「多分、裏庭」というので、行ってみると、なくて、近所や公園をさがしてもやはりなくて、もう見つかりそうもありません。2ドルで誰かが買ったのでしょうか。ただであげてしまったのでしょうか。盗まれたのかしら?もうわかることはないでしょう。自転車は消えてしまいました。私がホースの水を流しぱっなしにしていると夫が怒ったこともありましたが、孫のやったことです。また、友達とゴム手袋に水をいっぱい詰めて、通りを行く車に投げたこともあります。その前はサッカーボールでした。」カレンは頭を横に振った。「子どもが出て行った時のためにと家を買ったばかりの時でした。政府からもらう子育ての支援金では足りなくて、グループ活動への参加と子ども服が買えるぐらいです(カナダでは18歳以下の子どもの子育てをしている母親、あるいは他の養育者に非課税の支援金を毎月給付している)。里親ならば、報酬がもらえるのですが、里親ではなくて、家族ですので・・・。」(カナダでは、Child Tax Benefitというシステムで、家族のいない子どもを児童養護施設に預ける代わりに、里親に託し、子どもの世話をする報酬を支払っている。親族がこの役目を担っても報酬は支払われない。)「私も夫も疲れ果てているのです。」カレンは途方に暮れて手を投げだした。
エスターは一番遅れてやってきた。仲間に入ってもいいものかと、テーブルから深めに椅子を引いた。前のセッションでは、よいお母さんになるために勉強中と語ったが、どこから話していいものかと、首を横に振り、手を握ったり開いたりしながらしばし思案に暮れているようだった。「もう二年以上お酒は飲んでいません。昔も飲んではいけないとわかってはいたのですが、止められなかったのです。」私たちが自分を批判的な目で見ていないか確認するかのように、神経質にあたりを見まわしながら続けた。「6歳と18歳の子どもがFASDです。上の子は父親と継母と住んでいます。父親はお酒を飲むのですが、継母は理解できないのです。父親はなぜ子どもがこういう問題をかかえているか知っているし、妻にも説明するように頼んでいますが、妻は、自分の二人の子どもにばかり目をやり、私の娘は捨て置かれています。娘は私に対してももう会いたくないと言って、裁判所にも父親と一緒に住みたいと話していります。私は娘を引き取りたいのに、でも・・・。」エスターは何かを言おうとするのだが、言葉にならない。「私が手をかけてあげられるのは、息子の方だけです。隣に座っている女性が、椅子のアームを握る彼女の手をトントンと軽く叩いて思いやった。「なんて悪い母親なのかしら」エスターは続ける。数人の母親が口々に「あなたは十分にやっているわ。お酒を止められたことだって、すごいことじゃない」と力づけた。エスターは心なしか自信を持てたようだったが、辛かった出来事を思い起こし首を横に振った。「6歳のむすめですが、一体どうしてしまったのか・・・。先週、感謝祭のお夕食を囲もうとしたときに癇癪をおこしてしまって。」子どもが手のつけられない状態になったときどうしたらいいのか助言が欲しそうだった。他のお母さん方が、普段とは違う家族の集まりなど、家族の習慣からちょっとはずれた出来事は、FASDの子どもの逸脱行為を誘発させることを指摘しアドバイスを与えた。多くの人が彼女を元気付け、禁酒できたこと、こうして勇気をもって皆に話してくれたことに全員で賛辞をおくった。
静寂が部屋に満ち、仲間意識、共感が皆の心を満たした。傷つき、絶望、落胆を覚えたこと、燃え尽きそうな感情を皆がそれぞれ追体験した。私たちが既によく知っている感情であった。こうして感情を共有することで、互いの絆を深め、希望の光を見出す。マーサは、この部屋には「愛」を感じると言った。次回の集まりでも、引き続き体験談が語られるだろう。新たな理解が生まれるだろう。お互いに知っていて思いやる相手と結びついているという思いは希望につながる。この支援グループは、1999年に活動を始めたが、FASDがなくなる日まで続いていくであろう。
胎児性アルコール症啓発デーのプラカードを準備する養育者たち
他の使命
コミュニケーション―:
FASworldのホームページ(英語)は、研究、政策、活動などの情報交換の場を提供するとともに、グループを作る際のガイドラインを提示している。
意識の向上:
1999年より、9月9日が、胎児性アルコール症の啓発デーとされた(9という数字は、人間の妊娠月数の9からきています)。2008年9月9日、FASDの地域啓発の責任者であるナンシー・ホール率いるハミルトン・タスク・フォースは大々的に記者会見を開き、キャンペーンの成功を宣言、そこでFASDの人々やその世話をする人々が直にインタビューに応じた。記者会見の場があるT.B.McQuesten公園では、蝶々の形をした凧が空高く舞い上がった(蝶の羽の羽ばたきが、遠く離れた場所の天気に変化を引き起こすように、胎児期に暴露されたほんの少量のアルコールでも、その子にFASDを発症させ広く周囲に混乱を引き起こす。そうした意味において、蝶々をFASDのシンボルとしている。)あるハミルトンの支援集会では、支援グループのメンバーたちは、妊婦のシルエットの左に警告を入れたTシャツを着て「どんなに少しのアルコールでも安全とは言えない」と書かれたプラカードをもって、会議場の周りを練り歩いた。FASDのビーズのブレスレットが無料で配られ、ネスレ・ウォーターズ(Nestle Water)からは水が寄付された。
ホールはマイクを取り、ハミルトン地域にFASD診断と診療のクリニックを開設するためにタスクフォースが総力をあげて取り組んでいることを報告した。基調演説の講演者は、オンタリオ州議会議員、ポール・ミラーで、「FASDのもたらす悲惨な結果を踏まえ、予防、診断、家族への支援に力を入れること、さらに地域の啓発と親の教育に州の予算から1500万ドルを投じること」などを盛り込んだFASD行動計画を立案するようにオンタリオ州政府に働きかけていることを発表した。怒りの爆発、暴力行為、判断力の欠如に悩まされる日々、悪い親だとレッテルを貼られながら助けを求めもがく日々、FASDの子どもと暮らすとはいったいどんなことか、その日常を二人のお母さんが語った。
ホールのメディアへの働き掛けが、功を奏し、新聞、テレビ、ラジオの記者達が出席し、親たちやFASDの犠牲者といえる子ども達を助ける専門家、妊娠中の10代の子ども達にインタビューをした。新聞3社、ラジオとテレビの各々1社が、啓発プログラムについて報道し、さらにFASDについて特集を組む意欲を見せてくれたレポーターもいた。
安定した支援:
トロント支援グループのメンバー4人は、オンタリオ州議会のマホガニーの貼られた貴賓室で、オンタリオ州副知事であるデービッド・C・オンレイ氏とルース・オルレイ令夫人に面会した。副知事は車いすに座り、ゆったりと挨拶をし、メンバーは、外見からもわかる身体的障害のある人々に対するサービスの向上のためにオンレイ氏のしてきた貢献に感謝の意を表した。その上で、メンバーは、目には見えない障害を抱えるFASDの犠牲者の人々に対しての支援を求めた。副知事は熱心に耳を傾け、終わりの時間を告げる側近の言葉を退け、できる限りの支援をすること、妻が組織のスポンサーになることに自身も妻も同意すると言ってくれた。その言葉に促されたメンバーは、サービスの充実を求め、政府関係者に手紙を書くことやさらなるキャンペーンを繰り広げることを約束した。
警告ラベルの必要性を訴える:
隣国アメリカ、その他の約20の国々では、アルコール飲料の容器には警告を表示するように定められている。しかし、ここカナダでは、ニューファンドランド島と北西準州でしか義務付けられておらず、昨年カナダ連邦下院では、警告を義務付ける法案が否決された。
ジョアンナは以下のようなe-mail を送ってきた。「FASDの皆さんこんにちは。私は6人の子どもの母親で、以前いくつかのハミルトンの支援グループに参加したことがあります。私たちが養女に迎えた赤ちゃんは、もうじき8歳になるのですが、ARNDと診断されています。娘の認知の発達レベルは4歳ぐらいと言われていますが、私たちの手に余る問題となっているのは彼女の行動です。小児を専門とする精神科医に2年間かかっていますが、薬をつかっても精神的に安定させることが未だできていません。現在は行動療法を試みています。学校では、娘の深刻な障害を理解してくれる素晴らしい人たちがいて、一対一で助けてくれるし、山ほどの資料も提供してくれます。問題なのは家にいるときの行動で、3人の姉たち(12、14、18歳)に対し、ひどく衝動的で、肉体的にも精神的にも、傷つけるものです。姉たちはもう限界寸前です。14歳の姉はうつ状態でカウンセリングを受けていますし、薬も服用しています。医師は妹からくるストレスが大きな原因となっていると考えています。」支援グループの助けを求めているFASDの子の家族は多く、ジョアンナは、その一人である。(世界に広がる支援グループのリストを掲載するサイト:FASworld(英語)を参照)
支援グループ
カナダの支援グループは、緩いながらも協力関係を結んでいるが、核となる機関はない。2人か3人集まればで新しいグループをつくることができる。(FASworld参照(英語のサイト))。グループによっては法人化して、課税控除の団体となる。寄付をする人は、その領収書で所得税の寄付金控除を受けることができるようになる。グループの掲げる使命を読むと、どのグループの目標も共通しており、以下のような目標項目を挙げている。FASDの人々やその家族、あるいは世話をする人々への支援、予防と求められる支援についての一般の人々に対する啓発活動、政府の予算獲得と予防と治療に関する立法のためのロビー活動、まだ取り組まれずにいるが必要とされていることの掘り起こしと地域のプロジェクトのための寄付金集め、などである。私はオンタリオ州のトロントとハミルトンの支援グループに参加し、これらの問題がどのように取り組まれているかを見てきた。参加者の多くは、養子に迎えた子どもがFASDであり、その後妊娠出産したが、親としての責任を果たせないことから、孫の面倒を見るざるを得なくなった祖父母、FASDの子どもを養子にした親、FASDの人々に関係する専門家数人に、多くはないがFASDの症状に苦しむ人々の参加もある。参加費は無料。集会は、賃料が必要なく、公共交通機関で行きやすい場所にある施設でだいたい月に一回開かれる。FASDに関する話し合いは、特に公開を承諾された場合を除いてすべて部外秘である。集会に参加している人は、ファーストネームだけで自己紹介をする。保育サービスもあるところが多く、グループは時に一緒に軽食をとったり家族同士でピクニックなどを開催する。
集会のフォーマット
『Damaged Angels (Alfred A. Knopf Canada, 2004)』の著者であり、FASDの子どもの家族の立場にあるBonnie Buxtonはトロントグループの一番の使命を「FASDの子どもとその家族を支援すること」としている。トロントのライアソン大学(Ryerson University)で、ジャーナリズムを教えるLynn Cunningham氏の説明は率直である。「支援すること。悪い親だと責めたりしない人たちと話す場を提供すること。この困難に対し自分達に非はないと理解できるようにすること。出席者が知らない情報を提供すること。」と説明している。
ある土曜日の朝、私を含め8人が、トロントの聖ミカエル病院の小さな会議室に集まりテーブルを囲んでいた。出席者の名前は仮名にするが、話の内容の一部は記事にしてもよいという承諾を得た。ほとんどの人が何回目かの出席で、お互いの抱えている問題をある程度知っているようだった。司会者が意見を求める。
マーサが名乗りをあげてくれた。夫と一緒に以前にも出席したことがあるということだ。夫と二人で、肩をすくめ笑いながら、結婚当初から子どもはつくらないと決めていたと話してくれた。「ところが今はこの状態。」とマーサが話を続けた。彼らは、ずっと23歳になる姪の世話を余儀なくされているのだ。ここでは仮にジョイとしよう。9か月の赤ちゃんを抱えている。赤ちゃんの父親については、よく分からないが、ジョイの父親は家を出ていて、母親は責任感のない薬物中毒者だということだ。引っ越してくるまで、誰もジョイのFASDの症状には気が付いていなかった。幸いにもジョイの赤ちゃんはFASDではなかった。マーサ夫婦はジョイに就職先を探した。求職者のスキルを見極め、適した仕事を紹介して就職の支援をする機関があると教えてくれる人もいた。今回マーサは一人で参加している。思いがあふれたのか、テーブルに身を乗り出して、深刻に悩んでいるという表情を見せた。困ったことに、姪は子育てもほとんどできておらず、赤ちゃんが泣いても気にとめないし、何を要求しているかもわからないのだ。その結果、一日中マーサに電話をかけてくる。マーサは子育てを教えながら、ジョイに新しいお友達ができればと思った。ジョイは、それまでも母親学級に参加していたことがあるが、ドラッグの売人や中毒者、アルコール依存症の人々がうろついている地域にあり、薬物使用の道にジョイを引き込む女の子達とたむろするのではないか心配していたようだ。「トロントパーク&リクリエーション」という指導者養成クラスに登録したが、友達はつくれなかったようだ。
集まりに参加していた人が、マーガレット・レズリー氏が主宰するプログラム「悪循環を断ち切る(Breaking the Cycle)」を教えてくれた。いくつかの病院と女性のグループも支援しているようだ。新米ママに料理と子育てを教える。ジョイが参加したら同じように子育てを学んでいる若いママと友達になってくれるのではないかしらとマーサは考えたが、彼女が口にした次の心配は、ジョイがまた妊娠するのではないかということだった。薬物中毒で、刑務所を入ったり出たりしている男友達がジョイの関心を得つつあるという。ジョイを確実に避妊させる方法なんてあるでしょうか、と語った。他のメンバーが、こういう避妊方法もあって、ジョイも医師にかかれば処方してもらえるとアドバイスしてくれたが、マーサの心配は尽きない。「ジョイの母親が、時折不意にやってくるのが心配です。ジョイに悪い影響を与えるでしょう。」と訴えた。赤ちゃんの養育権を主張したら、いったいどうなるのかと不安を訴えた。
「勤めを再開しないといけないけれど、一体どうしたらいいのかしら、親類は何も手を貸してくれません。先日も妹にたった一時間でもいいから赤ちゃんの面倒をみてくれるように頼んだのですが・・・。たった一時間ですよ、そうすれば私も一休みできたんです。」そんな彼女のささやかなお願いも聞き入れられなかったようだ。マーサは、両手をさすりながら続けた。「私が電話をしていたときに、妹は何をしていたと思います?ヨガの体操や、髪型を変えていたんです。」マーサは首を横に振った。「赤ちゃんが夜泣きをしたのですが、時計を見たらなんとまだ夜中の4時だったんです。抱き上げて自分のベッドに連れて行ってあやしたのですが、足をバタバタと動かして、それを見て、あなた、いったいここで何をしているの?生まれてきてはいけなかったのに、どうして私の所にきたのかしら、とっても愛しているわ。もう離れられない。」そう続け、微笑んだ。
ティッシュの箱が回った。
「まるで自分の話を聞いているようでした。」次はカレンが話し始めた。カレンと夫は二人の孫を育てている。9つの男の子と7つの女の子だ。養子に迎えたFASDの娘の子ども達で、彼女の周りには問題が絶えることがない。さらに悪いことには、9つの息子もやはりFASDなのだ。娘は妊娠がわかる前からお酒を飲んでいた。「また同じことをどうやって耐え抜けというの?もう燃え尽きてしまったわ。もううんざり!孫息子は人のものを取っては学校に持って行き、友達にあげたり売ってしまったりするのです。自分の携帯電話が見当たらないときは、彼のベッドの下を探してみます。いつもはおじいさんと一緒じゃないと自転車に乗ってはいけないことになっていますが、近所で乗っていいかときかれ、許してしまった時のことです。帰ってきたときに自転車はと聞くと、「多分、裏庭」というので、行ってみると、なくて、近所や公園をさがしてもやはりなくて、もう見つかりそうもありません。2ドルで誰かが買ったのでしょうか。ただであげてしまったのでしょうか。盗まれたのかしら?もうわかることはないでしょう。自転車は消えてしまいました。私がホースの水を流しぱっなしにしていると夫が怒ったこともありましたが、孫のやったことです。また、友達とゴム手袋に水をいっぱい詰めて、通りを行く車に投げたこともあります。その前はサッカーボールでした。」カレンは頭を横に振った。「子どもが出て行った時のためにと家を買ったばかりの時でした。政府からもらう子育ての支援金では足りなくて、グループ活動への参加と子ども服が買えるぐらいです(カナダでは18歳以下の子どもの子育てをしている母親、あるいは他の養育者に非課税の支援金を毎月給付している)。里親ならば、報酬がもらえるのですが、里親ではなくて、家族ですので・・・。」(カナダでは、Child Tax Benefitというシステムで、家族のいない子どもを児童養護施設に預ける代わりに、里親に託し、子どもの世話をする報酬を支払っている。親族がこの役目を担っても報酬は支払われない。)「私も夫も疲れ果てているのです。」カレンは途方に暮れて手を投げだした。
エスターは一番遅れてやってきた。仲間に入ってもいいものかと、テーブルから深めに椅子を引いた。前のセッションでは、よいお母さんになるために勉強中と語ったが、どこから話していいものかと、首を横に振り、手を握ったり開いたりしながらしばし思案に暮れているようだった。「もう二年以上お酒は飲んでいません。昔も飲んではいけないとわかってはいたのですが、止められなかったのです。」私たちが自分を批判的な目で見ていないか確認するかのように、神経質にあたりを見まわしながら続けた。「6歳と18歳の子どもがFASDです。上の子は父親と継母と住んでいます。父親はお酒を飲むのですが、継母は理解できないのです。父親はなぜ子どもがこういう問題をかかえているか知っているし、妻にも説明するように頼んでいますが、妻は、自分の二人の子どもにばかり目をやり、私の娘は捨て置かれています。娘は私に対してももう会いたくないと言って、裁判所にも父親と一緒に住みたいと話していります。私は娘を引き取りたいのに、でも・・・。」エスターは何かを言おうとするのだが、言葉にならない。「私が手をかけてあげられるのは、息子の方だけです。隣に座っている女性が、椅子のアームを握る彼女の手をトントンと軽く叩いて思いやった。「なんて悪い母親なのかしら」エスターは続ける。数人の母親が口々に「あなたは十分にやっているわ。お酒を止められたことだって、すごいことじゃない」と力づけた。エスターは心なしか自信を持てたようだったが、辛かった出来事を思い起こし首を横に振った。「6歳のむすめですが、一体どうしてしまったのか・・・。先週、感謝祭のお夕食を囲もうとしたときに癇癪をおこしてしまって。」子どもが手のつけられない状態になったときどうしたらいいのか助言が欲しそうだった。他のお母さん方が、普段とは違う家族の集まりなど、家族の習慣からちょっとはずれた出来事は、FASDの子どもの逸脱行為を誘発させることを指摘しアドバイスを与えた。多くの人が彼女を元気付け、禁酒できたこと、こうして勇気をもって皆に話してくれたことに全員で賛辞をおくった。
静寂が部屋に満ち、仲間意識、共感が皆の心を満たした。傷つき、絶望、落胆を覚えたこと、燃え尽きそうな感情を皆がそれぞれ追体験した。私たちが既によく知っている感情であった。こうして感情を共有することで、互いの絆を深め、希望の光を見出す。マーサは、この部屋には「愛」を感じると言った。次回の集まりでも、引き続き体験談が語られるだろう。新たな理解が生まれるだろう。お互いに知っていて思いやる相手と結びついているという思いは希望につながる。この支援グループは、1999年に活動を始めたが、FASDがなくなる日まで続いていくであろう。
胎児性アルコール症啓発デーのプラカードを準備する養育者たち
他の使命
コミュニケーション―:
FASworldのホームページ(英語)は、研究、政策、活動などの情報交換の場を提供するとともに、グループを作る際のガイドラインを提示している。
意識の向上:
1999年より、9月9日が、胎児性アルコール症の啓発デーとされた(9という数字は、人間の妊娠月数の9からきています)。2008年9月9日、FASDの地域啓発の責任者であるナンシー・ホール率いるハミルトン・タスク・フォースは大々的に記者会見を開き、キャンペーンの成功を宣言、そこでFASDの人々やその世話をする人々が直にインタビューに応じた。記者会見の場があるT.B.McQuesten公園では、蝶々の形をした凧が空高く舞い上がった(蝶の羽の羽ばたきが、遠く離れた場所の天気に変化を引き起こすように、胎児期に暴露されたほんの少量のアルコールでも、その子にFASDを発症させ広く周囲に混乱を引き起こす。そうした意味において、蝶々をFASDのシンボルとしている。)あるハミルトンの支援集会では、支援グループのメンバーたちは、妊婦のシルエットの左に警告を入れたTシャツを着て「どんなに少しのアルコールでも安全とは言えない」と書かれたプラカードをもって、会議場の周りを練り歩いた。FASDのビーズのブレスレットが無料で配られ、ネスレ・ウォーターズ(Nestle Water)からは水が寄付された。
ホールはマイクを取り、ハミルトン地域にFASD診断と診療のクリニックを開設するためにタスクフォースが総力をあげて取り組んでいることを報告した。基調演説の講演者は、オンタリオ州議会議員、ポール・ミラーで、「FASDのもたらす悲惨な結果を踏まえ、予防、診断、家族への支援に力を入れること、さらに地域の啓発と親の教育に州の予算から1500万ドルを投じること」などを盛り込んだFASD行動計画を立案するようにオンタリオ州政府に働きかけていることを発表した。怒りの爆発、暴力行為、判断力の欠如に悩まされる日々、悪い親だとレッテルを貼られながら助けを求めもがく日々、FASDの子どもと暮らすとはいったいどんなことか、その日常を二人のお母さんが語った。
ホールのメディアへの働き掛けが、功を奏し、新聞、テレビ、ラジオの記者達が出席し、親たちやFASDの犠牲者といえる子ども達を助ける専門家、妊娠中の10代の子ども達にインタビューをした。新聞3社、ラジオとテレビの各々1社が、啓発プログラムについて報道し、さらにFASDについて特集を組む意欲を見せてくれたレポーターもいた。
安定した支援:
トロント支援グループのメンバー4人は、オンタリオ州議会のマホガニーの貼られた貴賓室で、オンタリオ州副知事であるデービッド・C・オンレイ氏とルース・オルレイ令夫人に面会した。副知事は車いすに座り、ゆったりと挨拶をし、メンバーは、外見からもわかる身体的障害のある人々に対するサービスの向上のためにオンレイ氏のしてきた貢献に感謝の意を表した。その上で、メンバーは、目には見えない障害を抱えるFASDの犠牲者の人々に対しての支援を求めた。副知事は熱心に耳を傾け、終わりの時間を告げる側近の言葉を退け、できる限りの支援をすること、妻が組織のスポンサーになることに自身も妻も同意すると言ってくれた。その言葉に促されたメンバーは、サービスの充実を求め、政府関係者に手紙を書くことやさらなるキャンペーンを繰り広げることを約束した。
警告ラベルの必要性を訴える:
隣国アメリカ、その他の約20の国々では、アルコール飲料の容器には警告を表示するように定められている。しかし、ここカナダでは、ニューファンドランド島と北西準州でしか義務付けられておらず、昨年カナダ連邦下院では、警告を義務付ける法案が否決された。