CHILD RESEARCH NET

HOME
このエントリーをはてなブックマークに追加

論文・レポート

Essay・Report

少子化社会におけるIT技術

石井 威望 (東京大学 名誉教授)

2006年6月 2日掲載

要旨:

ブロードバンド通信環境の普及により、我々自身の思考様式が変わり、子どもに影響を与え始めている。少子化問題が、その変化と同時に起きている。少子化では、一般に情報装備は増える。そういう環境で育つ子どもたちの世代は、発想が違う。ITの活用能力も、予想を超えており、飛躍的に成長している。ITの普及による「光」とあわせて「影」の部分もでてきている。情報社会の変化を巧みに捉えて、自ら創意工夫を重ねて縦横に活動できる能力、思考方法がこれから必要になる。その背景としては、脳以外の情報処理系が最近注目されている。人材育成においても、このような考え方は背景として無視できなくなってきている。

ITと人材

最近は、「ユビキタス」つまり「いつでも」「どこでも」「だれでも」「なんでも」という「...でも」という概念が、いたるところで取り上げられている。また、同時に反対の「今だけ」「ここだけ」「私だけ」「これだけ」という「だけ」という概念もあり、「だけ」「でも」論議が盛んである。

 

ユビキタスの行政的背景には、2000年夏に設置されたIT戦略会議がある。生物、特に動物で、セキュリティ&サティスファクションが行動の目的だとされているが、IT分野でも生物的視点からすれば、2000年当時の話題の中心は専らサティスファクションの面であった。広義には、少子化もセキュリティ(生物種の存続の観点から)の話と関連する筈だが、当時はあまり重要視されていなかったともいえる。

 

ハード面(インフラ面)での目標の一つは、「ブロードバンド(高速大容量)通信環境の普及」であり、当時世界のトップを走る韓国の成果が注目された。韓国では、PC房いわゆるインターネットカフェが全盛であり、その後を日本が追うかたちとなった。その経過を語る客観的なデータとして、米国競争力評議会が米IBM最高経営責任者サミュエル・パルミサーノ氏を委員長として取りまとめた報告書「イノベート・アメリカ」(国家技術革新戦略=パルミサーノ・レポート、2004年12月発表)がある。類似のレポートとしては、1980年代の日本脅威論を背景にしたヤング・レポート(1985年)があるが、インターネットも携帯電話も普及していなかった当時(80年代)のイノベーションと現在とでは、全く状況も異なっている。ある意味では、ヤング・レポートの新バージョンともいえるパルミサーノ・レポートでは、日本におけるブロードバンドが、2000年には韓・米に対して遅れをとっていたが、2004年で世界のトップレベルになったことが取り上げられている。パルミサーノ・レポートのスローガン「イノベート・アメリカ」にあわせて、2005年には「イノベート・ジャパン」という言葉も生まれたが、その中の一番大きな変化は、ヤング・レポートでは、政策提言の3本柱が新技術創造、資本、人材の順であったのに対し、パルミサーノ・レポートでは人材、投資、インフラの順に変わり、人材(イノベーション教育)を最重視していることである。そして日本ではなく、専ら新しいエマージングタイガーズであるインド・中国などの新興国の技術競争力、そしてその教育が取り上げられている。

 

人材を考える場合、少子化は基本的ファクターとして不可欠な問題である。アジアでは、教育熱心なところが多く、各国の人口問題はキーファクターである。パルミサーノ・レポートの影響でもあるが、日本でも優れた人材が最重要政策課題になってきた。中国をはじめアジア各地で活躍している日本企業の経験が、現地の実態に対する認識を格段に高めている。たとえば、中国の経済指標が良くなっている一方で、対外輸出の半分以上は外資が担っており、それが世界市場での競争力を支えているという点は無視できない構造的問題である。つまり、日本の少子化への対応策(量的にも質的にも)に、BRICsやエマージングタイガーズといわれるアジアの「新興イノベーション地域」とのシナジーが切実な問題になってきている。そのシナジーを着実に進めるには、それらの地域の人材の長所や短所を理解し、トラブルに対処する即応能力を身につける必要がある。実際には、中小企業までがITを活用した国際的シナジーを日常業務で実現する水準になってきている。

 

万博

 

2005年の特徴的な出来事は、愛知万博(愛・地球博)であろう。人類が成し遂げた新しい挑戦の技術的成果とその方法論を、広く一般に公開展示し、その普及促進を図ってきたのが「万国博覧会」である。万博の姿も変わってきている。1970年の大阪万博は、アジアの先頭を切ったモータリゼーションの意味が強い。高度成長が終わり、技術的には、漸くビック3を射程に捉えたくらいの時期である。万博は、未来を演出してみせる「未来の窓」という意味をもっており、例えば、第1回万博のロンドンは、クリスタルパレスや鉄道旅行、パリは、エッフェル塔。大阪万博は、アジアにおけるモータリゼーションの口火が切られたなど歴史的意味合いが強い。敗戦というマイナスの状態から出発し、やがて自動車価格と平均所得がゴールデンクロスに達して良循環が起こり、爆発的モータリゼーションが始まったのが大阪万博直前である。当時、パーキングエリアの概念もなかったが、初めて3,000台収容の万博付属パーキングエリアを作った。同時に交通事故、大気汚染の問題も出てきた。自動車という大衆消費財の目玉を、欧米以外の国産車で初めて本格的量産に成功した時期でもある。

 

2005年の愛知万博の特徴は、携帯電話であろう。大阪万博の時は、展示物だった携帯電話を、今回の万博会場では訪れた人のほぼ全員が持っており、更にそのほとんどがインターネットに繋がり、カメラ機能までが付いている。モバイル社会になって、史上初めての万博である。これは、人類の未来の姿(生活像)として画期的なことである。生活様式の基準が変わった。実際ある調査では、携帯電話によって8割の人が、生活が変わったと回答している。このようなことが国際的イベントの万博で実証された。私も十数回にわたって、実際の万博会場とつながれたテレビ電話などの通信で見学を行っており、実際に万博会場へ行ったのは1回である。このようなことは少し前までは考えられなかったが、それを今は一般の人が、いとも簡単に行っている。

当然、家庭も変わった。それにより我々自身の思考様式が変わってきている。光ファイバーの普及率は、日本は世界でもトップクラスであり、それが家庭に入ってきたことで、子どもに影響を与え始めている。少子化問題が、その変化と同時に起きている。少子化では、一般に情報装備は増える。親が自宅で、PCやインターネットなど通信機器を日常的に使っている環境からの影響は累積的であり、子どもにとっては決定的である。

 

そういう環境で育つ子どもたちの世代は、発想が違う。ITの活用能力も、予想を超えており、飛躍的に成長している。ITの普及による「光」とあわせて「影」の部分もでてきている。家電製品も同様である。家電製品がネットにつながりはじめ、ネット家電時代を迎えようとしている。それによって家電や、携帯電話にもウィルスの侵入が発生している。通常、インターネットにつながることに多くのメリットがあるが、デメリットもある。PCネットワーク上のウィルスなどの問題が、ネット家電時代到来により、家庭生活にまで拡がったという点は、極めてショッキングなことである。

 

また、携帯電話のGPS機能では自分の場所がわかる。誘拐する側には、所在地が分かってしまうため抑止的効果がある。しかし一方でプライバシーの問題が出てくる。個人情報が重視されている一方で、連日その流出事件が報道されている。最近では、警察でも起きており、社会的不安感が大きくなりつつある。流出を防ぐためのシステムは、それ自身が新しい攻撃を受ける可能性も持っている。外に公開するシステムと内部システムを別々に切り離すという対策も、よくいわれるが、ことごとく裏切られている。なぜなら、問題のほとんどが内部犯行であり、アメリカなどでは8~9割とさえいわれている。つまり、少子化時代の育児や教育の環境はかなり深刻である。

セキュリティ教育は非常に行いにくい。悪用する側も教育を受けているため、その手口はますます高度化、多様化し、新しい高度な悪用技術が生まれてくる。癌と同じで、現在正常でもいつ悪性化するかわからない。したがって、起きたときにどうするか、つまり"免疫系"が対応の核心である。理想としては、1秒で発見し、1分で処理できれば、被害は少ない。それには対応能力を高める必要があり、相当の準備をしておかなければならない。しかし、経営とセキュリティの問題は、その教育自体に構造的問題を含んでいる点が悩ましい。

 

人材育成のポイント

 

ITが一般家庭にまで普及し、人々の生活様式にも変化を及ぼしている。インターネットの世界には無料のオープンソースも数多くあり、新しいコミュニケーションツールも日々出てきている。いずれもインターネットを利用すれば無料で使用できる。しかしこれらのツールは時として上手く繋がらなかったり、動作しないことがある。

 

確実に稼働させたい場合には、蒸気船(型システム)-有料の原料(石炭、石油、ガソリンなど)で動き、建造コストもかかる蒸気船を利用すべきであるが、物資のない整備されていないところには行けない。一方、帆船は風向きにより順調に動かない日もあるが、風力というエネルギーは、インターネット同様に無料であり、臨機応変な柔軟な航海が可能になる。「蒸気船」「帆船」のどちらかという二者択一的思考ではなく、その両方を上手く使い分けていく必要があろう。

 

変化の激しい情報社会を"海"にたとえれば、その変化を巧みに捉えて、自ら創意工夫を重ねて縦横に活動できる能力、いわば「帆船思考」とでもいうような思考方法がこれから必要になる。

 

帆船思考には、デカルト的思考(コギト)を超えた新しい知的モデルが必要である。その背景としては、脳以外の情報処理系が最近注目されているのである。「皮膚は考える」「腸は考える」「血管は考える」など、脳以外で情報処理が行われていることを「考える」というタイトルで強調した書物が続々と出版されている。人材育成においても、このような考え方は背景として無視できなくなってきているのではあるまいか。

このエントリーをはてなブックマークに追加

TwitterFacebook

遊び

メディア

特別支援

研究室カテゴリ

所長ブログ

Dr.榊原洋一の部屋

小林登文庫

PAGE TOP