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バイリンガル教育とは3:バイリンガル教育の事例を分析する

要旨:

このシリーズでは、第1回でバイリンガル教育の多様な目的に焦点を当て、第2回では、それらの多様な目的から発生したバイリンガル教育のタイプについて詳しく述べた。弱形のバイリンガル教育の方が一般的であるが、子どもたちをバイリンガルに育て・維持するのは、強形のバイリンガル教育のみである。また、バイリンガルと呼ばれているものの、モノリンガルに近く、バイリンガル教育の形を全く成していないプログラムもある。第1回、第2回のチャートや情報と、最終回である本稿を合わせることにより、バイリンガル教育のタイプという視点から、あらゆる学校システムにおける言語の使用方法を分析することが可能になる。筆者は、大学の外国語の授業で、バイリンガリズムとバイリンガル教育をテーマにコンテンツベース(内容重視)で英語を教えているが、そのレッスンプランを立てる際に用いる教育学的なアプローチをとって、この論文を進めていく。分析の対象として、日本および海外の学校システムの10の事例を紹介する。また、10項目のチェックリストは、学校システムにおける言語の使用方法をさらに分類する際の基準となる。第1回で提示した10の目的別のチャートと第2回で詳しく述べたバイリンガル教育の10のタイプについてのチャートを参照することで、バイリンガリズムという分野で確立された基準により、世界各国の学校の様々な状況を分析することができるだろう。
English

バイリンガル教育とは:
1. バイリンガル教育を目的別に分析する
2. バイリンガル教育をタイプ別に分析する
3. バイリンガル教育の事例を分析する(本稿)

※3回のシリーズの今回は第3回目(最終回)になります。


はじめに

最終回となる今回の目的は、レッスンプランを通して、今回を含めた3つの論文で学んできた情報や分析スキルを活用することにある。そのプロセスは、まず、学校システムで使われている言語を検証し、バイリンガル教育のどのタイプに属するのか分析していくというものである。最初に10の事例を挙げるが、大学の授業での経験から、この3つの論文に、学生たちがバイリンガル教育を正しく分類するのに十分な情報がつまっていると考えている。学ぶべきことは、個々の事例に対する答えではなく、ある社会の意思決定者が意図したことと、その結果もたらされた教育のタイプ、そして、その間にある因果関係を推測するといった分析のスキルを身につけることにある。ここに示した事例だけでなく、世界のどんな状況においても、学校で使われている言語についての十分な情報があれば、学校現場で起こっていることとその文化的な背景は、すべて理解することができるであろう。

レッスンプラン:学校における言語使用の事例をバイリンガル教育のタイプに分析する

授業の中で学生たちは最初に、第1回で述べた10項目からなる「バイリンガル教育の異なる目的」について学び、ディスカッションを行う。例えば、「どの目的が社会全体の利益にかなうものと考えるか」などについて、学生たちは話し合う。更に学びが進んだ場合には、どのタイプのバイリンガル教育、もしくは学校システムが、どのような異なる目的から発生しているかを予測する。学生はそこで、10の目的のリスト、この論文の最後にあげるワークシートにある細かな基準と共に、10の「バイリンガル教育のタイプ」のチャートを用いて、次に挙げる「教育に関係する言語の事例」を分析していく。筆者のクラスでは、学部生が理解しやすいように、また、説明の時間を節約するために、Baker(2001)による英語の原文と岡秀夫(1996)のその日本語訳の二言語、つまりバイリンガルによる、目的のリストとタイプのチャートを配っている。セミナーや会議においてこの実践を行う場合は、参加者が知っている他の学校システムで使われている教授方法を例として一人ずつ説明してもらい、その後に、この論文で示した基準に従って、グループで分析をしていくというやり方も可能であろう。

以下にあげる最初のチャートは、該当するすべての言語が学校で実際に使用されているか否かに関わりなく、それら二つ以上の言語が教育システムに関わっている、日本及びその他の国々の事例を提示している。よって、国や地方の機関がバイリンガル教育と呼んでいるシステムであっても、続くワークシートによって、バイリンガル教育の10のタイプには当てはまらず、バイリンガル教育では全くないと決定づけられるものもあるだろう。その理由は、主に、教師が教える際に使う言語が一つに限られているという点にある。この論文の基本課題は、10項目の目的のリストと10のタイプからなるバイリンガル教育のチャート、10項目の基準で分析して行くワークシートを用いて、次にあげる10の事例をバイリンガル教育のタイプ別に分類していくことである。

教育に関係する言語の事例
  1. 日本では、小学5年生で英語の勉強を始め、中学校では週数時間の英語学習の時間が設けられている。これは、国際言語である英語が、子ども達の将来の学習やキャリアにとって価値があるだろうという考えに基づいている。

  2. 日本では、南アメリカやアジアからの移民が、他の外国人はあまりいない小さな都市で仕事をしている。その子どもたちは通常の公立学校で学ぶ以外の選択肢はない。

  3. 日本には、韓国・朝鮮と中国の民族学校がある。そこでは、それぞれ韓国語・朝鮮語あるいは中国語、及びその文化を学ぶことができる。そこに日本語と相応の英語が加わり、生徒は、バイリンガルもしくはある程度のマルチリンガルになる。

  4. アメリカのインディアンの部族たちは、言語や文化を守るために、子どもたちを地元に留めようとする。そのため、必要なときには英語を用いるが、基本的に母語で教科を教えている。

  5. アフリカのある地域では、黒人系アフリカ人が政府の援助から取り残され、児童労働のような問題を抱えている。その子どもたちには、地域言語で学ぶか、あるいは、貧困から抜け出す力となり得るスワヒリ語、アラビア語、フランス語、英語のような国際言語で学ぶかの選択の機会がない。このようなアフリカの村は、地元の言語で自分たちの教育を実施せざるを得ない。

  6. カナダのイヌイットの多くは、自分たちの言語と文化を維持していきたいと望んでいるが、同時に、北アメリカの他の人々とのビジネスの必要性を感じている。政府は、自らの言語を守っていくイヌイットの権利を認め、子どもたちが母語とともに英語も学んでいけるよう支援している。

  7. カナダ人の大多数は英語を話すが、ケベック州のほとんどの人々はフランス語を母語とする。カナダは、英語とフランス語の二言語を公用語とし、バイリンガルとマルチカルチュアル(多文化主義)を政策として進めている。ケベック州の多くの学校では、授業の半分以上を英語で行っている。

  8. アメリカにやってきたメキシコ移民は、スペイン語を母語とするために、学校やアメリカ社会に適応していくのが困難であると考えられている。そのため、移民の子どもたちは、簡単な英語で教えられるか、定期的に通常の授業からは離され、第二言語(ESL)として英語それ自体を学ぶ授業を受けさせられることが多い。

  9. ウイグル族の子どもたちが受ける教育は中国語に限られている。政府は、国際ニュースで流されるプレスリリースで、これを「バイリンガル教育」と称した。最近では、ウイグル族の生徒たちは学校の寄宿舎で生活することを強く奨励され、両親に会えるのは休暇のみとなっている。

  10. アメリカンスクールの一部では、半数が英語のネイティブスピーカー、もう半数がスペイン語(もしくは日本語を含む他の母国語)のネイティブスピーカーで、クラスを構成している。カリキュラムの中では、二つの言語が交互に使用され、二つの文化は同じように価値あるものとして扱われる。生徒たちは互いに助け合っている。

最後に、次のワークシートを使うことにより、いかなる学校システムについても、その核となる要素を分析し、これまでの3つの論文で提示してきたチャートを参照することによって、それぞれの事例がバイリンガル教育のどのタイプに当てはまるのかを結論づけることができる。筆者は、バイリンガリズムやバイリンガル教育について大学で教えているが、2・3年の学生たちが、太字の選択肢から選択することで、教育における言語の事例をより簡単に分析できるように以下のワークシートを開発した。ワークシート上に丸をつけるという単純な方法で、学生たちはあらゆる事例を分析しながら、文章を組み立てていくことができる。グループで作業を行うことができ、まず、ひとりの学生がグループで行った分析を「私たちの考えでは・・・」と教室の皆に対して発表することから始める。この方法により、大学2〜4年までの英語を専攻している学生たちであれば、バイリンガル教育のタイプを合理的に分析し、結論づけることができる。

バイリンガル教育の事例分析のためのワークシート
私たち(私)は、こう考えます・・・
  1. この社会のリーダーたちは、自分のコミュニティに存在している異なる言語を[問題/資源/権利/資源かつ人権]として捉えている。

  2. このリーダーたちは、子どもたちが母語を話すことを[変えよう/保とう/促そう]としている。

  3. この教育は、言語的[多数派/少数派/多数派及び少数派]の生徒たちのためのものである。

  4. これらの生徒たちに対する教育は、主に彼らの[母語/第二言語/外国語]で行われている。

  5. この教育の目的は、[言語的少数派を多数派の文化に同化させること/主流となっている文化からある民族を分離させること/少数派言語・民族的言語の維持/多数派言語の生徒たちの強化/言語的多様性と多文化主義の奨励]である。

  6. この教育システムの結果、あるいは生徒たちの成果は、[エリート(選択的)/民族的(状況的)]であり、[加算的バイリンガリズム/減算的バイリンガリズム/バイリンガリズムではなくモノリンガリズム]である。

  7. これは、バイリンガル教育の[強形である/弱形である/どのタイプでもない]。

  8. その理由は[生徒がバイリンガルであっても、その母語が学校で使われていないから/生徒が全ての教科を母語で学んでいるから/生徒が母語で外国語の授業を受けているから/生徒は二つの言語で学んでいるが、バイリンガルになるほど十分ではないから/生徒は二言語で十分な教育を受け、意思の疎通をし、バイリンガルに(おそらくはバイカルチュラルにも)なっているから]である。

  9. このタイプのバイリンガル教育は[サブマージョン/補習授業、もしくはシェルター型の第二言語によるサブマージョン/隔離主義的/移行/主流派言語を母語とする生徒の外国語学習/分離主義的/イマージョン/言語の維持あるいは継承/二方向・二言語/主流派言語バイリンガル]である。
    ※その事例がイマージョンと呼ばれていなければこれで終了です。イマージョンと呼ばれている場合には、10に進んでください。

  10. これは[第二言語の使用率が50%未満であるため、個人にとって、また文化的な面では充実した授業である/部分的なイマージョンである/完全なイマージョンである]。これは[イマージョンではない/早期イマージョン(就学前から)である/中期イマージョン(小学校中学年頃から)である/後期イマージョン(中学校入学頃から)である]。

ワークシートの項目1と2は、学校に異なる母語を使用する生徒がいるという状況に際し、政策の意思決定者がどのような施策をとるか、その動機に焦点を当てている。項目1は、意思決定者の姿勢を検証するもので、「政治的権力者は、言語を問題・資源・権利のいずれかとして見なし、それを元に、異なった政策を行っていく」というRuiz(1984)の考えを適用した。
「言語」は多様な意味を持っているが、ここでいう「言語」は、接触する、あるいは同じ地域で使用される違った言語という意味で、筆者は捉えている。同様に、「権利」については、国際連合の母語に関する人権協定、及び言語的人権に関する学識に基づいたものである(Skuttnabb-Kangas & Phillipson, 1995)。これらは同時に、項目2において言及している、母語の維持、あるいは、第一言語の習得が第二言語の獲得の支えにもなるという生徒にとって最もいいと思われるシナリオの考え方をとらず、使用言語を変えてしまおうという政治的権力者の権限にも関わっている。

項目3と4は、生徒の実像を、生徒の観点から明らかにするものである。項目5は、バイリンガル教育のタイプを分ける基準に伴って、その学校システムの目的を明確にする。項目6は、バイリンガリズムのタイプという観点から、生徒が達成しうる学校システムの成果を精査するものである。手短に言えば、エリートのバイリンガリズムは、幸運な多数派が選択したバイリンガリズムであり、これは選択的とも呼ぶことができる。一方で、フォーク(民族)バイリンガリズムは、移民やマイノリティーが共通に直面する状況であり、選択によるものではない。ゆえに、状況的と呼ぶことができる(詳細はマッカーティ 2010を参照)。加算的バイリンガリズムとは、第一言語を失うことなく追加的に第二言語を習得する、個人にとって有益なバイリンガリズムのことである。これは主にバイリンガル教育の強形の場合である。一方で、減算的バイリンガリズムとは、第二言語が第一言語に置き換わるようにして習得されるバイリンガリズムのことであり、認知的な不利益をもたらすものであり、母語しか話せない両親や親族から子どもたちを遠ざけかねないものである。項目6は、教授にひとつの言語しか用いていない学校システムは、生徒をモノリンガルのまま、もしくはモノリンガルにするという傾向があるため、そのような事例はバイリンガル教育ではない、そのように結論づけるか否かの選択肢を含んでいる。エリート/フォーク(民族)の違いは、大抵の場合、加算的であるか減算的であるかの結果に反映されるものであるが、分離主義的バイリンガル教育という例外的な存在も含めており、この項目は、異なるバイリンガル教育のタイプを可能な限りカバーしていると言える。

項目7は、それぞれの学校システムがどのように主張しているかに関わらず、前項までの、生徒が獲得しうる言語的成果などの項目の分析に基づいて、それぞれのバイリンガル教育のタイプを強形、弱形、モノリンガルに分類していくものである。項目8は、項目7の具体的な理由の選択肢を提示しており、その他の基準と合わせて、項目9において、それぞれの事例のバイリンガルのタイプを結論づけることができるようになっている。

項目10は、教育プログラムがイマージョンと呼ばれている場合の追加の質問項目である。イマージョンプログラムは効果的であるとされているが、その人気と魅力的な響きゆえに、イマージョンもしくはバイリンガル教育を実施していると不正確に主張する学校も多々ある。それは、専門的知識が足りないためであったり、多くの生徒が入学前から二言語以上を話すことができたり、既にバイリンガルであったりすることに起因する。バイリンガル教育の強形とは、いかなる場合でも、少なくとも二言語で授業を行うことにより母語と第二言語の両方の習得を促進するものである。

バイリンガル教育に関する3つの論文のまとめ

結論として、この3つの論文で紹介した基準と分析のスキルを学ぶことによって、また、10の目的のリストと10のタイプのチャートを使いながら、10項目のワークシートに記入していくことによって、10の事例として提示したような多様な学校システムを、バイリンガル教育のタイプに分類していくことができる。バイリンガリズムについてのより詳しい情報は、下記リンクより参照していただきたい。


参考文献
  • Baker, C. (2001). Foundations of bilingual education and bilingualism (3rd ed.). Clevedon, UK: Multilingual Matters.
  • McCarty, S. (2012a). Analyzing Purposes of Bilingual Education. Child Research Net: Research Papers.
  • McCarty, S. (2012b). Analyzing Types of Bilingual Education. Child Research Net: Research Papers.
  • McCarty, S. (2010b). Bilingualism concepts and viewpoints. Child Research Net: Research Papers.
  • 岡秀夫 訳・編(1996). コリン・ベーカー 著 『バイリンガル教育と第二言語習得』 大修館書店.
  • Ruiz, R. (1984). Orientations in language planning. NABE Journal, 8(2), 15-34. [NABE is the U.S. National Association for Bilingual Education].
  • Skuttnabb-Kangas, T. & Phillipson, R. (1995). Linguistic human rights: Overcoming linguistic discrimination. Berlin: Mouton de Gruyter.
筆者プロフィール
report_steve_mccarty.jpg スティーブ・マッカーティ(大阪女学院短期大学・大学 教授)

大阪女学院短期大学・大学教授、世界オンライン教育学会会長。 ボストン出身、ハワイ大学でアジア研究を始め、大学院で日本を専攻する。 コンテントベース(内容中心)の外国語としての英語学習コース(EFL)を教えている。つまり、テーマ別討論、研究論文執筆、異文化間交流、言語獲得、バイリンガリズムなどを学びながら英語を上達させる学習法を用いている。国際協力機構(JICA)で、外国の政府職員に「日本人とその社会」をテーマに定期的に講演をしている。ベネッセコーポレーションの Worldwide Kids/ワールドワイドキッズのアドバイザーでもある。日本人の妻と暮らし、2人の息子の父親である。
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