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何か変だよ、日本の幼児教育(1)

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一人の患者さんに、今までに使われたことのない新薬を使ったら病気がよくなったので「よしこのことを論文にして医学雑誌に投稿してみよう」と思ったことが何回かあります。でもこうした投稿論文は大抵不採用になります。そして編集者からお断りの理由として送られてくる常套句が、「興味深い論文ですが、内容が逸話的(anecdotal)です」というものです。逸話的とは、たまたまその患者さんでは効果があったかもしれませんが、他の患者さんでも同じような効果が出るとは限らない、という意味です。

これから私が本ブログでご紹介する話はもしかすると「逸話的」なものかもしれません。

私の外来に現れたのは、4歳の男の子です。初めての患者さんの場合は、親から主訴をお聞きする前に、私が直接本人にいろいろ質問をしたり、絵本やおもちゃを介してやりとりをして、本人の行動の特徴や言葉や指示の理解を確かめます。知的障害や自閉症スペクトラム症は、こうした診察室のやりとりで大体判断することができます。一方、注意欠陥多動性障害は、診察室を動き回る、椅子でクルクル回る、机の上のいろいろな物に触りまくるなどの行動特徴から推測することはできますが、園や学校での集団活動での様子や家庭での日常生活の様子を詳しく聞かなければ判断が難しいのが普通です。

この4歳の男の子は、私の易しい質問(名前は? 何歳? 好きな食べ物は何? など)に難なく応え、また絵本に書かれているものの名前や用途(ハサミを見せて、何するもの?:切る、チョキチョキするが正解/帽子を見せて、これはどうするもの?:かぶるが正解)も容易に正解していました。知的障害や自閉症スペクトラム障害ではなく、もし何かあるとしても注意欠陥多動性障害かな、と思いながら、親に注意欠陥多動性障害のチェックリストをつけてもらうと、案の定、高得点(注意欠陥多動性障害が疑われる)でした。

ここで初めて、受診の理由をお聞きしました。「集団行動がうまくできず、逸脱行動が多いので、支援園に転園するように言われた」ということでした。こうした主訴には慣れていましたので、一人で部屋を出てしまう、あるいは指示が全く通らない、走り回っていて園の通常の活動ができない、といった返答を予想していました。しかし母親の口から出た「逸脱行動」の内容を聞いて、びっくりしてしまいました。

ドングリでコマを作って回して遊ぶ時間に、ドングリに刺してある棒(楊枝)を何本も抜いてしまった、太鼓を皆に見せてその鳴らし方を教えているときに、前に出てきて太鼓に触った、そしてとどのつまりが、砂場でポックリ(カンに紐をつけて乗って遊ぶ遊具)を、バケツがわりに使っていた、というのです。私にはそれらの行動がどうして逸脱行動なのか理解できません。

幼稚園教師であれば、誰でも子どもは遊びの中で自由に探求することで伸びてゆく、ということを知っているはずです。そして逸脱行動として挙げられた上記の3つの行動は、全て子どもの自由な探求行動です。見慣れたドングリから棒が突き出ていれば、どうなっているんだろうと棒を引っ張ってみるのは、極めて自然な探索的行動です。ポックリをバケツがわりに使うに至っては、道具の本来の使用目的以外に使ってみる創造的(innovative)行動と言ってよい行為です。こうした探索的創造的行動は、子どもの遊びの本質です。

私がびっくりしたのは、幼稚園教諭という子どもの教育のプロの中に、こうした子どもの創造性や探究性を、単に「逸脱行動」としてしか見なすことができない人がいることです。

幼児期のADHDには薬による治療ではなく、より受容的な保育などによる行動の変容を図るのが一般的ですので、この4歳児の親には、別の幼稚園に移った方が良い、とだけ助言しました。 こうした幼稚園(教諭)が、逸話的な存在であって欲しいとただただ思うだけです。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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