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日本は今でも赤ちゃんの天国?

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大森貝塚を発見したことで有名なモースは、日本に特有の海洋生物を研究するために明治の初めに日本にやってきました。博物学者であるモースは、本来の目的以外に、まだ江戸の風情の残った日本の風俗全般に興味をもち、多くの当時の日常生活品を収集したり、庶民の生活の様子を描写した本(「日本その日その日」など)を出版したりしています。

その「日本その日その日」の中には、子どもや子育てのことが書かれています。当時のアメリカでは珍しいおんぶの紹介とともに、日本の赤ちゃんは世界一幸せで、日本は赤ちゃんにとって天国のようなところだと書いています。

どこでも赤ちゃんをおんぶしてかわいがっている様子や、泣いている赤ちゃんが少ないことを、まだその当時は子どもを調教用(?)の小さなムチで叩いたりすることもあったアメリカの子育てと比較して、そのように思ったのでしょう。泣いている赤ちゃんがいない、というのは多分子どものいる家の中まで見ていなかったための感想だと思いますが、モースがそのように感じたこと自体は、日本として誇らしいことです。

では現在の日本は、赤ちゃんや子どもの天国になっているでしょうか? 確かに乳幼児の健康指標である乳児死亡率は世界一低いレベルにあり、身体的健康からいえば、日本の子どもの状態は良いといえるかもしれません。しかし、年々増え続ける小児(児童)虐待やネグレクトを見ると、もはや日本は子どもの天国ではなくなっているのではないかと思います。

最近電車の中で、東京都が行っている虐待防止のキャンペーンのポスターを見ました。かわいいクレヨン画で、子ども用のバギーにのった幼児が「みんなに めいわくかけるから 泣いちゃだめ・・・」と悲しそうな表情で言い、お母さんや周りの人が「泣いていいよ」と応えています。子どもの泣き声が虐待の引き金になるという事実にヒントを得て描かれた絵だと思いますが、乳幼児期から周囲の人のことを気にしなくてはならない、という現実がここに示されています。

子どもの声がうるさいからと近所に保育園ができることに反対する人がいることや、混雑した電車でバギーに子どもをのせた親が小さくなっていなくてはならない状況は、もはや日本は赤ちゃんや子どもの天国ではなくなっている証拠なのかもしれません。

私が今年の夏にあこがれのスイスで登山をしたお話を本ブログでもご紹介しましたが、その後マレーシアで開催される環太平洋乳幼児教育学会(PECERA)に出席するために、下山した翌朝には空港のあるチューリッヒに向かう車中の人になっていました。そしてその急行列車の中でびっくりしたことがあります。それは、2階建て列車の2階部分の半分が絨毯ばりの子どもの遊び場になっていたからです。壁にはおとぎ話のような風景が描かれ、真ん中には作り付けの滑り台があります。子どもたちが嬌声をあげながら滑り台を滑ったり、床の上を転がったりしていました。列車の中で赤ちゃんが泣くと、親はなんとかして鎮めようとしますし、子どもには「いいこにしていなさい」と諭すのが普通です。でも狭い室内でじっと静かにしているのは子どもにとってはつらいことです。スイスの列車には、子どもに優しい粋な計らいがなされていたのです。

子どもに優しい社会を作ろうと、CRNの名誉所長である小林登先生は、チャイルドケアリング・デザインという概念をうちだされました。これは、子どもの視点に立って、社会全体のあり方をデザインするという考え方です。

かつてモースによって赤ちゃんや子どもの天国と称された日本ですが、その評判を回復するには、まだまだチャイルドケアリング・デザインでたくさんやることがありそうですね。



筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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