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親の因果が子に報い?

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どのような成育環境が子どもの発達に良い影響を与えるのか、という課題は子どものウェル・ビーイングを考える上で最も重要な課題と言ってよいでしょう。より良い環境を探索するために、世界中で毎年たくさんの調査研究が行われています。

成育環境と一言でいっても、その要素は極めて多数あり、個々の要素が子どもの発達に及ぼす影響を見るためには、多数の子どもの対象者を長年にわたって追跡調査する「コホート研究」という方法が最も一般的です。

コホート研究では、種々の環境要因が子どもの発達に及ぼす影響を、さまざまな発達尺度(知能検査、言語発達検査等々)によって判定しますが、その際に忘れてはならないのは、一人ひとりの子どもとその親の属性とよばれる因子(交絡因子といいます)です。例えば、性別、未熟児であったかどうか(在胎週数)、出生順位、これまでにかかった病気の種類(既往症)、障害の有無などです。さらに、子どもにとって親は重要な環境の一つですので、親の教育程度、就労の有無、年収そして婚姻形態(未婚、既婚、別居、離婚、死別)などの交絡因子を調べ、環境が子どもの発達に与える影響の統計的な分析の際にそれらを考慮した分析方法を使います。

世界中で行われているコホート研究の論文をよく読みますが、最近特にアメリカで行われるコホート研究の交絡因子に、見慣れない因子が加わるようになりました。親の属性の中にincarceratedという項目がよく登場するのです。最初にお目にかかったのは、以前このブログでご紹介した、ストレスによって遺伝子が変わる、という内容の論文でした。父親の属性として、離婚、死別、そしてこのincarceratedが入っていたのです。

Incarceratedとは「収監されている」という意味で、親が犯罪を犯して刑務所に入っていることを示しています。アメリカでは収監者は220万人もおり、当然子どもたちの親の中に多数の収監者がいることになります。そして以前ご紹介した論文にもあるように、親の収監は子どもにとって大きなストレス(逆境)になります。

親が収監されている子どもは、親の収監による貧困家庭という逆境に加え、「犯罪者の子ども」という世間の冷たい目の中で生きてゆくという心理的外傷体験にもさらされています。犯罪者の子どもには、「世代を超えた犯罪的な行動傾向」があるという根拠のあやふやな風評がありますが、それはむしろ貧困や世間から受ける心理的外傷によるものである、という研究結果も報告されているのです。

翻って日本の収監者の子どもはどのような人生を送っているのでしょうか。日本の収監者数は70,000〜80,000人とアメリカと二桁違いますが、子どものいる収監者も大勢いるのではないでしょうか?

交通遺児に対しては、奨学金を支給する制度がありますが、収監者の子どもは、親の因果が子に報い、といった社会通念の中で、社会的な援助が受けられない立場にいるのではないか、と心配になります。交通遺児と同じく彼らにも何の責任もないのです。


参考文献
  • Mason DJ. Forced Separation of Children From Parents: Another Consideration. JAMA. 2018;320(10):963-964. doi:10.1001/jama.2018.12154

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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