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注射と社会情動的スキル

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子どもの発達というと、昔はもっぱら認知(知能)や運動発達のことを意味していましたが、現在は社会情動的スキルの発達にも関心がもたれています。社会情動的スキルの例として有名なマシュマロテストがあります。子どもにお菓子のマシュマロを見せて、すぐに食べずに一定時間我慢できたらもう一つあげると約束して、子どもの我慢を見る心理テストです。マシュマロテストを考案した心理学者のミシェル博士は、我慢できた子どもの10年後の発達が、我慢できなかった子どもより全般的に良いことを示して大きな反響を呼びました。

今や教育の専門家の中では、子どもの社会情動的スキルをどうすれば伸ばすことができるのか熱心に検討が行われています。

小児科医として、我慢を含めた情動コントロールの個人差をまざまざと見せつけられる場面を経験してきたので、ここでご紹介します。

その場面とは、子どもに注射をする時です。子どもに痛い思いをさせたくないというのは万人に共通の感情ですが、検査や治療のために痛い注射をしなくてはならない、というジレンマに小児科医はいつも向き合っています。まだ若い頃は、子どもを安心させるために「いたくないよ」とか「ありさんにかまれた時みたいにチクッとするだけだよ」といった常套句をよく使ったものですが、ある時から子どもをだますのは良くないことに気づき、今は「いたいけど我慢しようね」といっています。

情動コントロールの個人差というのは、痛い注射をしている時の子どもの反応です。絶対に注射など受けたくない幼児は、看護師や親が腕を抑えていても、全力で腕を引っ込めたり、腕をぐりぐりねじって注射をさせまいとします。幼児とはいえ、全力をだすととても抑えていることはできません。

ところが、大声で泣いていても、腕は動かさず注射を「あえて」甘受する幼児も多いのです。多くの場合母親も「いいこだから我慢するのよ」といった励ましの言葉をかけています。子どもは痛みに対して泣き声はあげるものの、注射をすることには反抗していないのです。

そして、全力で抵抗する子どもの母親は「ほんとにいたい注射なんていやだよね」と子どもに言ったり、注射をする私を非難するような目つきで見たりすることがよくあるのです。痛いけれど注射は必要なんだよ、と親が真から納得している場合には、大声で泣きながらも腕は動かさない、という子どもの行動につながっているように感じられるのです。

子どもの発達を何が何でも母親のせいにする風潮には賛成できませんが、親子のしっかりした愛着関係と、つらい事であっても治療や検査のために注射が必要であるという母親の社会場面の理解力(これも社会情動的スキルですね)は、子どもの社会情的動スキルの発達に重要な役割があるのではないか、という個人的経験からの推測です。

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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