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所長ブログ

医者の本性(ほんせい)と診断名

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2018年2月 2日掲載
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私は小児科医ですが、長らく子どもの発達や教育分野にも関わってきたためか、医学・医療を少し離れた視点から見ることができるようになったと思っています。そういう目でみると、医者のある本性に気がつきました。

医師はもちろん子どもや大人の健康増進にも関わっていますが、もっとも中核的な仕事は、やはり「病気を見つけ、治療すること」です。治療するためには、様々な症状の背後にある原因を見つけることが前提です。言い方を変えると、医師は患者さんの体の「あら探し」、つまり悪いところを見つけることに長けていることになります。

診断がつくと、病名がつけられます。病名には、客観的な事実を述べただけの「肺炎」「膀胱炎」「腸炎」(肺、膀胱、腸の炎症)といったものから、症状をそのまま病名にしたもの(糖尿病、高血圧症、肥満)、さらには発見した医師の名前をつけたもの(アルツハイマー病、川崎病)など様々なものがあります。

私も経験がありますが、診断が下り診断名を告げた時の患者さんの反応はいろいろです。ガンと聞くと多くの患者さんは、驚くとともに、なんとか治療で治したいと切に願うようになるのが普通です。でも、症状もなくたくさんの人がかかっている糖尿病や高血圧などの診断名は、多くの患者さんはそれほど驚かず、また苦痛がないために、まじめに治療を受けてくれないことが多々あります。治療を受けるかどうかは、患者さんが判断すべきことですが、他人ごとながら治療を受けるように患者さんを説得にかかるのは、医者の「本性」と言ってよいと思います。

放っておくと大変だよ、ちゃんと治療を受けてほしい、という医者の本性が時に診断名に反映されることがあります。もちろんそういった診断名は、患者さんを驚かそうとして告げるのではなく、体の「悪いところ」を治して欲しいという純粋な気持ちからでているのです。

最近新聞で「口腔崩壊」という恐ろしい病名をみました。よく読むと「未処置の虫歯が10本以上あり、そのために口腔機能が損なわれた状態」のことを言うようです。そしてそうした状態の子どものことを「口腔崩壊児」というのです。

「ちゃんと歯磨きをしてほしい」「虫歯が増えると大変だよ」という歯科医の正直な気持ちが現れた診断名だと思いますが、そこまでして親や子どもをびっくりさせたり、怖がらせる必要があるのでしょうか。確かに「崩壊」という形容詞は迫力があり、国民の関心を強く引きつける力があります。病気ではありませんが、これまでも「家庭崩壊」とか「学級(校)崩壊」という言葉によって国民の関心や懸念が一気に高まりました。虫歯を予防したいという一心から「口腔崩壊」という命名がなされたのではないかと推察されますが、あなたの口腔は崩壊している、あるいはあなたは「口腔崩壊児」だと言われた時の、親や子ども自身の気持ちはどうでしょうか。

私の専門の小児神経学にも、似たような診断名がいくつもあります。たとえば子どものてんかんの中に、「破局型てんかん」という診断名があり、自閉症に似た障害の中に「小児期崩壊性障害」という診断名があるのです。前者はcatastrophic epilepsy、後者はdisintegrative disorderという英文診断名の和訳ですので、直訳した人に責任はないかもしれません。

ともあれ、診断をもらった本人や親をびっくりさせるような診断名はやめて欲しいというのが、ちょっと医療を外からみる機会の増えた私の気持ちです。

筆者プロフィール

sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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