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ありのままで

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私は映画通ではありませんが、時々話題作を見ています。今年の話題作はなんといっても、「アナと雪の女王」でしょう。すでに2回観ましたが、物足りずについにDVDまで買ってしまいました。保育園、幼稚園児くらいの年齢の女の子までが「ありのままで」と口ずさんでいるのをよく見かけます。メロディーの魅力もあるのですが、日本で流行した理由は、女性の社会的地位が先進国の中ではまだ不十分といわれる日本の女性の間で共感が得られたからではないか、という新聞記事を見た覚えがあります。

周りを気にせずに、自分を実現すればいいのだ、という「ありのままで」という訳は、確かに日本人の心をつかんだのでしょう。しかし、すでに様々な人が指摘しているように、これは直訳でも意訳でもないと思います。Let it goのitは自分のことではなく、彼女に口うるさく意見したり注意したりする世間のことを意味していると解釈するのが正当でしょう。そうだとすれば意訳すると、「みんな、勝手にすればいいわ」といった意味になります。しかし、もし「ありのーままで」ではなく「勝手にーすれば」などという歌詞をつけたら、これほど人気が出なかったのではないでしょうか。

このような話題を出したのは、日本の子どもの自尊感情が低い、という定説に疑問を感じているからです。日本の保育園団体のなかには、(この低い)日本人の子どもの自尊感情をどうすれば高くすることができるか、というテーマを最上段に掲げているところもあるくらいです。

でも、どうして日本人の子どもの自尊心は低い、といわれているのでしょうか。さまざまな視点があると思いますが、その多くは、自尊感情を測る質問紙で親や子ども本人にアンケートを行った結果によるものです。たとえばドイツで開発された子どもの幸福感(ウェルビーイングあるいはQuality of life)を測る尺度を用いて測定した、日本人の子どもの自尊感情に関する研究はよく知られています。この尺度では、次の4つの質問に対する答えから自尊感情を測定しています。4つの質問とは
  • 私の子どもは自信があるようだった
  • 私の子どもはいろいろなことができると感じているようだった
  • 私の子どもは自分に満足しているようだった
  • 私の子どもはいいことをいろいろ思いついていた
です。「自信」「有能感」といった言葉でくくれるような内容になっています。しかし、たとえば「自分は他人から信頼されている」とか「自分は友人の役に立っている」といった、社会の中での自分の評価にかかわる自尊感情に関する項目は入っていません。

これまでの自尊感情に関する研究によって、自尊感情は「他人からの賞賛や評価」と「自分自身での自分の評価」の2つの要因によって形作られるといわれていますが、前述の尺度では4つの質問は、すべて自分自身での自己評価についての項目です。

一概には言い切れませんが欧米社会では、子育ての中で自立心が尊重されるといわれています。しかし日本ではむしろ協調性が重視されてきました。ドイツで考案された4つの質問内容で子どもの自尊感情を測定すれば、当然自立心が尊重される社会の中で育った子どものほうが「自尊心」が高くでるのではないのか、というのが私の疑問の原因となっています。

さて、再び「ありのままで」に戻ってみましょう。「ありのままで」という言葉は、他人に向けられたものではなく、自分に言い聞かせる言葉です。しかし「Let it go」は自分に言い聞かせることもできますが、下の例のように他人に言い聞かせることもできる言葉です。
「○○ちゃんが、僕の悪口をいうんだ」
「いわせておけよ、そんなの」(Let it go)

やや強引かもしれませんが、「ありのままで」という訳詞の中に、日本人の子どもの自尊感情が(実際よりも)低くでてしまうのではないか、という私の疑問へのヒントがあるように思いました。
筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学大学院教授)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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