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所長ブログ

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虐待の文化的意味

榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学大学院教授)

2014年9月 5日掲載
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タイトルから、「えっ、虐待に意味があるの」と驚かれた方もいるかもしれません。ご安心ください、そういう意味ではないのです。

私の勤務する女子大学では、大学の国際化の一環として、3年前から英語によるサマースクールを開講しています。これは授業を英語で行う夏休みの集中講座のことです。人文科学系、社会科学系、自然科学系の3つのコースを開講し、私の大学の学生だけでなく国内外の協定大学からの学生も受講可能になっています。海外からの学生には、一定の条件を満たすと奨学金が出るため、昨年、今年ともに100名以上の海外の学生から応募があり、そのうち約50名が受講しました。アジア(ベトナム、中国、韓国、タイなど)からの学生が主体ですが、イタリア、ドイツ、ロシア、トルコからの学生も受講しています。

私はこのサマースクール全体のまとめ役であると同時に、人文科学系のコースの講師も兼任し、ここ数年子どもの虐待について3コマ分講義を受け持っています。

学生の約半数が外国の学生ですが、控えめな傾向にある日本の学生と違い、こちらが話しているときでも疑問点があるとどんどん挙手をして質問をぶつけてきます。これはとても刺激的です。

できるだけインタラクティブな授業にするために、授業の各所で学生に質問し、学生の考えを皆の前で発表してもらいますが、そこで様々な国の学生の虐待に関する考え方に大きな差があることを実感しました。

例えば、父親が子どもを抱きかかえてお尻をたたいている漫画を見せて、それを身体的虐待と考えるか、という問いへの学生の反応です。体罰は、欧米ではそのやり方如何を問わず身体的虐待と見なす傾向があることは前もって知っていましたが、案の定、イタリアやドイツの学生は、体罰は虐待だ、と言い切っていました。ところがアジアの学生の反応は全く違うのです。ミャンマーの男子学生は、「私たちの国では、体罰はしつけの一環である、という考え方をする人が多い」と流暢な英語で堂々と発言しました。ベトナムの女子学生は、「ベトナムでは、学校の先生に、親が(自分の子どもが)いたずらをしたり教室内のルールに従わなかったら、お仕置き(体罰)を加えてくれ、と頼むことすらある」とさらに過激(?)な意見を披露しました。さらにタイの学生からは、「タイの学校では今でも学生に対して、竹のむちで体罰を加えることがある」という発言まで飛び出しましたが、それらの発言に対してドイツやイタリアの学生は目を丸くしてショックを感じているようでした。

さらに、文化差がはっきり出たのは、子どもの労働に関する質問をしたときでした。15歳以下の子どもの労働は、広義の児童虐待に含まれる、というのが国連などの国際機関の解釈です。国連が作成した15歳以下の子どもの就労が多い国のマップには、アフリカやアジアの国々が示されています。私の講義の後に、学生に子どもの就労についてどう考えるかレポートを書いてもらい、その内容を発表してもらいました。ある程度予想していましたが、学生たちの反応はまっぷたつに分かれたのです。先ほどの雄弁なミャンマーの男子学生は、「ミャンマーでは家計を支えるために、子どもでも働いていることが多い。私はそれを虐待だとは思わない」という趣旨の発言をし、中国などの学生もそれを支持する発言をしました。ドイツやイタリアの学生は、まったく信じられない、あきれた、といった表情でそれを聞いていました。

こうした文化差が最も顕著に現れたのは、性的虐待に関する議論でした。性的虐待に関する概論の講義を終えた後に、性的虐待の文化差が如実に現れたある事例について話しました。それはカルフォルニアに住む日本人家族に実際に起こった実話です。女の赤ちゃんを父親が入浴させている記念写真をとったところ、写真現像を行ったフォトショップの従業員が、小児ポルノの証拠写真として警察に届け出たのです。父親は直ちに逮捕されましたが、日本の入浴文化について関係者が警察に説明をしたのちに放免された、という逸話です。この逸話に続いて、私も娘が小学校低学年のうちは一緒に入浴した、と話をしたところ、ドイツ、イタリアの女子学生の私を見る目つきが、小児ポルノの犯人を見るような目つきに変わったのです。幸い、日本人の女子学生のひとりが、手を挙げて「私は小学校5年生まで、父だけでなく、弟とも一緒に入浴していた」と勇気ある発言をして私を窮地から救ってくれましたが、ドイツの学生は、子どもではあっても男女が一緒に入浴するなんて信じられない、と憤懣 ふんまんやるかたない様子でした。

何を虐待とするのか、という一見科学的に定義できそうなことにも、文化的差異があり、グローバルな定義は難しいのかもしれません。ヨーロッパの学生たちが、サマースクールの経験から、「やはりアジアは遅れている」といった結論をもつことにならないことを願いたいと思いますが、皆さんはどのように思われるでしょうか。

筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学大学院教授)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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コメント

全く真逆の受け止め方が、具体的な事例例で読めて興味深いです。ルーズ・ベネディクトが「菊と刀」の中で「まったく我々とは真逆の価値観を持つ日本人」と分析しているのを思い出しました。「文化」とは多様なものですね。そしてかつ人の感じ方に大きな力があるものですね。子どもとの入浴の話はおもしろい事例でした。


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