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笑いがあればいじめではない!?

オリンピックの関係者が、自分の学生時代に障害をもつ同級生に酷いいじめを行っていたことが大きな話題になりました。もちろん、こうしたいじめは言語道断というしかありませんが、私が深く懸念するのは、このようないじめをある意味で「受け入れている」社会の通奏低音のような風潮の存在です。

問題になった過去のいじめは、いじめを行った個人の恥ずべき人間観の反映であり、ある意味で個人の問題なのですが、それを個人の勲章のような形で取り上げ社会に発信した複数のメディアが堂々と存在し得たということに問題の深刻さを感じます。

過去の社会通念が、現在と違っていたという意見もあるようですが、私は現在も同じようないじめに対する甘い社会通念が続いていると思います。

その代表例が、お笑い芸人同士による身体的苦痛を伴う「罰ゲーム」や「ドッキリ企画」です。本人が知っていて熱い風呂に入って騒ぐといった納得ずくの演技ではなく、本人に知らせずに着替えの下着の中に刺激性の強い薬品を入れておいて、本人が痛みに悶えるのを、多くの場合、格上の芸人が見て笑ったりするのはその代表例です。これは最近の例ですが、過去にも下着の中に液体窒素を流し込んで、痛がる芸人を見て周囲で面白がるという番組がありました。後者については、その芸人の低温火傷の治療に当たった医師が「こうした番組の後始末を任されるのは勘弁してほしい」と嘆息するのを直接聞いた覚えがあります。

このような苦痛を伴うようないじめ場面を、笑いを取るためにテレビ番組等で放映することには大きな問題があると思っています。

それは、いじめあるいはパワハラ的なパフォーマンスが、それを視聴している特に年少の子どもの社会観に与える影響です。昨今のお笑い芸人は、尊敬されているといってもいいほど子どもたちの間で大変人気があります。そうした憧れの芸人が演じるいじめやパワハラと言っていい演技が、「社会的に許容されている行為」であるという心理的刷り込みにつながる恐れがあるからです。格上の芸人が格下の芸人をいじめる行為は、実社会であれば明らかにパワハラ行為であることに留意しなくてはなりません。

たとえ、芸人同士では仕事の一部として納得ずくで行われているとはしても、年少の子どもにそのことは理解できませんし、番組製作者としても演技ではなく、本人には事後まで番組であることを知らされないリアリティーショーであるという設定にした方がインパクトがあると考えていると思います。

こうしたいわゆる「いじり」系の演技への批判は、制作者やお笑い芸人も知っているはずです。ある有名なお笑い芸人がテレビ番組の中で「いじり」と「いじめ」の違いについて聞かれた時に、そこに笑いがあれば「いじめ」ではない、という趣旨の発言をしていました。

しかし、「いじり」にせよ「いじめ」にせよ、いじられ(いじめられ)ている本人に、笑いがあるはずはなく、極めて一方的な傲慢な見方だと思います。いじめ場面を見て笑うのは冷たい笑い(嘲笑)であり、たとえ当事者が納得して製作されたテレビ番組であっても、幼い子どもも含まれる視聴者の立場に立った配慮が必要だと思います。


筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。
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