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私と本屋さん

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子どもや若者の活字離れや読書量の減少がいわれ、それを食い止める社会的な運動が盛んに行われています。本当に子どもの読書量が減ったのかと思って調べてみましたが、図書館団体による調査では、小学生の一ヶ月あたりの読書冊数はむしろ増えているという結果があることを知り驚きました(「第60回読書調査」全国学校図書館協議会)。

ではなぜ、社会全体に子どもたちの読書量が減ったという印象が広まっているのでしょうか。まず思いつくのは、出版業界の伸び悩みです。仕事上で私がお付き合いしている出版社の方もよく「最近は本は売れません」とこぼしています。

ではどのくらい出版業界が低迷しているのか、調べてみようと「出版年鑑 2014」を見てみたのですが、びっくりしました。なんと年間の新刊書籍は、毎年増加の一途をたどっているのです。戦後直後に20,000点であったものが、2012年には80,000点を超えているのです。

もちろん、新刊発行数がそのまま出版社の売り上げにはつながらないかもしれません。版を重ねることが少なくなれば、書籍の売上高は落ちてしまうからです。

ここまで書いてきてハタと思いついたことがあります。本屋さんが減ったことが、関係しているのではないかと。調べてみると、その通りでした。1979年には53,000軒あった本屋さん(文房具店と貸本店も含む)が2004年には34,000軒と約2/3になってしまっているのです(「商業統計調査」経済産業省)。

私が小学生から大学生になるまで過ごした実家のそばには、通学途中に立ち寄る本屋さんが3軒ありました。一つは湘◯堂という駅のそばの大型書店ですが、他の2軒は間口の小さなこじんまりした本屋さんです。湘◯堂は、よく日曜日に出かけていって、1時間も2時間もかけて、じっくり様々な分野の本を見て過ごしました。一方こじんまりした二◯堂は、いつも数十人のお客がいる湘◯堂とは異なり、多くて数人でいっぱいになってしまう狭さでしたが、一時期はほぼ毎日学校帰りに立ち寄っていました。長い時間かけて本を見ている(立ち読みしている)と、必ずあまり気の強そうではない店主が、そばの本棚にハタキをかけにくるのですが、今から思うと懐かしい思い出です。この二◯堂でハタキにめげず立ち読みもしましたが、文庫新書を中心にたくさんの本を買ったことを思い出します。

まだインターネットや、ネット上の書店のない時代だったのですが、街の本屋さんは、本を介しての世界の歴史や文化との接点だったのではないかと思います。10分もいれば、ぐるりと本棚に置いてある新旧雑多な本を眺める(スキャンする)ことができました。小さな書店でも、話題の新刊書や、文庫本、新書は揃えていましたから、新しい情報の発信基地の役割を果たしていたのです。たしかある有名な作家が「岩波文庫の揃っていない書店は、私は書店として認めない」と書いていましたが、妙に納得したことを覚えています。例えば岩波文庫の背表紙を一通り眺めるだけで、世界の主だった作家や、思想家、哲学者、科学者の代表的な著作を(少なくともタイトルだけは)知ることができるのです。インターネットをブラウズしても、これほど効率のよいスキャニングは難しいでしょう。

それからだいぶ経った30代後半のころ、ボストンに数ヶ月住んだことがあります。単身赴任でしたので、休日は特にすることもなく、時間潰しも兼ねて、アパートのそばのニューベリーストリートという通りにある本屋さんでのんびりと午前中いっぱいを過ごすのが常でした。当時日本の大型書店の代表ともいって良い紀伊國屋書店や、書泉グランデなどは日曜となるとお客さんでごったがえしていましたが、ボストンの書店は、広々とした絨毯を敷いた図書館のような作りで、ゆったりと時間を過ごすことができました。3階建てのレンガ作りの店の最上階には、大きな机と、ソファや座り心地の良い椅子があり、小音量でバロック音楽が流れていました。何人かのお客が机の上に数冊から十冊位の本を積み上げて、のんびりと読書をしていました。でも、そこは図書館ではなく、お客さんが読んでいる本は皆新品の売り物なのです。私も次第にそうした読書をするお客の一人になり、午前中を過ごすようになりました。もちろん店の人も決してハタキをかけに来たりしません。のんびりと読書をした後、気に入った本を買えば良いのです。

まさに本に親しむための空間が、本屋さんの中に実現していたのです。アメリカとは比較にならない環境ですが、ハタキをかけに来るだけで、決して私を追い出さなかった二◯堂のような小さな書店も、本に親しむための空間を提供してくれていたのです。

インターネットによる本の配信が普及し、小規模の書店は店を畳み、大型化した書店だけが、大勢の客を呼び込むことによって生き延びています。二◯堂も、湘◯堂も、今はもうありません。図書館を作るだけでなく、かつての二◯堂のような小さな街の本屋さんが、子どもが本と出会う場面を提供するような環境の復活を希望するのは、私のノスタルジアに過ぎないのでしょうか。
筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学副学長。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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