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世間を知ることは、いいこと?

榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

2015年11月13日掲載
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「あなたは全く世間知らずなんだから」と言われたら、みなさんはどう思われますか?

まあ、目上の人や、年寄りから言われたら仕方ないけれど、同年輩の人から言われたら、ムッとする人が多いのではないでしょうか。ましてや、年下の人や、部下から言われたら、誰でも血圧が上がってしまいますね。

では、世間を知ることは、良いことなのでしょうか?世間をよく知っている子どもが周りにいたとしたら、きっと私たちは「生意気な子ども」と思ってしまうような気がします。つまり、子どもが世間を知ることは、手放しで良いことばかりではないようなニュアンスがあります。なぜなら、世間には子どもが知らない方がいいことがあるからです。

なぜこんな話を始めたのかは、最後までお読みいただければ分かりますが、最初に、本稿を書くことになった二つの別々のお話をいたします。

最初は、アメリカの文学作品の話です。前世紀初頭にアンダーソンという作家による「ワインズバーグ・オハイオ」という小説がアメリカで大ヒットしました。オハイオ州の小さな架空の街ワインズバーグの住民に起こる個人的な小さなエピソードを綴った作品です。その中に、「世間知」と邦訳された一章があります。ワインズバーグで育った若い幼馴染の男女が、次第に幼馴染の友達から、お互いを異性として意識しだし、男の子が大学に入学するために町を離れる直前に恋心を打ち明ける、というストーリーです。異性を意識するということを、アンダーソンは、世間知の一つとしているのは明らかですが、私がここで取り上げた理由は、世間知と翻訳された元の英語が「ソフィスティケーション(sophistication)」であるからです。現在ではアメリカでも「洗練されている」という意味に使われることが多いのですが、英語の辞書を見ると1920年頃までは「不純な、すれっからしの」という意味で使われていた言葉であると説明されています。アンダーソンは、異性を意識することを、そういう意味で捉えていたことが分かります。子どもは、大人になるに従って、ある意味で「すれっからし」になってゆくのだというやや 諧謔 かいぎゃく 的な意味が含まれていたのだと思います。

さて、もう一つのお話は、以前本ブログでも取り上げた子どもの自尊感情の話です。私は日本の子どもの自尊感情が、外国に比べて低いということが本当かどうか、アジアの数カ国と比較する研究をしていますが、そこで新たに明らかになった興味深い事実があります。この調査では、子ども自身(5歳)の自尊感情(自己肯定感)について全く同じことを子ども自身と、親に聞いています。その結果、一部の項目を除いて、子ども自身の自己評価が、親による評価よりも明らかに高いことがわかったのです。子ども自身は、親によるある意味で客観的な評価よりも、自分自身をずっと高く評価しているのです。世界中で行われた子どもの自尊感情に関する調査では、国によらず幼稚園あるいは保育園から小学校に入学すると、自尊感情ががくんと下がることが報告されています。親以上に、小学校教員は、子どものもつ能力を客観的に評価するのです。そういった環境の中で、子どもの自尊感情が低下するのです。世間知とは、世の中を知り、自分の相対的位置を知ることですので、子どもはよりソフィスティケートされることによって、自尊感情を下げてゆくのです。世の中を知る中で、子どもは幼い頃の有能感を失ってゆくのです。

どうですか、みなさん。ピーターパンの気持ちが、わかるような気がしませんか?
筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学副学長)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学副学長。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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