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今 この国で 子どもを産む とはどういうことか?: 一個人の経験を通して

要旨:

少子化問題が叫ばれる日本。この国で子どもを産むとはどういうことか?出産を経験したばかりの筆者が体験から感じたことや、妊娠・出産・子育てを巡る現実をレポートする。「妊娠です。」医師がその次に告げた言葉は、「実家どこ?」「"おめでとう"って言われると思ったでしょ?甘いよ。」という意外なものだった。今、日本で子どもを産むことは幸せなことと一言では片付けられず、喜びの反面何かを犠牲にしたり悩んだり辛い思いをすることも多いのが現実。産科医の増加や育児休暇制度、産褥サポートの充実、職場の理解など妊産婦へのバックアップが整い、安心して妊娠出産を迎えられ、子どもを産むことが素晴らしい経験であると心から感じられる社会となることを期待する。

日本の大きな社会問題となっている少子化問題。

今 この国で 子どもを産む とはどういうことなのか?
この現実を知ることなしに解決はありません。

妊娠・出産・子育ては、十人十色、誰にとっても唯一無二な経験です。
ここに記すこともたった一人の見解に過ぎませんが、少しでも現実をお伝えできればと思い、2009年4月に第1子となる女児を出産したときのことを記します。



1.いまどき妊娠はおめでたくない!?


「妊娠です。」

医師がその次に告げた言葉は、テレビドラマなどで何度となく聞いたことのある台詞とはまったく違うものでした。

「実家どこ?」

「和歌山市です」

うろたえながらもかろうじて答えました。

「じゃあまだ何とかなるか・・・」

呆気にとられた私の心を見透かすように医師は続けました。

「"おめでとう"って言われると思っていたでしょ?甘いよ。いまどき妊娠なんておめでたくもなんともない。大変なことの始まりだ。まず産むところがない。里帰りするの?首都圏ならまだしも和歌山で産婦人科を探すのが大変だよ。和歌山市じゃなかったらもっと大変。ご家族と相談して今すぐ実家付近の産婦人科に片っ端から電話したほうがいい。それにつわりや体重管理と、身体にとっても大変なことが続くんだ。無事に産まれて初めて"おめでとう"です。」

さらに医師は畳み掛けました。

「予定日は4月20日。どこで産むかは次までに必ず決めてきて。ちなみにうちは4月の分娩予約の残り数はあとわずかです。今はお産ってそれくらい厳しいんだよ。じゃお大事に。」

そして、カルテに【里帰り】とはんこを押しました。

かくして私の妊婦生活は幕を開けました。と同時に、産科医不足の現実を突きつけられた瞬間でした。今の日本ではお産できる病院のベッドは、まるで椅子取りゲームの椅子であり、早く決断することで、この病院でお産できる人が1人増えるのだということに気づかされました。


2.祖父母たちも忙しい!?


産褥期のサポートの重要性についてはすでに出産を経験した先輩社員や友人から聞かされていた私にとって、里帰り出産するかどうかの決断はすなわち産褥期のサポートを誰にお願いするかということでした。

まず夫にサポートしてもらいたいと考えた私は、夫に育児休暇を取得できないか相談しました。しかし夫の会社は男性社員が育児休暇を取得した前例がなく断られました。

そこで里帰り出産を選択し実母にサポートをお願いしました。お願いするに当って実母はいまだ現役フルタイムで勤務しているため非常に心苦しくもありました。私の場合は、実母の職場の理解があり、有給休暇取得で産褥サポートをお願いすることができましたが、祖父母となる世代が現役で働いていて、サポートをお願いできないケースも多いのではないでしょうか。この一件を通して、出産は新しい家族を迎え入れることであると考えれば、育児休暇は祖父母なども対象となる「家族」の誰もが取得できるべきではないかと感じました。

現在は高齢者の雇用が促進され、今後ますます働く高齢者が増えることは、すなわち心強い産褥サポートが減るということにはならないでしょうか。高齢者の雇用促進と少子化対策、2つの大きな政策の利害が相反するようであってはならないと思います。


3.産める場所があるだけありがたい!?

里帰り出産を決意した私は実家付近の産婦人科を探し始めました。そこで驚いたことに、私や兄が生まれた産婦人科は既に閉院となっていました。分娩を受け付けてくれる病院はごくわずかであり、前述の医師の厳しい言葉が現実であると身を持って知ることとなりました。

それでも何とかお産できるベッドを確保しました。そこはローリスクの妊産婦さんのみを取り扱い、医療的措置を最小限に留め自然なお産をモットーとする病院でした。少子化がウソではないかと思いたくなるほど常に病院は妊婦で混んでいて、出産日間近になると週に1度検診に行く必要があるのですが、検診の予約は2週間先まで埋まっているため、次週の予約は取れず、当日の朝電話で空き状況を確認するほどでした。

私は順調に妊娠期間を経て39週で娘を出産することとなりました。しかし出産までは順調だったものの、分娩中に胎盤が剥がれ始め、そこから流れ出た血液を飲んでしまった娘は産声を上げず、すぐに吸引され泣いたものの酸素マスクを装着されました。また2236gと低出生体重児で、黄疸もひどく光線療法が必要となりました。これらの状況について、病院側は「大丈夫、たいしたことではない」というのみで、なぜ酸素マスクが必要であるか、黄疸とは何であるかなどの十分な説明はありませんでした。また病院では母子同室が基本であったが、娘は治療のため保育器に預けられました。そこで病室には私一人が休むこととなりましたが、私一人の病室に「沐浴の時間なので、赤ちゃんを連れてきてください」などのナースコールが何度となく入るのです。このようなことがいくつか重なり、産まれてすぐの娘に治療が必要であったことで、病院の対応のちぐはぐさを強く感じることとなりました。

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2236グラムで生まれた娘

当時ナーバスになっていた私にとって、この対応は辛いものがありましたが、今となっては一概に責める気持ちはありません。なぜなら分娩できる病院の数が限られている以上、病院には分娩数をこなすことが求められています。その結果ローリスクな出産ばかりを扱い、同じことを繰り返しているため、私のようにイレギュラーなことが起こってしまった場合の対応が不十分であったのだろうと思うからです。本来はあってはならないことでしょうが「産める場所があるだけありがたい」と思わねばならないのが現実なのかもしれません。

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にっこり


4.まとめ

一つの命が誕生することは大変尊く、素晴らしいものであると心から思います。そう思えば思うほど、命が宿った喜びに浸るより先に、産む病院や産褥サポートの確保に翻弄されてしまったことは今更ながら残念です。私は幸い職場の皆さんには祝福していただき、温かいサポートを受け休暇を頂戴することが出来ましたが、職場の理解を得られないケースもよく耳にします。

今日本で子どもを産むということは、幸せなことと一言では片付けられず、喜びの反面で何かを犠牲にしたり悩んだり辛い思いをすることも多いのが現実です。

産科医の増加や育児休暇制度、産褥サポートの充実、職場の理解など妊婦にとって心強いバックアップが整い安心して妊娠出産を迎えることができ、子どもを産むということが一点の曇りもなくすばらしい経験であるとインプットされる社会が創造されることを期待して止みません。

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こんなに大きくなりました


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投稿を読ませて頂いた。冒頭にある医師とのやりとりが一番気になったので、まずコメントしたい。

その場に居合わせたわけではないので、真意の程はわからないが、医師も悪気があって言った訳ではないと思う。しかし、恩着せがましい心はあったのではなかろうか。妊娠という、特に女性独特の気分が高ぶる状態であることを考えれば、もう少し言葉を選んでもらいたかったと感じた。

私は20年以上前、医学教育に携わっていたが、学生に強調したことのひとつに次のことがあった。患者さんと話をする時は、いつも「言葉を選ばなければならない」ということである。言葉は、話す人の心の現れであり、聞く人の心に強く影響するものなのである。

後に続く内容は、私にとって非常に勉強になった。出産の際には、母親の御両親(祖父母)にも育児休暇を、というアイデアは素晴らしい。是非実現させたいものである。また、生まれたばかりの赤ちゃんに起こった出来事に対する医療側の説明の不十分さも、医師としては気になった。

産科医療の現実は、普段見聞きするよりも厳しいものであるということと共に、医療人の教育にはまだまだ問題があることを学んだ。ハードについては変えようとすればお金で解決出来るが、医療のソフトの部分には、教育が大きく関係する。時間もかかるのであろう。

CRN所長 小林 登

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