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マウイのドゥーラ <1>

中村 美香 トーマス

2009年7月 3日掲載

要旨:

ハワイのマウイ島に21年間暮らし「ドゥーラ」として数多くの女性の出産・産後ケアをサポートしてきた。自らの2回の出産経験からなぜ出産のあり方に興味を持つようになったか、その経緯をを説明すると、1回目は東京の助産院で自然分娩、自身の意識の未熟さや助産師の対応など悔いの残る経験となった。2回目はマウイの自宅で水中出産を選択。助産師による様々な指導やカウンセリング、温かいサポートにより深い信頼関係を築くことができ、「産ませてもらう」ではなく「産む」というアクティブな姿勢で望めた。この出産で味わった大きな感動をシェアしたいという思いが現在の仕事をすることに繋がった。

アロハ!

私、中村美香トーマスはハワイのマウイ島に21年間暮らしているドゥーラです。様々な出産の形がある中、マウイのホームバースについて少し紹介させていただきたいと思います。私自身、ドゥーラという言葉を知ったのはほんの数年前ですが、妊娠?出産?育児という女性にとって大きなライフスタイルの移行プロセスをサポートするコミュニティの大切さを実感し、この11年間に12件のバースドゥーラ、数多くの産後ドゥーラをさせていただいています。命のサイクルの神秘に出会う時、そこには大きな感動と学びがあり、生きることの意味、魂の存在を再認識させられます。


まず、私がなぜ出産のあり方にこれほど興味を持ったのか、そこからスタートしたいと思います。私には2度の出産経験があり、一人目は当時バリ島に住んでいたため、東京の実家のそばにある助産院で産みました。自然分娩を希望していたので、病院で産むという選択肢は、はじめから持ちませんでした。幸いにお産自体は安産でしたが、様々な点で悔いが残ったものでした。自分自身の意識の未熟さ、助産師さんの対応の仕方、産後すぐに抱かせてもらえずボンディングができなかった、他、いろいろ考えさせられました。母乳のトラブルもすぐにあり、日に日に硬く腫れ上がっていく乳房の痛みと闘いながら泣き泣き授乳にくれていました。産後すぐにおっぱいを吸わせていたら、このような事にはならなかったのではと、あとになってから悔やんだものです。

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息子が2歳の時、マウイ島に移住してきました。それから2年半後に二人目を妊娠し、ここで知り合った身近な友達たちはほぼ全員ホームバースをしていることから、私もごく自然の流れでそれを選びました。マウイでは、助産院やバースクリニックはなく、病院(一カ所のみ)で産むか、自宅か、の選択肢しかありません。

友人の中には9人の子持ちの助産婦さんもいました。家からも近所で、迷わず彼女にお願いすることを決めました。ホームバースをするということは、お手伝いに来てくださる助産婦さんとの信頼関係をいかに深く築けるか、という事が大きな要です。自分自身やサポーターを信じ、あらゆる状況を受け入れる覚悟も。妊娠中の検診は少なくとも1時間はとり、ゆっくりとお話をしていきます。自分の体調、食生活、夫婦関係、家族関係、サプリメントやハーブの指導、適した運動のやり方など、内容はリラックスした中で、カウンセリングも含み多岐に及びます。

検診のたびに希望であれば、オイルマッサージもしてくれます。このひとときは、毎月心から楽しみにしていました。彼女の手から暖かい愛を感じ、安心感を与えてくれるのです。大きく包み込んでくれるエネルギーはビッグママそのもの。

妊娠中期の頃、ママ仲間の一人が水中出産を自宅でしたことから、水中出産についてのセミナーを開きました。興味があった私は、もちろん参加しました。それまで、実際に水中出産のビデオなどは見た事がなかったので、かなりのインパクトでした。彼女の体験談やエキスパートの見解なども聞いて行くうちに、二人目は水中出産!ともう決めていました。それからは、舞台作りに家族でとりかかりました。裏庭にデッキを作り、その上に4人用のジャクージを設置。屋外なので、天候状況は天にまかせるしかないし、臨機応変に対処しなければなりませんが、準備も整い、その日が来るのをわくわく心待ちに~。

そのような中、私自身の出産へ取り組む意識は前回とは全く違ってきました。産ませてもらう、ではなく、産む、というアクティブな姿勢が生まれました。息子は5歳になるところでしたので、お腹の中で何が起きているのか、出産のプロセス、へその緒や胎盤なども絵本を見ながら話してあげ、興味はつのるばかり。

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予定日から2週間ほど過ぎた10月の穏やかな朝、おしるしが来ました。ジャクージの掃除をし、水をはりはじめ、体温ほどに水温を調整しておきます。殺菌のためハワイアンソルトやグレープフルーツシードのエッセンスを入れ準備万端。収縮がきている間も、お湯の中に入ると、体の緊張感が一気に緩み、リラックスでき、呼吸も楽になります。

助産師さんが駆けつけてくれて、進行をチェックしてもらい、順調な様子。いよいよ夕暮れ時にいきみが始まりました。私はジャクージの中でへりにつかまりながら、下向きに体をプカプカ浮かせ、一緒にジャクージに入っている夫がお腹の部分をそっと下から支えるという体勢をとりました。一回ごとのいきみが強くなり、どんどん下に降りてくる赤ちゃんを感じました。息子も泳ぎながら、見守っていたようです。風も雨もなく、静かなサンセットを背景に、夜の帳が降りる頃、娘はスマイルをしながら水の中に生まれでました。へその緒をつけたまま抱っこし、家族一緒にしばしジャクージの中で生まれたての命をそっとやさしく幸せなエネルギーで包みます。ジャクージの脇で指導しながら見守ってくれていた助産婦さんとアシスタントさんも温かいウエルカムをしてくれました。

すぐにおっぱいをふくませ、吸う力の強さに大きな感動。胎盤は家の中のバスタブに移動して出しました。一人目の時は後産がいつだったのかもわからないまま終わっていたので、このプロセスも新鮮でした。3600g以上の大きな赤ちゃんだった割には、息子の時に比べてなんと楽で、楽しめた事でしょう。産んだ直後のありあまるエネルギーは自分でも信じられないほどでした。同じベッドに赤ちゃんと横になった至福の時、窓から夜空を眺めていたときに、流れ星が一つ長い尾をひいて落ちていくのが見え、全て滞りなく運んだことに感謝を捧げました。

18年後の現在、そのジャクージがあった場所に小さな部屋が建っています。ここは家の中で一番神聖な場所でもあり、そこの窓から見える正面には娘の胎盤を埋め記念樹として植えたオーキッドツリーが大きく育ち、きれいな花を咲かせます。いま、私はまさにその場所にてこの記事を書いていますが、あの時の大きな感動が鮮明に蘇り、いまでも私の人生の中で輝く一コマです。そして、自然に囲まれ、愛があるサポートのもと、母体のもつ強さとしなやかさ、自然のリズムを信じる事で、ジェントルなお産ができることを実感しました。また、このような体験は女性のエンパワメントの大きな根源となり、その後の育児にも大きな影響を与えるものと思います。その感動をシェアしたいと思う気持ちが、自然とお産のお手伝いをすることへと繋がっていきました。

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