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オンライン公開セミナー「子どもの発達障害~保育や教育の現場での対応について考える~」レポート

子どもの発達障害~保育や教育の現場での対応について考える~

日時:2024年3月2日(土)18:00~20:00
主催:チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)/ベネッセ教育総合研究所

日本では発達特性のある子どもの数が増えており、保育・教育現場では対応に困難を感じている声をよく耳にします。国も、多様性の包摂や自立した学習者の育成に力を入れる方針を打ち出しました。CRNはこうした状況を踏まえ、発達障害(ADHD、ASD、LD)に関するこれまでの研究や、臨床を通して分かったことをオンラインセミナー形式で報告しました。セミナーには保育者、教師、医療関係者や心理士など様々な立場にある500名以上の方々が参加し、3名の専門家によるトークや参加者からの質疑応答などを実施。ここでは、当日の発表や議論の様子をお伝えします。

❏登壇者(発表順)

  • 榊原 洋一(CRN所長。小児科医。お茶の水女子大学名誉教授、ベネッセ教育総合研究所常任顧問、日本子ども学会理事長)
  • 神尾 陽子(児童精神科医。神尾陽子クリニック院長。お茶の水女子大学人間発達教育科学研究所客員教授)
  • 杉田 克生(小児科医。医学博士。千葉市療育センター長。千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任教授)

❏司会

  • 劉 愛萍(CRN/ベネッセ教育総合研究所主任研究員)

はじめに:開会の言葉と趣旨説明

はじめに、今回のセミナーの事務局と当日の司会を務めた劉愛萍CRN主任研究員が趣旨説明を行いました。「発達特性のある子の数が増えており、保育・教育現場では対応に困難を感じる声をよく耳にします。国も、多様性の包摂や自立した学習者の育成に力を入れる方針を打ち出しました。こうした状況を踏まえ、今回は『発達障害』(ADHD、ASD、LD)の専門家を迎え、これまでの研究や臨床を通して分かったことをお伝えします。それによって、現場の先生方の課題解決にお役立ていただくことを目指しています」と述べました。

続いて、トークの進行を務めた榊原洋一CRN所長が開会の挨拶として、「今回は3名の発達障害の専門家が、医療の立場からお話をしたいと思います」と述べ、登壇者である神尾陽子先生と杉田克生先生を紹介しました。

プログラム1:専門家によるトーク

1つめのプログラムでは、事前に参加者から寄せられた質問項目を踏まえて、4つのテーマを設定。各テーマに沿って3名の登壇者がそれぞれの立場からパネルディスカッション形式で話を進めました。


❏専門家トーク
テーマ➀:園(や学校)での親支援

参加者からの主な事前質問:
  • 発達障害かもしれないと感じる園児がいるが、親にどう伝えるか。
  • 発達支援のできる少人数の園と、一般の保育園のどちらを勧めるか。
  • クラスの他児の保護者からの理解が得られない場合の対応の仕方は?

参加者からの事前質問が最も多かったのが、園や学校における保護者支援についてでした。これを1つめのテーマとして話が進みました。

まず、発達障害かもしれないと保育者が感じた場合、その保護者への伝え方について、神尾先生は「『発達障害の可能性を伝える』と考えずに、保護者と情報共有をするつもりで、子どものありのままの様子を保護者に伝えるようにするとよい」と述べました。

杉田先生も同意しつつ、「伝え方のノウハウを考えること以前に、目の前の子どもたちの状況をよく見て、現状として何ができるかを考えてみてほしい。その際に、保育者と保護者の意思疎通や情報共有が十分なされていると、次のステップとして医療機関にかかる場合、診察・診断を効果的に行いやすい」と医療側のスタンスを述べました。

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榊原 洋一先生

榊原所長は、「発達障害の診断を必要としているのは保護者よりも保育者の方が強いように思います。保育者は、発達障害の疑いを抱くきっかけとなった困り感と、園の対応を具体的に示した上で、保護者と丁寧に話し合えるといいですね」と述べました。

いま幼稚園や保育所は、地域の親支援の役割も期待されています。保育者は地域の期待に応えたいと思いつつ、担当する子どもに発達障害かもしれないという思いを抱いた場合、保護者にどう対応すべきか悩んでいます。そうした現状に対して神尾先生は、「保育士の役割は生活の支援であり、発達障害のアセスメントは心理士さんや専門家にバトンタッチするなど、役割分担を明確にする必要があると思います。また、クラス内には様々な子どもが共に生活することを踏まえると、集団の規律的な行動を重視するのか、個の自由を尊重するのかといった園の方針を示すことも大切」と見解を述べました。

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神尾 陽子先生

❏専門家トーク
テーマ➁:その子に合った対応、悩むときの考え方

参加者からの主な事前質問:
  • 子どもが何らかの困難を感じたときに、困難さを軽減する対応が多いが、子どもを困難さと向き合わせる対応も必要ではないか?
  • 子どもの特性はそれぞれ違うのに、どうして学校教育は一律なのか?
  • ASDの子どもが教師や友達の体に触れたがるが、やめてほしいと言ってもうまくいかない 。どのように伝えればいいのか。

次に、2つめのテーマである「子どもが困難を感じたときの、その子に合った保育者・教師の対応」について意見が交わされました。神尾先生は「子どもをたしなめて正すやり方は、発達障害の支援の原則に逆行する考え方です。悪循環を招く恐れもあります」と警鐘を鳴らした上で、「問題行動の理由を考えるために保育者や保護者は問題行動が起きやすい場面での子どもや周囲の行動をよく観察しておく必要があります。そうした情報をもとに専門家に相談すると具体的な解決法につながる可能性があります」と語りました。

加えて、「発達障害の子どもたちは、本人は意識していないが生まれたときから大人になるまで困難に向き合い続けています。その前提の中で、本人のもつ力を少しでも発揮できるようにするためには、追加の困難やストレスは軽減した方がよいのではないでしょうか。もちろん、そのためには多大なパワーと時間が必要になります」と見解を述べました。

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杉田 克生先生

杉田先生は、「一般化できるマニュアルはなく、その子の状況に応じて最適な方法を見つけるには時間がかかることを関係者が理解しておくことが大切だ」と述べました。

ASD児の常同行動をやめさせることは「現実的にとても困難」(杉田先生)とはいえ、問題行動を強く否定せずに回避はさせたい、と願う現場の先生はとても多いようです。これは、セミナー中にリアルタイムで寄せられた視聴者からの意見から読み取れた傾向です。

こうした思いに榊原所長は理解を示した上で、具体的な対応を考える際のポイントとして「誰の立場で考えるかがポイント」と述べました。「本人のQOLを第一に考える場合は、周囲が困るとしても本人の行動を抑止しない判断になり、クラスメイトなど他者の立場を重視すれば、本人を困難に向き合わせることになります。後者の場合は本人のストレスを高めるため、困難に向き合わせる意味や予測される事後をよく考えた上で判断する必要があります。非常に難しい問題ですが、あえてストレスを高めるやり方は善策とは言えません。あるいは、皆と同じ水準を目標としながらも、強制はしない『教育的スルー』という回避の考え方もあります」(榊原所長)。

いずれにせよ、問題行動が見られた場合に投薬で回避しようとする考え方は危険である、と榊原所長は注意を促しました。

関連して、日本の教育システムの観点からも課題があると指摘したのが榊原所長と杉田先生です。榊原所長は「日本は分離教育の中止を国連から勧告されました。多様性や個の尊重が重視される現在の風潮を踏まえると、目標設定も指導内容も均質化された一斉教育の色が濃い日本の教育のあり方は、再検討の余地がありそうです」と述べ、杉田先生は「日本の教育水準はとても高いです。その背景には学習指導要領という指導の基準があり、そのレールに乗れない子どもへの指導は十分ではないと思います。多様性の重視を謳いながら、教員養成課程では平均レベルの子どもの指導だけを前提としているのは問題です」と課題意識を述べました。


❏専門家トーク
テーマ➂:流布している用語の定義・使い方:愛着障害、二次障害、グレーゾーンなど

参加者からの主な事前質問:
  • 発達障害とグレーゾーンと診断される子どもの割合を教えてほしい。
  • グレーゾーンの子どもは不登校になりやすいように感じるが?
  • グレーゾーンの子どもへの支援方法についての認識がもっと広がれば親の苦しみが減るのではないか。
  • どこからが神経発達症で、どこまでが個性か線引きがわからないので知りたい。

3つめのテーマは、最近よく耳にする「(発達障害の)グレーゾーン」といった言葉の定義や使い方についてでした。いずれの先生も、自身では「グレーゾーン」という言葉は使わないようにしていると発言していました。杉田先生は、「『グレーゾーン』は特に保護者が使いがちですが、言葉の解釈や運用が非常にあいまいで社会全体の共通理解ができていません」と述べました。さらに、発達障害という言葉自体も日本では行政用語に由来しており、医学的には「神経発達症」と表現していることも付け加えました。そして、用語化されるには、言葉の定義が社会で共通認識されている必要性を訴えました。

榊原所長は、医師の役割は診断して治療・対応していくことだと前置きしたうえで、「明確な判断基準がないと治療や対応を始めるわけにはいきません。加えて、発達障害は他の病気よりも治療の方法が極めて個別化され、症状として境界線を引きにくい難しさもあります」と説明。神尾先生は、グレーゾーン特有の対応法や支援法はないことを説明。グレーゾーンとラベリングするよりも、具体的な情報を保護者と医師が共有し、なぜ困っているのかを考えることの方が重要だと述べました。


❏専門家トーク
テーマ➃:発達障害と不登校

参加者からの主な事前質問:
  • 発達障害や境界知能の児童生徒は不登校になりがちだが、どのような支援をすれば良いか?
  • 書字バランスが取れない子には、苦手でも少しずつ取り組ませる方が良いのか、それとも無理にやらせない方が良いのか?
  • せっかく覚えた漢字を、テストになると忘れて書けない子どもへの助言は?

最後は、発達障害と不登校との関係をテーマに先生方が意見を交わしました。例えば、授業中の読み書きに苦労していることが原因の一つとなり不登校になる子どもがいる状況について、杉田先生は「本人の状況の改善と周囲の配慮の2つの視点から考える必要があります。前者については、弱視の子に『よく見なさい』といっても難しく、読字障害や書字障害の子どもに『もっとしっかり読みなさい、書きなさい』という指導もよくありません。現実的に、就学前にこれらの障害を明らかにすることは難しく、就学後に分かることが一般的です。学校現場では、そうした状況にある子どもを早期に見つけて、支援してあげてほしいと思います。周囲の配慮の観点では、日本は他の先進国と比較して不十分です。教育的なサポート体制のさらなる充実を期待しています」と述べました。

さらに、日本語の特性として非常に複雑な語彙体系をもつため、そもそも理解が難しい言語であることを理解する重要性を述べました。加えて最近の傾向として、「読み書きの問題にはレベルがあり、読解力や語彙の少なさに関する問題も現場では出ており、これらはLDではなく言語症や社会的コミュニケーション症の問題である場合もあります。レベル診断の重要性が高まっているため、医療側がしっかりと分析を行った上で学校現場と連携していく必要性を感じます」と包括的なアセスメントの重要性を語りました。最後に、榊原所長が「不登校は発達障害とセットで考えられがちだが、両者は単純な対応関係にない」と明確に語り、トークセッションを終えました。



登壇者プロフィール

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榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠如多動症、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。
主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)、「子どもの発達障害 誤診の危機」(ポプラ新書)、「図解よくわかる発達障害の子どもたち」(ナツメ社)など。


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神尾 陽子 (かみお・ようこ)

医学博士。神尾陽子クリニック院長。お茶の水女子大学人間発達教育科学研究所客員教授。児童精神科医。1983年京都大学医学部卒業。京都大学医学部附属病院精神神経科、米国コネティカット大学、九州大学人間環境学研究院、国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所勤務を経て、現在に至る。趣味は旅行、ワイン。近著に『発達障害の診断と治療-ADHDとASD』(共著、 診断と治療社)がある。


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医学博士。千葉市療育センター長。千葉大学子どものこころの発達教育研究センター特任教授。小児科医。専門は小児神経学、発達神経学特に自閉スペクトラム症、注意欠陥多動性障害、限局性学習障害などの神経発達症。趣味は読書、旅行。
主な著書:「神経発達症児童への包括的治療教育プログラムガイドブック」第4版(千葉大学子どものこころの発達教育研究センター)、「英語読字障害支援ガイドブック第2版」(千葉大学子どものこころの発達教育研究センター)、「神経学用語語源対話」(千葉大学子どものこころの発達教育研究センター)、「欧州医学史探訪」(千葉大学子どものこころの発達教育研究センター)など。

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