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ネットシンポジウム「何か変だよ、日本の特別支援教育」レポート

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知的障害、肢体不自由に加えて、発達障害をもつ子どもたちなど、特別なニーズをもつ子どもたちにどのように接したらよいのでしょうか。彼らが安心して遊んだり学んだりできる環境を、どのように作っていけばよいのでしょうか。
CRNでは「何か変だよ、日本の特別支援教育」をテーマに、下記の要領でネットシンポジウムを開催しました。障害をもつお子さまの保護者とともに、研究者、現場の先生、民間企業のサービス事業者など、多様な立場から、課題と解決の方向性について議論を深めました。当日の様子をレポートします。
 
●時間: 2月23日(土) 10:00~12:00
●登壇者:  
 座長: 榊原洋一(CRN所長、ベネッセ教育総合研究所常任顧問、お茶の水女子大学名誉教授)
 シンポジスト:秋山明美(NPO法人 特別支援教育研究会 未来教室室長、元公立小学校校長)
大庭正宏(社会福祉法人陽光福祉会理事長)
阿部健二(ベネッセコーポレーション)
田﨑光哉(ダウン症児保護者、東京インクルーシブ教育プロジェクト運営委員)
吉竹琴水(重度心身障害児保護者)
 司会: 小泉和義(ベネッセ教育総合研究所、CRN研究員)
●主催: チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)
●後援: ベネッセ教育総合研究所
形骸化が深刻さを増している日本のインクルーシブ教育

今回のシンポジウムでは、まず、座長を含めた6人のシンポジストがそれぞれの立場から日本の特別支援教育の課題を洗い出していきました。最大の課題として共通認識されたのは、「インクルーシブ教育の形骸化」の問題でした。
インクルーシブ教育とは、障害の有無にかかわらず、多様な他者との生活や学びを大切にし、子ども一人ひとりに応じた支援を充実させていこうとする理念に基づいた教育で、日本が2014年に批准した「障害者の権利に関する条約」(以下、障害者権利条約)でも重視され、共生社会を実現する柱として、国際的に推進されています。ところが、日本ではインクルーシブ教育が正しく理解されていないと、シンポジスト全員が指摘しました。

例えば、太陽の子保育園の大庭正宏園長は、「子どもの発達は非常に多様であり、本来は、あらゆる子どもがインクルーシブ教育の対象となります。しかし、日本では『インクルーシブ教育は、障害児のためのもの』というイメージが広がりました。その結果、障害児・非障害児という区分ばかりが意識されてしまっています」と語りました。

インクルーシブ教育への誤解は教育行政でも根強く、制度の改善は思うように進んでいません。そうした課題は、地域の小学校の通常学級に通う障害児をもつ田﨑光哉氏と吉竹琴水氏の話にも表れていました。 田﨑氏は、「障害者権利条約は、障害者が受ける様々な不利益を社会全体で解決していこうとする『社会モデル』の考え方に立っています。日本は同条約に批准しているにもかかわらず、行政の対応を見ると、障害者個人が特別支援教育で克服を図るという『医学モデル』に回帰していると感じています」と述べました。

吉竹氏は、「通常学級のクラスメートやその保護者は、娘を温かく迎え入れ、支援してくれています。一方、地元の教育委員会は、私の子どもが通常学級へ通うことを積極的には認めてくれませんでした。市民と行政の意識の差が少なくないと思います」と話しました。

また、ベネッセコーポレーションで多様な児童に向けた学習サービスの研究開発を手がけている阿部健二氏は、社会全体の課題を次のように語りました。「近年、ICT機器やWebアクセシビリティの技術向上が進んでいます。その技術を活用していけば、障害児・健常児問わず、全ての児童の学習環境をよくできると考えています。しかし、そのような技術を学習面で活用することがあまり進んでおりません。検定教科書がボランティアによって拡大教科書やDAISY教科書のようなデジタル化がされていることは最も大きな課題だと思いますが、加えて地域の図書館や民間の学習サービスなどを含め、全ての人にとってアクセシブルな学習環境を整えていく必要があると考えています」。

インクルーシブ教育の実現には、「場の共有」と「個別支援」の両立が不可欠

シンポジウムの後半では、日本のインクルーシブ教育の現状の改善策が、教育現場と行政施策の2つの観点から議論されました。まず、教育現場について見ていきます。

NPO法人特別支援教育研究会未来教室の秋山明美室長は、学校を変えるためには管理職のリーダーシップが不可欠だと強調。自身が以前、大規模な特別支援学級が併設された公立小学校の校長として推進した、インクルーシブ教育の取り組みを語りました。そのポイントの1つが、すべての子どもを通常学級所属とする制度改革です。「教科の授業では、子どもの特性に応じた配慮として、別教室で個別支援を受けながら学んだり、支援者の介助を得ながら通常学級で学んだりできるようにしました。しかし、ホームルームや給食は必ずみんなで一緒に行い、『生活の場』を共有できるようにしました」。

障害児・非障害児が学びや生活をともにし、交流を深めることは、インクルーシブ教育の根幹です。しかし、日本では「敷地や校舎を同じにすればよい」といった、安易な解釈が行われることが少なくありません。大庭園長はそうした課題を指摘し、自身が運営する保育園では、園舎を改築する際、多様な子どもたちの触れ合いを促せるようにしたと述べました。「新しい園舎で保育を行う中、どの保育者も子ども一人ひとりが生活しやすくなることを重視し、個別支援を工夫するようになりました。それは、保育の場という『ハード面』の整備が、保育者の意識という『ソフト面』の充実に結びついたからでしょう。まずは子ども同士が交流できる場をつくり、そこで試行錯誤することが大切だと実感しています」。

秋山室長と大庭園長の実践には、「場の共有」と「個別支援」を両立させているという共通点があります。今回のシンポジウムの座長であるCRNの榊原洋一所長は、「インクルーシブ教育が目指すものは、あくまでも『共生』です。その実現のためには、『場の共有』とともに、子どもの特性に応じた『個別支援』が欠かせません」と語りました。

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インクルーシブ教育の効果を社会に浸透させていきたい

行政施策の改善に向けては、シンポジストから様々な提言が行われました。

田﨑氏が挙げたのは、国民的議論の必要性です。「日本の現状は、障害者権利条約よりも、学校教育法や同法施行令が優先されていると思います。しかし、条約は、本来、国内の法律や政令よりも優位に立つものです。障害者権利条約の内容はもちろん、法制度などについて根本的な議論の場を設け、多くの人たちと行政の問題点を検討していく必要があります。時間はかかると思いますが、そうした積み重ねが現状の改善につながると考えています」。

阿部氏は、「民間企業は、行政機関よりもスピーディーに動けます。そうした強みを生かし、率先して学習支援を充実させていけば、行政機関を動かすことにつながるのではないでしょうか」と話しました。

インクルーシブ教育の効果についての合意形成も、行政に働きかけるポイントとして位置づけられました。まず、榊原所長が自身の小児科医としての臨床経験や、海外における医学研究の事例などに基づきながら、インクルーシブ教育は子どもの成長を促すと解説。具体例の1つとして、「発達障害のある子どもが、通常学級のクラスメートとの交流の中で社会性を伸ばしたり、言葉を覚えたりしています」と述べました。

秋山室長も、「特別支援学級では、子どもを刺激するのは教員が中心ですが、通常学級では、クラスメートから様々な刺激を受けることができます。そうした中で、学びを深める障害児を何人も見てきました。また、障害児との交流を通して、他者の多様性に気づく非障害児も少なくありません」と言葉を継ぎました。

そして、吉竹氏は、「娘のクラスには、娘の傍で一息ついたり、娘を頼りにしてくれるクラスメートもおり、インクルーシブ教育がクラスを豊かにしていると感じています。そうした良さを多くの人に知ってほしいと願っています」と訴えました。

インターネット中継の視聴者からは、シンポジウムの間に様々なコメントが寄せられました。ある学習塾経営者の方は、「障害児は非障害児と同じ場で学習したほうが、学習効果が高くなることを実感している」とコメントをくださり、インクルーシブ教育の効果がうかがえました。

榊原所長からの「多様な子どもたちが一緒にいるということの意義をきちんと考えていきましょう!」という言葉で、シンポジウムは幕を下ろしました。今回の議論がインクルーシブ教育への理解や関心を少しでも深めることを期待しています。

CRNでは、今後も共生社会を実現するための課題などについて発信していきます。どうぞご期待ください。



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