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赤ちゃんポスト

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2018年9月14日掲載
正確には「こうのとりのゆりかご」と呼ばれる試みが熊本市のある病院で始まって11年になります。望まぬ妊娠のために中絶をしたり、子どもを捨てたりするような不幸な事例を減らすことができるのではないかという観点から賞賛する声もありましたが、同時に「無責任」な妊娠、出産が増えるのではないか、あるいは自分の生みの親を知らないで育つ子どもの知る権利はどうするのだ、といった批判も聞かれました。

当時私は数人の新聞記者から電話取材を受け、意見を聞かれましたが、子どもの知る権利はどうなるのだ、といった質問が多かったように記憶しています。考えてみれば、それが当時の新聞記者や新聞社の意見だったのでしょう。どのように答えたのかよく覚えていませんが、中絶されればそもそも生を受けなかったわけですし、親のことを知っていても捨てられれば、親が誰であるかどうかということはその子の人生の幸福につながらないのではないか、などと言ったような気がします。ただ記者の質問がなんとなく詰問調で、私に「子どもの知る権利を侵しておりけしからん」と言わせようとしているように感じたことを覚えています。

小さな子どもは自分の気持ちをうまく周囲に表明することができないので、大人は子どもの代弁者(アドボケート)として子どものために発言しなくてはならない、と言われますが、では「子どもは知りたいはずだ」という仮定は本当にいつでも正しいのでしょうか。

以前、子どもの知る権利に従って真実を知らせることが、必ずしも子どもの幸福につながらないある事例をアメリカで見聞したことがあります。やや専門的になりますがここで紹介したいと思います。

遺伝病の多くは子どもの時から症状が出ますが、大人になってはっきりした症状がでるハンチントン舞踏病という病気があります。発症後数年で不随意運動が進行し、寝たきりになってしまうことも多い病気です。この病気は優性遺伝という形式で遺伝し、親がこの病気だと子どもは2人に1人(50%)が発症します。現在では遺伝子検査でこの発症前でも診断がつきますが、私が見聞した時はまだ遺伝子による診断はできず、ある特殊な検査で発症前の子でも診断する方法が開発された時でした。アメリカで問題になったのは、この方法で30歳くらいになると自分がこの病気を発症してしまうことを知った若者の自殺が多いことでした。そして、子どもが幼少のうちに親の判断でこの検査を受けさせることが倫理的に許されるのか、ということが問題になったのです。検査をして陰性であれば良いのですが、陽性であれば早晩その子は結果を知ることになります。また親がそれを子どもに隠したとしても、30代過ぎに病気が発症することが分かってしまえば、それが子育ての態度になんらかの影響を与えてしまうことが予想されます。裁判になったこの医の倫理の難問は、確か親の判断で子どもの検査をすることは許されない、という結論だったように思います。赤ちゃんポストに預けられた子どもは、大きくなってから真実を告げられているそうですが、無前提に子どもの知る権利は当然だ、と言い切るのは難しいのかもしれません。皆さんはどう思われますか。

筆者プロフィール

sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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