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論文・レポート

世界を移動する生活にさようなら サードカルチャーキッドの本国帰国

籠橋 輝子 (CRN 外部研究員)

2013年4月12日掲載
English

近年グローバル化が進み、国境を越えた人的移動も加速する中、親の赴任に伴い外国生活をする子弟、サードカルチャーキッズ(TCK)と呼ばれる子どもたちが海外でも着目されるようになってきました。サードカルチャーキッズとは、「両親の国の文化を第一文化、生活している国の文化を第二文化とした場合、そのどちらでもないはざまの文化、つまり第三文化の中で人格形成に影響を及ぼす時期や思春期を過ごしている、あるいは過ごした子どもたち」のことを指します。またサードカルチャーキッズが大人になると、アダルトサードカルチャーキッズ(ATCK)と呼ばれます。

今から6年前、私たち三人家族(夫、私、息子・現在11歳)は夫の仕事の都合で日本からインドの首都ニューデリーにやってきました。息子はアメリカン・スクールに通学、米国だけでなく世界各国からの駐在員子弟が在籍する同校は、まさにサードカルチャーキッズが集結する学校でした。また何かと不便を強いられるインド生活の中、同スクール・コミュニティは、アダルトサードカルチャーキッドの私にとっても居心地の良い空間でした。しかし夫の次の赴任の可能性が高くなってきたことに合わせ、私は近々息子とともに日本に本帰国する決断をくだしました。

本稿では、インド生活に自ら幕を閉じ本帰国するにあたり、サードカルチャーキッドである息子の母国、日本への適応と課題を考えていきます。まず初めにサードカルチャーキッズと関連用語の紹介、続いて帰国決断の背景、息子の直近の適応、サードカルチャーキッズに共通する利点や難点、息子の適応や課題取組の中での親の役割、そして最後にアダルトサードカルチャーキッドである私自身の本帰国への想いを順に綴っていきます。

サードカルチャーキッズ(TCK)および関連用語の定義

私と息子は世界を転々と移動する生活にピリオドを打つことになりました。しかし、息子がサードカルチャーキッズまたはグローバル・ノマッズ、また私がアダルトサードカルチャーキッズまたはグローバル・ノマッズと呼ばれるグループに帰属することは今後も変わりません*1。以下にサードカルチャーキッズとその関連用語の定義を紹介します。

★サードカルチャーキッズ(TCK)

サードカルチャーキッズを知る上で必読の本があります。デビッド・C.ポロック氏、ルース=ヴァン・リーケン氏共著の「Third Culture Kids - The Experience of Growing up Among Worlds」です*2。サードカルチャーキッズに関する画期的かつ集大成ともいえる同書は日本語にも訳され、「サードカルチャーキッズ‐多文化の間で生きる子どもたち」というタイトルで2010年に出版されています。以下に、訳書から抜粋したサードカルチャーキッズ(TCK)の定義/説明を紹介します。

第三文化の子ども(TCK)とは発達段階のかなりの年数を両親の属する文化圏の外で過ごした子どものことである。TCKはあらゆる文化と関係を結ぶが、どの文化も完全に自分のものではない。TCKの人生経験は彼らがかかわったそれぞれの文化から取り入れた要素で成り立っているが、彼らが帰属意識を覚えるのは同じような体験を持つ人々とのかかわりにおいてである。

サードカルチャーキッズは、第三世界と呼ばれることのある発展途上国で育った子どもたちという意味ではありません。第三文化というのは、1950年代に、二人の社会学者、ジョンとルース=ヒル・ウシーム夫妻が、海外駐在員の社会を表現するにあたり用いた造語です。親の出身国の文化を第一文化、生活圏である現地(赴任、駐在先等)文化を第二文化とし、母国とも現地のものでもない海外駐在員の独自の生活スタイルを「はざま文化」または「二つの文化の間の文化」とし、「第三文化」と名付けたのです。そしてこの「はざま文化」の中で育った子どもたちを第三文化の子どもたち、と呼びました。

なお、同用語は最近脚光を浴びるようになってきた言葉で、まだ広く一般に普及していません。私もインド到着後の2007年から2008年ごろに同地アメリカン・スクールの保護者向け講演会で初めて出会った言葉でした。

★アダルトサードカルチャーキッズ(ATCK)

サードカルチャーキッズ(TCK)が大人になると、アダルトサードカルチャーキッズ(ATCK)と呼ばれます。例えば、現アメリカ大統領オバマ氏はアダルドサードカルチャーキッド(ATCK)に該当します。同様または類似の意味で、サードカルチャーアダルトという使い方をするブログ等も目にしましたが、本稿では前述の本にあるアダルトサードカルチャーキッズ(ATCK)を使用します。

★グローバル・ノマッズ

この用語はサードカルチャーキッズ(TCK)やアダルトサードカルチャーキッズ(ATCK)と同じ意味で使われます。1984年にノーマ・M ・マッケイグ氏(ATCK、グローバル・ノマド・インターナショナル創設者)によって造られた用語であるとされており、「親の仕事の都合で、発達段階のかなりの時期を一か国もしくは複数にわたる自分のパスポート国に該当しない外国で過ごしたことのある子どもたちや大人たち」という定義がされています。しかし、外国人駐在員同士の日常会話では、成人になった後に海外を移動する生活が始まった人を含めてグローバル・ノマッズという言葉が使用されるのを頻繁に耳にします。このように広義の意味でとらえると、大学卒業後に海外を転々とする生活が始まった夫もグローバル・ノマドとなります。しかし、彼に「故郷はどこ?」と尋ねた場合、迷わず日本と答えますし、日本人である自負が根強くあります。本エッセイでは、子ども時代に移動する生活をすることで、自分が何者か、どこに帰属するのか、という根本部分を揺さぶられることが特徴でもある狭義のグローバル・ノマッズに焦点を当てていくことから、TCKまたはATCKという表現を終始用います。

★海外帰国子女/帰国子女

海外でもまだ広く普及していないTCK/ATCKという用語と異なり、海外帰国子女/帰国子女という用語は日本に定着しています。それだけに、本稿を執筆するにあたり、「帰国子女」を「TCK」にどう対応させるべきか迷いました。しかし帰国子女を英語に訳すとreturnee children が適当であり、帰国子女の中には日本人学校に通学し、海外日本人コミュニティや日本語を基盤とした生活をしている子どもたちも多いと考えました。息子はアメリカン・スクールを中心とする他国からの海外駐在員コミュニティの中にどっぷりとつかっていたことから、帰国子女という枠にとらわれず、TCKとして本稿を執筆しました。尚、前述の訳書あとがきでは、海外帰国子女とその家族の研究者であり訳者の一人でもある嘉納もも氏が、日本海外帰国子女/海外子女とTCKの研究着眼点の相違を記載しています。その中で、日本には偏った帰国子女像がある、といった問題提起もされています。

サードカルチャーキッド(TCK)である息子の紹介

まず初めにTCKである息子に代わり、彼の自己紹介をしてみます。息子にも目を通してもらい、修正をお願いし、承認を得た自己紹介文です。

僕は2001年、ワシントンDCで生まれました。パパもママも日本人ですが、僕はアメリカで産まれたので日本と米国の二重国籍を持っています。でも僕はちょっとだけアメリカ人でほとんど日本人の気分です。兄弟はいません。ママ(ATCK)は日本人だけど、日本人のおかあさんっぽくなくてアメリカン・スクールのママたちっぽいです。パパ(大学卒業まで日本、その後海外を飛び回る国際人)は日本人っぽいかどうかわからないけど、アメリカン・スクールのパパたちっぽくはありません。

僕たちは僕が1歳になるちょっと前に、パパの仕事の都合で東京郊外に引っ越しました。1歳から5歳の間、東京郊外から東京へもう一回引越をして、僕は合計3つの保育園(無認可→東京認証→認可)に通園しました。でもその頃のことはあまり覚えていません。パパは発展途上国での開発のお仕事をしているので、海外での長期のお仕事ばかりだったみたいです。だから、この頃パパが一緒に住んでいたことも実は覚えていません。僕が5歳の時、パパの新しい仕事の都合で、今度はインドに引越をしました。その時、僕は英語を何も知らなかったけど、アメリカン・スクールの幼稚園に行くことになりました。でも小学校1年生にあがる時にはESLクラスにも入らなかったし、英語で苦労した覚えはないです。今では同じアメリカン・スクールのミドル・スクールで成績優良児です。学びも楽しいです。よくよく考えると、自分の人生の半分以上を僕はインドで過ごしています!

アメリカン・スクールは楽しいです。アメリカ人だけでなく、世界各国の子どもたちが通学しています。ママは僕の仲良しの友だちはどこの国の子かとよく聞くけれど、知らないことがほとんどです。というよりも、ややこしすぎる場合が多いし、そんなことどうでもいい、と思っています。僕にとっては、皆ただのアメリカン・スクール・コミュニティの仲間同士です。でも僕は今年日本にもどらなくてはいけません。ママが日本に戻ってお仕事をしたいこと、あと今後パパの仕事がどこで何年かもわからないこともあり、「できるなら日本人として日本で中学や高校の教育を受けさせたい」とパパが考えているからです。日本に帰ると、パパとニュースとか世界でおこっている事を話せなくなるのは残念だけど、パパが家にいないことには小さい頃から慣れているので、さみしいとは思いません。それに今までと同じように、パパの休みの時に色々一緒にできるし、インドからいなくなった友だちとメールやスカイプで話すのと同じように、パパとも連絡をとりあえばいいと思っています。

パパもママも大学はどこに行ってもいいと言っています。僕はMITに行きたいです。でも、今の僕ではアホすぎて行けそうもありません。それに、万が一サッカーのスカウトがきたら、サッカーの選手になりたいです!僕の故郷(ホーム)はどこですか?うーん、ママかな、ママのお腹に住んでたわけだから(笑)。まぁ、ママがいるところ、かな。サードカルチャーキッズって何か知らないけど、TCKって響き、なんかカッコいい!

自分の息子ながら本当に自由奔放でユニークな子どもであると感じます。

日本本帰国の選択と決断

夫の仕事の都合で始まったインド生活ですが(参考英文記事Living in New Delhi, India as Expatriates)、6年以上たった今、私も息子も何にも代えがたい貴重な経験を得ることができたと感じます。それはひとえに学校(環境、カリキュラム等)のおかげと言いきっても過言ではありません。息子も学校が大好きで、これ以上のびることができないと思う位のびのびと頼もしく成長をとげました。息子の教育について学校に完全に信をおけたという意味で、私は母親として随分楽な思いをしました。また親類縁者もいない異国の地で、夫の仕事/出張一色の生活が続く中、アメリカン・スクール・コミュニティは私の心と生活のより所でもありました。息子の教育のみを考えた場合、少しでも長くインドに残り、同校に通わせたいという思いが私の中にあったことは否定できません。息子は現在11歳、言葉の微妙な臨界期にいることも気がかりです。せめてあと1年ほどいれば英語を忘れることもないのではないか、という思いもありました。

一方、息子が日本の小学校高学年に入る年齢(滞在3年後あたり)から、今後の息子の教育、同時に自分の生き方やキャリアについて意識して考えるようになりました。夫の次の赴任国やそこでの滞在期間がわからないという現実を生きる中、息子が思春期に入った後は転校を繰り返すような生活は避けたい、また40代半ばにさしかかっていた自分の年齢を考えると、腰を据えてできる仕事に従事したいという思いから、日本帰国という選択を考えるようになりました。また夫が、孟母三遷や家族が一緒にいること以上に、私に社会人として確固たるキャリアを築いて欲しい、息子には日本人として日本の教育を受けさせたい、と一貫して望んでいたことが、私の帰国への思いを後押しする形になりました。息子の子育てにも随分手がかからなくなったことを期に、本帰国実現を目指す決意をしたのは今から2年強ほど前のことです。

考えぬいた挙句の決断で、私たち家族にとって最良の選択であると考えているにも関わらず、新しい生活への期待感より不安で一杯の自分がいます。一番の懸念事項はTCKである息子の母国への適応です。TCKの本国帰国は他国への移動よりハードルが高いと指摘されており、私も過去にTCKとして苦い経験があることにも帰しています。

息子の日本帰国直後の適応

帰国後、息子は私の地元名古屋の市立小学校6年生に編入することになります。同校は、息子が小1から小5まで毎夏体験入学をした馴染みのある学校であるため、親子ともに直近の不安は抱えていません。体験入学とは、海外子女が現地校の夏季休暇などで一時帰国の際、短期間日本の学校に通学できる制度のことです。5回にわたる体験入学の間には、少々いやな思いをしたひと夏もありました。しかし、それは息子が海外子女であることが原因で起きたものではなく、先生にもご尽力いただき即時に一件落着、大事にいたることもありませんでした。息子に帰国の可能性を伝えた際、同校に通いたい、と迷わず答えが戻ってきたこともあり、自らの求職活動も名古屋に限定した次第です。

ただ学校に馴染みがあるとはいえ、学業的な遅れを取り戻すことは簡単なことではありません。息子は日/英問わず読書が大好きですし、家での会話は基本的には日本語でした。よって、話す・読む・聞く、の理解力はある程度ありますが、書く力(句読点や漢字等)や国語の授業についていくレベルを取り戻すためには人一倍の努力が必要となってきます。ただ言葉への順応度が高い年齢にあること、好奇心が旺盛な子であることから、学業面での心配はあまりしていません。反対に、英語力維持にどのように取り組んでいくべきかを真剣に検討しなくてはいけないと考えています。

サードカルチャーキッズ(TCK) に共通する利点と難点

息子はTCKとして生涯役にたつ英知や感覚を身につける幸運を得ることができました。TCKコミュニティを離れ母国に帰るにあたり、これらの特性を巧みに組みかえ適用することで、日本に順応し、健全なアイデンティティ形成をしていって欲しいと願ってやみません。しかし日本の社会や教育現場を考えると、TCKの利点を保持できるどころか、姿かたちのわからない困難の中であがいているうちに、「彼らしさ」さえも徐々に風化したり、本人の混乱を招くようなことにならないか不安にかられます。

ニューデリーという富と貧困が隣り合わせに共存する街のアメリカン・スクールで、TCKの息子が身につけた価値観や人間性は、今後さらに育んでいってもらいたいと願うものばかりです。例えば、寛容さ(自分とは異なるものを良い/悪いと判断をせずあるがままに受け入れる)、順応性、異文化理解、世界情勢や開発問題への関心、多角的視野、論理的思考、社交性、コミュニケーション能力(違うことが前提で相手を理解するためのコミュニケーション)、自信、自主性やリーダーシップ(自分は何ができるか、どのように貢献できるかを考える姿勢)といった特性は、多種多様な国籍や文化的背景を持つ子どもたちが集まる学校だからこそ培われたものであり、それらがないと仲間や周りとの共存が難しくもあります。グローバル化が加速する中、重要性が一層増してくる資質や世界観でもあり、教科書や授業からだけではなかなか学びきれないものばかりです。

一方、長所短所がしばし表裏一体であるように、また「所変われば品変わる」、「ローマではローマ人のするようにせよ」といったことわざがあるように、場所や環境が変わればTCKとしての強みが難点と見なされることもあるでしょう。例えば「私」の前に「私たち」を重んじ、謙虚であること、空気を読むことが尊ばれる日本文化の中で、息子が現在の言動をそのまま続ければ、うざい、自己中、生意気などというレッテルが貼られても当然のことかもしれません。今まで良いとされてきたことが悪いという評価を受ければ、息子自身にも戸惑いが出てくるでしょう。反対に、TCKとしての適応能力、ここで生きていかなくてはいけないというサバイバル意識から、息子は「文化のカメレオン(何がここでは良いとされ悪いとされるのかを察知し、自分をその状況にあわせていく)」となり、はた目にはあたかも適応しているように見えるかもしれません。しかし、この場合「これは本来の僕ではない」という違和感やジレンマが彼の中にうまれてくるでしょう。同様に、多国籍の生徒が集まるアメリカン・スクールでは、他者から日本人として認識され、自分も概ね日本人だと思っているものの、本国に戻ると自分の「日本人度」に疑いを持ち、「隠れ移民(外見の相似・思考の相違)」と呼ばれる感覚におちいることは避けられないとも思います。自分と周りが期待する行動が相反することで、自分は本当に日本人なのだろうか、と葛藤することもあるかもしれません。

周りからの承認と帰属意識を求めるあまり、息子はTCKとして得た財産を足手まといだと考え、「自分らしさ」を封じてまでも、必死でまわりから受け入れられるよう努力をするかもしれません。また、今までは「ただの自分」でいれば高い評価を得られていたのに、同じことをしても同等の評価を得られないどころか問題児扱いされることになれば、自暴自棄になったあげく、日本の文化や日本人に対してネガティブな感情を持ちはじめることも考えられます。更に恐れているのは、息子が「どうせ・・・したって、何もかわらない」、「仕方ない」と彼の輝きを失ってしまい、自分の殻に閉じこもり引きこもってしまうシナリオです。

最悪の状況に親として対応できるように、と考え始めると、あまりにも色々な可能性を想像してしまい、不安ばかりが募ります。

TCKの親として、またATCKとして

TCKの専門家は、TCKが課題を克服する過程での親の主体的サポートの重要性を一様に強調しています。課題を克服することは、彼らがTCKとして持った特性を保持していくだけでなく、彼らのより大きな成長につながるからです。思い起こしてみると、高校時代に海外から日本に戻ってきた私は、自分が経験している感覚が何かもよくわからず混乱しきっており、つかみどころもない焦燥感と劣等感に悩まされていました。それにも関わらず、両親が私を信じ、世間の物差しに振り回されず、私らしくあることをともに模索してくれたおかげで暗いトンネルを抜けだすことができました。私も息子に対して同様でありたいと思います。

また、自由奔放ながら精神的に成熟している部分もあるTCKの息子を見ていると、私の取り越し苦労が多すぎる気もしてきます。第一の理由として、息子が日本に帰国するのは中学入学前で、彼には高校卒業までは日本でじっくりと教育を受けてもらう考えでいるからです。二つ目は、息子が楽観的で物事をくよくよと悩まない性分であることです。彼にとって大切なことは、楽しいかどうか、という点です。ですから、前述の体験入学の際にも、自分が楽しい思いをするためには、努力も惜しまず、周りにも溶け込み友だちとも仲良くやっているようでした。また息子はスポーツが大好きなので、サッカー等、共通の趣味や話題を通じて友好関係を構築できることも助けとなるでしょう。三つ目は、TCKとしての柔軟性や彼の好奇心の方向性がうまく機能すれば、彼は母国を含む世界中のどこでもどんな状況でもうまくやっていける基盤ができているからです。

また、私がTCKとして日本で過ごした頃とは異なり、TCKの研究や出版物の普及により、私も息子も私たちがTCK/ATCKであるという事を知りました。私にとって自分がTCK/ATCKというグループに帰属すると発見できたのは、自分のぎこちない過去の感情や経験を納得して受け入れる上で非常に有効でした。それは自分自身が「異端児であった」という開き直りから「TCKであった」という理解へ変わる画期的なことでした。前述の本の著者であるリーケン氏も、ATCKが「TCK/ATCK」という呼び名に初めて出会った時の体験を、以下のように表現しています。「私は多くの大人になったTCKと話をし、私と同じく彼らもまた自分たちに"呼び名"があることを知った衝撃的な瞬間があることを知りました。その瞬間から自分たちのバックグラウンドを、はじめて恵まれたポジティブなものとして見ることができるようになったと彼らはいいます」。私も間違いなく「彼ら」の一人です。

TCKについての知識は、自分のみならずTCKの親としても重要です。息子も私と同じような違和感や得体のしれないフラストレーションを感じる事があるかもしれません。その時には、彼が感じていることはTCKとして普通(=おかしくないこと)であり、感情、思考パターン、価値観などに優劣や良し悪しはなく、息子は息子のままで良いのだと何度でも何度でも繰り返し承認していきたいと思います。仮に、息子が「僕は日本人らしくない」と感じても、彼自身(being)が変わる必要はなく、大切なのは日本のしきたり(行動や社会規範)や日本人(価値観や思考パターン等)を学び、日本を理解しようとする姿勢を持ち、その文化に敬意を表するべく言動をあわせていくことだ、と私は考えています。そして、息子は一人前の日本人であり、同時にTCKでもあり、世界市民にもなれるのだということを伝えていきたいです。

世界遊牧民的な生活に幕を閉じ、自分たちの故郷/帰れる居場所を育てていく作業

同エッセイを執筆中、久しぶりにアメリカン・スクール・キャンパスを訪れました。一歩、足を踏み入れると、混沌とするデリーとはうってかわった秩序あるポジティブなエネルギーに満ち溢れる世界、外国人駐在員子弟が集結して創られたサード・カルチャー・コミュニティが広がっています。ここを基盤に、私は本来なら出会うこともなかった素晴らしい人々との交流を深め、時には家族のようにお互いを支えあって生きてきました。日本への帰国が決まった今、インドというより、同スクール・コミュニティにお別れすることに対する寂しさがこみ上げてきました。

それでもふと未来に目をむけると、私自身、小5に始まったグローバル・ノマッド的(世界遊牧民的)生活にピリオドをうつ安堵感、そして祖国と呼べる帰る所があることへの感謝の気持ちに満ち溢れてきます。帰国後、ATCKとして色々な課題も待ち受けていると思いますが、自分の事についての不安や焦燥感はあまりなく、望郷の思いの方が強いです。それは年のせいもあるかと思いますが、過去に日本で「浮いている」と感じたのは、私が変人だったわけでもなく、日本に受け入れられなかったわけでもなく、TCKであったからだ、と納得した事が大きな要因であるのかもしれません。人生後半は、新しいものを開拓するというよりは、母国にしっかりと根をおろし、これまで築いてきた既に手中にあるものをより大切にケアしていきたいと考えています。具体的には、海外に広がる友好関係を育くんでいく努力を怠らず、今まで得た経験や技能を活かして日本人/ATCKの私だからこそできる貢献を仕事を通じて社会にしていくことにエネルギーを注ぎたいです。

ITの進化によって、日本にいながら私も息子も世界に散らばった友だちと連絡を取り続けることも可能になりました。活動的な彼らのことです。学校の休みを利用して、きっと日本の我が家にも遊びにきてくれるでしょう。TCKとして幼少・小学校時代を十分以上に満喫した息子には、今後は自分の国について学び、親類縁者も近くにいる環境、そして「出会い」と「別れ」を繰り返すこともない友人関係の中で、健全なアイデンティティ形成を遂げて欲しいと願っています。私も日本に腰を据えて息子の成長を見守りながら、彼が一人前の成人となり世界にまた飛び出していく日がくるまで、息子とともに日本を、人生を謳歌したいと思います。そして、その過程にあるあたり前の日常生活を丁寧に過ごしていくことで、息子がいつでも帰ることができると感じる場所、「故郷(sweet home)」を築いていければと願うのです。




*1 私は小学5年生の時、父親の留学にともない家族でドイツに1年ほど滞在しました。その間、私は現地小学校に1年通学しました。その後、高校で海外に出ることがありましたが、それは親の仕事の都合ではなく、交換留学(オーストラリア 1年、ホームステイ)、個人留学(米国 1年、ホームステイ)によるものです。従って、広義でとらえた場合、自分はアダルトサードカルチャーキッズに属するというスタンスです。
*2 同書籍の初版は「The Third Culture Kid Experience」というタイトルで Intercultural Press から1999年に出版されました。改訂版「Third Culture Kids: Growing Up Among Worlds」は2009年に出版、現時点においてサードカルチャーキッズについての集大成ともいえる本です。改訂版は日本語を含む多数の言語に翻訳され出版されています。

筆者プロフィール

report_Kagohashi_teruko.jpg籠橋 輝子(CRN外部研究員)

教育コンサルタントとして、調査、原稿執筆、プロジェクト立ち上げ、翻訳業務に携わる。就労/留学/滞在経験がある国はドイツ、オーストラリア、米国、ボリビア、インド等、通算20年程。近年はコーチとしても活動。コロンビア大学国際関係・公共政策大学院 修士号(国際開発教育専門)、コロンビア大学教育学大学院 修士号(国際教育ペアレンティング専門)、ウィスコンシン州立大学マジソン校 経済学学士、国際コーチ連盟認定コーチ。
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