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復習の鬼

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タイトルを見て、「復讐」の鬼の間違いではないかと思われた方もいるかもしれません。このタイトルは、先日私の母校の高校で、現役高校生から見たら「先輩」にあたる私と同期の数人が、後輩に進路選択についてのアドバイスをするシンポジウムが行われたときに、私自身の勉強法について語った時に使った言葉です。その意味するところは、予習よりも復習を徹底的に行うことが効果的だ、ということです。復習の「鬼」という表現を使った理由は、復習は1回きりではなく、5回あるいは10回くらいすることが重要だということを強調したかったからです。私は中学時代から高校時代を通じて、英語のリーダー(読解)の授業以外、予習をしたことがほとんどありません。その代わり復習は、徹底的に何回も行いました。

効果的な勉強のスタイルは個人差がありますので、私の勉強の仕方が誰にでも有効であるとはいえないと思いますが、個人的に有効だったというだけでなく、心理学的、あるいは脳科学的に、この「復習の鬼」方法には複数の根拠があると思っています。

第一に、繰り返し「読み」「書き」「声に出す」ことによって、記憶はより確実に定着するという心理学的事実です。1回より2回、2回より3回復習するほうが、記憶としてより強く正確に定着することは、誰でも納得できる科学的事実です。

次にこの「復習の鬼」には、学習は復習に特化し、予習はあまり必要ない、という意味もこめられています。これは私自身の経験で効果的だっただけでなく、次のような理由で意味があると思っています。

予習では、新しいことを自分だけで理解しなくてはなりません。教科書や参考書にはさまざまな工夫が施され、わかりやすく書かれているかもしれませんが、やはりそこに書かれていることを熟知した他人(教師)による説明が加わって、より効果的に理解が進むのではないでしょうか。教師はまさにそうした技術と知識を持った専門家なのです。また予習をしない場合、授業中は真剣に教師の説明を聞かないと内容を理解することができません。ですから「復習の鬼」法では、授業中に教師の言うことを真剣に聞かざるをえないという副次的効果があります。

予習を徹底的に行って、授業で教師が説明することが前もって十分に理解できていたとすると、教室での授業はすでに知っていることについての話になり、そのことで授業に集中する動機が薄れる可能性さえあると思います。小学校低学年の国語学習で、幼稚園時代に読み書きを習得している子どものほうが、習得していない子どもより国語能力の伸びが少ない、という研究データもあります *1

このような個人的な経験のお話をしたのは、最近子どもの学習(授業)法で注目されている「反転学習」に対して疑問を感じたからです。反転学習は、生徒がまず家庭で予習をし、学校では、理解不足のところや知識の応用について授業するというものです。実験的に反転授業を行っている学校での調査では、予習により家庭での学習時間が増加した、とその効果をうたっているようですが、これは当たり前のことです。予習をしないと、まったく何も身につかないことになり、やらざるを得ないからです。学習の質(理解)の側面から見た調査・研究も待たれるところです。

もちろん、大学や大学院では、反転学習が常識になっています。ハーバード大学医学部では、従来の講義方式ではなく、New Pathwayという授業方式を取り入れています。少人数の学生でグループを作り、自分たちで自発的に学習を行い、チューターとして参加している教員は、学生から質問されたときのみアドバイスするという授業スタイルです。しかし、この方法はもともと優秀なハーバード大学の学生だからこそ可能な方法かもしれないと、私は内心思っています。

いずれにせよ、義務教育の年限の子どもたちへの反転授業については、慎重な教育学的、心理学的、脳科学的検討が必要であると思います。


*1: 内田伸子・李 基淑・周 念麗・朱 家雄・浜野 隆・後藤憲子 (2011) 幼児期から学力格差は始まるか―しつけスタイルは経済格差要因を凌駕しうるか―【児童期追跡調査】日本(東京)・韓国(ソウル)・中国(上海)比較データブック お茶大・ベネッセ共同研究報告書 No. Ⅱ

筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学大学院教授)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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