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孤食(個食)がいけないわけ

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現在日本では食育基本法のもとで、現在国を挙げて食育推進運動が行われています。肥満や痩身傾向など、食事の仕方や内容によって、健康被害(高血圧、糖尿病、心疾患)の頻度が増すことは誰でも知っており、正しい栄養バランスを保てる食習慣を国民が身につけることの意義は周知のことです。

食育の目的に、食の文化を維持し共有してゆくことがあることもうなずけます。世界遺産に和食が選定されたことは、日本食という文化が国際的にも認められたことだと思います。

このような食育の意義は十分に理解しているつもりですが、私にはいくつかよく理解できない点もあります。

たとえば共食(一緒に食べること)を薦め、孤食(個食)をできるだけ少なくしようという方針です。一人でさびしく食べるより、一家団欒で楽しく語りながら食べるほうがいいではないか、という声が聞こえてきそうです。

しかし、孤食はなぜいけないのでしょうか。たとえば、孤食は楽しくないとは言い切れないような気がします。仲の良い家族は一家団欒は楽しいかもしれませんが、一人で食べるほうが気が楽、という時もあるかもしれません。子どもが大きくなって、子どもと親の生活時間が異なっているときに、わざわざ一緒に食べる時間を設けることは、かえってお互いのストレスになってしまうこともあるでしょう。

園や学校での共食も、一部の子どもにとっては時に大きなストレスとなっています。一定時間内に、食べ残しなく食べることが求められるのは、食べるのがゆっくりしている子どもや、好き嫌いの多い子どもにとっては、苦痛の時間となっていることがあります。

かつて私は、給食の時間になると急に吐き気を催して吐いてしまう子どもを診たことがあります。家庭での夕食のときには、そのようなことは全くないのです。心因的な嘔吐であろうという見立てのもとに、学校での様子を聴取した私はびっくりしてしまいました。

この子は食べるのが遅く、他の児童が食べ終わっていてもまだ食べ終わらなかったのです。そこで担任の先生は、すでに食べ終わっている子どもたちでこの子の周りを囲み、「○○ちゃん、がんばれ」と応援させた、というのです。この話をよく大学での授業でしますが、講義のあとに「私もそうだった」といってきた学生が複数いたことを考えると、決してまれなことではないような気がします。

もちろん、共食によって、食事がより規則正しくなり、また食事中の対人関係から社会性を促すことにつながることも知っています。ただ私が誤解を覚悟でこのようなことを書いているのも、もともと食べるという行為は極めて個人的な行為であり、それを社会的に強く制約することは、時に好ましくない結果につながることを訴えたかったからです。孤食に限らず、偏食の矯正や、食べ残しのチェックなども、子どもによっては大きな心的なストレスになることを、食育にかかわる方には是非忘れないでいてほしいと思います。

筆者プロフィール
report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (CRN所長、お茶の水女子大学大学院教授)

医学博士。CRN所長、お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科教授。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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