以前、園生(学園で生活している生徒という意味で用いられていましたが、現在は施設利用者です)さんの一人が職員の退職の際に「先生たちはいいよね。この仕事が嫌になったら辞めればいい。でも僕たちは障害者を止めることが出来ない。」と言っていました。私も勤務時間が終われば職場を離れ別の生活をしています。しかし施設入所をしている子どもたちは、家族と離れての生活を余儀なくされています。どんなに重い障害をもっている子どもたちも出来る範囲のなかで一生懸命に生きています。日々、子どもたちに携っている理学療法士は、がんばって訓練すればいつの日か障害のない人と同じ状態に近づき、ふつうの社会生活が可能になると言う考えを押し付けてはいないでしょうか。
先月オーストラリアのシドニーで開催されていた第3回International Cerebral Palsy Conference1)に出席して、その思いはいっそう強くなりました。今回の学会でも訓練方法に関する内容はほとんどありませんでした。それより幼少期に努力して獲得した運動機能が思春期を迎える頃から徐々に落ち始めること、それに伴う喪失感やうつ状態などの精神的なダメージをどのようにケアしていくか、青年期・成人期・壮年期などライフステージに沿った支援体制を如何にするかなど、ICF2)に基づいた話が多く聞かれました。日本のリハビリテーションにおける治療的技術は欧米に比べて決して劣ってはいません。しかし日本においては障害を持った子どもたちの文化は成熟していません。これは2008年5月3日に『障害者の権利条約』が発効され、日本政府は2007年9月28日条約に署名はしたものの、まだ批准はしていないという事実も、文化として育っていき難い制約の一つであると思われます。
この春もまたびわこ学園の職員が退職していきます。私もこの季節になると、ふと彼(施設利用者)の作った歌を口ずさみます。
1.春になると草木は芽吹き日の光も、やわらかくなってこころも暖かくなる。
冬のあいだ固かった僕たちの心も、桜の花ようにやらかくなるのかな。
桜の花はめぐりめぐってまたルルル芽吹く。それがやっぱり僕たちの人生なのかな。
2.春になると素敵な出会いと嫌な別れ、入り混じった僕は不可思議な気持ちさ。
その気持ちに負けた時、打ち勝つ時。いろいろあるけどだって僕たち心があるんだもん。
桜の花はめぐりめぐって、またルルル芽吹く。それがやっぱり僕たちの人生なのかな。
この詩のなかにある子どもたちの気持ちに私は寄り添い続けることができるのであろうか。幼かった子どもたちもやがて就学や就職、結婚など人生の大きな岐路に立たされます。「子どもにやさしい学校」3)を読んで、子どもたちのライフステージを俯瞰的に見渡しながら、それぞれの専門家や支援者にバトンタッチしていけるような社会システムの構築が急務であると強く思いました。
今回の執筆にて私のコラムはいったん終了とさせていただきます。一年間ご愛読ありがとうございました。私自身文章を書くことが大の苦手であり校正をしていただいたCRNスタッフの皆様には大変感謝しております。
最後にびわこ学園で昔から歌い継がれてきた西島 悟 作詞の『学園の春』で〆させていただきます。
1.小川のほとりの土筆の芽、春風を呼べ。琵琶湖を渡る雲は高く、比良の雪消えて。
おいでよ光の中へ学園の春。車椅子の列は輝き、笑顔も輝く。
2.プレイルームから聞こえてくる、ご飯だよ-の歌。芝生のブランコの上にはしん君の姿。
おいでよ光の中へ学園の春。車椅子の列は輝き、笑顔も輝く。
3.もうすぐお風呂の時間だよ、土をこねながら。お漏らしなんて気にするなよ智ちゃんの笑顔。
おいでよ光の中へ学園の春。車椅子の列は輝き、笑顔も輝く。
1) 3rd International Cerebral Palsy Conference:3年に一度開催される脳性まひに関する国際学会で日本からは医師を含め7名の参加がありました。2012年はイタリアのピサで開催されます。http://www.cpinstitute.com.au/
2) ICF(International Classification of Functioning, Disability and Health)は、2001年5月に開かれたWHOの総会で採択された機能障害と社会的不利に関する分類です。ICFでは、人間の生活機能と障害について、「心身機能」、「身体構造」、「活動と参加」、「環境因子」について、約1500項目に分類しています。
3) 「子どもにやさしい学校」乾美紀・中村安秀 編著ミネルヴァ書房2009.1.