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所長ブログ

ストレスは遺伝子を変える

2017年11月10日掲載
長い間謎であった遺伝の仕組みの発見は、人類の科学発見の中でも最も大きな成果の一つです。遺伝を司っているのは、DNAという化学物質であり、一旦親から受け継いだDNAは一生変化しない、というのが現代の科学の常識になっています。

しかし、その常識はエピジェネティックスという学問によって塗り替えられました。DNA自身は変化しないけれど、母親の胎内の環境によって、DNAに化学結合が起こり、遺伝情報の発現が変化するという新しい常識です。一卵性双生児でも、DNAの化学結合が違うために、微妙な差があることも実証されています。

それでもこうした遺伝子の化学的修飾は、生まれる前のことであり、生後の生活環境は遺伝子に影響を与えないと思われてきました。

そうした常識が覆される研究成果が、アメリカの小児科学の雑誌"Pediatrics"に報告されています。

DNAのかたまりである染色体の端末(4箇所)にある遺伝子は、テロメアと呼ばれていますが、それは細胞が分裂する際に次第に短くなってゆくことが知られています。すべての体細胞は、経時的に細胞分裂を繰り返して再生していますが、テロメアは分裂毎に短くなり一定の長さになると、体細胞は分裂ができなくなります。こうした事実から、テロメアの長さは、その個体の寿命を決めていると考えられています。

Pediatricsに発表された論文は、子どもの父親の喪失(死別、離婚、収監)経験が、子どものテロメアの長さにどのような影響をあたえるかを検討したものです。2,420人の子どもの親に対して、生後48時間に子どもと親の属性を聴取し、引き続いて1、3、5歳時に、家族の状況の聞き取りを行いました。そして9歳の時に子どもの唾液を採取し、唾液中の表皮細胞のテロメアの長さ(染色体あたりの塩基列TTAGGGの個数の平均値)を遺伝学的な手法(詳細は省略)によって測定したのです。

結果は驚くべきものでした。9歳までに父親喪失体験のある子どもでは、経験のない子どもに比べて、平均14%もテロメアの長さが短くなっていたのです。父親喪失の種類によっても短縮度は異なり、死別では16%、父親の収監では10%、離婚による離別では6%の短縮が認められました。また男児では女児よりも40%短縮の程度が強く、またうつ病などに関連のあるセロトニン遺伝子に関連するテロメアの短縮率が最も高い事が分かりました。テロメア短縮のメカニズムは不明ですが、父親喪失によるストレス増大が関連していると論文の著者は推定しています。

ストレスが多いと、寿命が短くなるのかどうかについては、まだ研究がありませんが、経験によって遺伝子が変化する(テロメアが短くなる)という発見に驚きました。科学は新しい発見によって書き換えられることを目の当たりにした思いです。


参考文献
  • Mitchell C, McLanahan S, Schnener L, et al. Father loss and child telomere length. Pediatrics 2017 Aug; 140(2).

筆者プロフィール

sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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