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所長ブログ

自然的知能

榊原 洋一(CRN所長、お茶の水女子大学名誉教授、
ベネッセ教育総合研究所常任顧問)

2017年5月12日掲載
ハーバード大学のガードナーは、1983年にそれまでの知能(IQ)の概念を打ち破る「多重知能」説を打ちだしました。人の知能は、いわゆる知能指数(IQ)で示される知能だけではなく、7つの異なった知能に分類することができるというものです。近年の脳科学による脳機能の解析方法の進歩によって、ガードナーの多重知能は支持されています。

ガードナーが提唱した7つの知能とは、①論理数学的知能、②言語的知能、③対人的知能、④内省的知能、⑤身体運動的知能、⑥音楽的知能、⑦空間的知能です。提唱時は7つでしたが、ガードナーはその後「自然的知能 naturalistic」(あるいは博物的知能)という第8の知能を付け加えました。

この自然的(博物的)知能とは、自然の中にいて、自然界の仕組みとそれが人に及ぼす影響や、それらに対応するための行動を司る知能です。私たちは人工的に調整された屋内や都市の中で生きてゆくことについての知識(知能)があっても、大自然のなかではそれだけでは不十分です。

例えば山の中で、雲行きが怪しくなったら、どこかに避難しなくてはなりません。コンビニやレストランがないところでは、食物や調理用具を携帯するだけでなく、自ら食物を調達(木の実や果実の採取、釣魚、狩猟)してゆくことも必要になります。

先日日本のスキー場で、ドイツ人らがゲレンデ外の雪の中で遭難するという事故がありました。不幸な結果にならなければ良いが、と心配していましたが、翌日無事に生還しほっとしました。

ドイツを初め北ヨーロッパの国には、森の幼稚園とよばれる幼稚園がたくさんあります。徹底した園では、園舎はなく一年中森の中で過ごすそうです。そこで園児たちは、雨がふればどのくらい寒いのか、夕方になると森の中はどんなに暗くなるのかといった知識や、食べられる木の実、食べてはいけないキノコなどについて体験を通じて自然的知能を伸ばしてゆきます。

遭難したドイツ人も、もしかすると森の幼稚園に通った経験があったのかもしれない、などと思いを巡らせました。


私事になりますが、私は大学生時代ワンダーフォーゲル部に所属し、一年を通じて山登りをしていました。ワンダーフォーゲル活動は、ドイツに始まった山だけでなく野原を何日も歩いて過ごす活動ですが、日本の大学のワンダーフォーゲル部は、ほぼ山岳部と同義です。一年を通じてと書きましたが、実際に年間何日くらい山の中でテント生活をしていたか数えてみたところ、約60日も過ごしていました。私の所属していたワンダーフォーゲル部の基本活動方針は、道のない山に登ることでした。登山道を歩くのではなく、地図と磁石を片手に、猛烈な薮を漕ぎながら1週間くらい尾根や沢を遡行するのです。また緊急事以外は、コンロは使わず、枯れ木や倒木を集めて火をおこし、沢からくんできた水で米を炊いて食事をしました。薮が濃いところでは、一時間に100メートルくらいしか進めませんし、一番近い登山道まで数時間かかるので、悪天候だからといって下山することもありません。動かずそこでやり過ごす方が安全だからです。

こんな不便な登山でしたが、夜星空を見ながら、藪の中で寝ていると、えも言われぬ自然との一体感を感じました。こうした体験の中で、山の地形や天気、動植物に関する理解が深まりましたが、今から思うと私の自然的知能を大いに発達させた経験だったのかもしれません。


今でも時々、尾瀬ヶ原の背景にある山のさらに向こう側にある大白沢の池で過ごした一日のことを思い出します。大白沢の池まで行く道はもちろんなく、少なくとも2日猛烈な藪漕ぎをしなければたどり着くことはできません。周りに湿原のある、自分たち以外誰もいない天上の楽園で、真っ青な空を行く雲と、満点の星を見ながら寝転がって時間の経過を忘れて過ごしました。

池の向こう側の薮の奥でガサガサいう音が聞こえ、熊か、と身構えたところ、薮をかき分けて登山靴ならぬ地下足袋をはいた京都大学探検部の一団が現れたのも、忘れ得ぬできごとでした。

筆者プロフィール

report_sakakihara_youichi.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめての育児百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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