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第2回 ドゥーラ(Doula)勉強会

2009年9月 4日掲載

■ 実施概要
日時 : 2009年7月16日(木)14:00~16:00
場所 : (株)ベネッセコーポレーション東京本部神保町オフィス 会議室
主催 : チャイルド・リサーチ・ネット(CRN)

■講演者 及び 話題提供者
岸 利江子(イリノイ大学シカゴ校看護学部博士課程修了、CRNドゥーラ研究室、助産師)
中村 美香(アメリカ・ハワイ州マウイ島で活動しているドゥーラ)

■プログラム
・岸 利江子氏の講演(1)
・中村美香氏からマウイのドゥーラでの活動についての話題提供(2)
・参加者の体験談・ご意見・質疑応答(3)

(1)

講演録:ドゥーラサポートは日本でどうあるべきかを考える

岸 利江子

・産前・産後のメンタルヘルスとドゥーラの役
・日本へのドゥーラの導入:5つの壁



産前・産後のメンタルヘルスとドゥーラの役割


[妊娠初期のエモーショナルサポート]

女性は妊娠すると定期的な妊婦健診に通います。現在、妊婦健診の頻度は、妊娠23週までは4週おき、35週までは2週おき、その後分娩までは毎週と決められています。私の小規模な研究では、「妊婦健診の時、あなたの担当の医療スタッフは、あなたが心配事や気持ちを話したい時にはよく聴いてくれる雰囲気でしたか?」という質問に対し、「妊娠が進むと、助産師による保健指導が1時間くらいあったりして十分に聞いてもらえた。でも初期は不安もあったのでもっと聴いてほしかった。」という声がありました。9か月間という長い妊娠期間を安心して過ごし、親になる準備を進められるように、特に妊娠が安定するまでの心理的サポートがどのようにされているかについて今後も調べていきたいと思います。


[妊娠期のうつとドメスティックバイオレンス(DV)のスクリーニング]

妊娠期にうつ傾向のある女性の一部は、産後にもうつ状態になることがあります。また、女性にとって特にパートナーからの支援の有無は心理面に大きく影響しますが、暴力的な支配関係は妊娠が契機になることも多いといいます。アメリカでは、2005年の調査によると、妊婦健診中に、47%の女性が「気分が滅入ったり落ちこんだりしていないか」と聞かれたことがあり、35%の女性が「誰かから身体的または言葉の暴力を受けたか」と聞かれたそうです (Declercq et al., 2006)。日本ではどのくらい妊娠期のうつとDVについて妊婦健診中にチェックされているのかについて調査を進め、心理的・社会的サポートのあり方について考えていきたいと思います。


[産後のサポート]

日本では諸外国に比べると産後の入院期間が長く、産後の女性は濃いサポートを受けることができます。先の小規模な研究で「産後入院中、どんなケア、指導、環境などが役に立ちましたか?」と尋ねたところ、「母乳指導はとても細かく個別指導があって助かった。」「赤ちゃんのケアについての指導は良かったけれど、母体の回復のための指導はあまりなかった。」「大学病院で産婦がわんさかいて、困った時に聞いたり、仲間が出来て楽しかった。」「この病院のスタッフは上からものをいう感じではなく、話を聴こうとしてくれる。うちの病院のルールに従ってもらう、という感じだとストレスになるけれど、ここはそういうことがなくてありがたい。ケースバイケースの話ができるのもうれしい。」などの声がありました。産後の女性のメンタルヘルスを考える際に、産後の心理的・社会的サポートは大事です。例えば、アメリカでは「赤ちゃんにやさしい産院」だけでなく「お母さんにやさしい産院」を求める動きもあります。


1か月健診が終わると、ほとんどの公的・専門的な支援の対象は赤ちゃん中心になり、母親への支援は手薄になりがちです。アメリカの全国調査によると、産後には多くの女性が身体的・心理的な健康問題を産後何か月にも渡って抱えているものの、傷や乳房の感染などの医学的な問題でない場合にはほとんどが専門家に相談せずに過ごしているそうです (Declercq et al., 2008)。


[産後のメンタルヘルス]

ここでは産後のメンタルヘルス、特に産褥期のうつについてお話します。今回の情報は主に、世界的に広く使われているエジンバラ産後うつ尺度(EPDS: Edinburgh Postpartum Depression Scale)を開発したCox博士らの文献 (Cox & Holden, 2003, 岡野訳) と、アメリカで現象学を用いて産後うつを体験している女性の声をもとに20年以上研究を進めているCheryl Beck博士の文献 (Beck, 2006) からご紹介します。(一般のうつ病の分野で著名な研究者であるAaron Temkin Beck博士も同じBeckという苗字ですが、別人です。)


一般的に、産後のメンタルヘルスについてよく知られているものには産後ブルー、産褥うつ、産後精神病以下の3つがあり、主に発症時期と症状によって分類されます(スライド)。このうち、産後うつと産後精神病は専門的な治療が必要になります。一方、これらすべてに「支援」が必要です。


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Beckは、産後の女性を適切に支援するためには、上記の3つに加えて、産後パニック障害、産後強迫障害、産後躁鬱タイプ2障害、産後PTSDとの鑑別が必要だと強調しています。これらの詳しい情報については、参考文献 (Beck, 2006) をご参照ください。


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産後うつの定義は、以下のスライドをご覧ください。


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産後うつになりやすい要因にはどんなものが挙げられるでしょうか。以下のスライドはアメリカの研究者Beckの研究によって明らかになった要因です (Beck, 2001)。イギリスのCoxらも、親からの遺伝、生育歴、性格や価値観、パートナーとの関係、赤ちゃんの性質など、さまざまな要因が産後うつになりやすい傾向の原因になりうると述べています(Cox, 1986)。つまり、どんな女性も産後うつになる可能性はあります。


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産後うつは女性個人ではなく社会の問題と認識されるべき、という見方を裏付ける研究が進んでいます。10-15%の女性に産後うつが発生するといわれていますが、文化や地域により差が大きく、母親に対する社会の価値観や、床上げなどの産後の支援体制により、発生率が異なるといわれます。


産後うつは心のことなので目に見えません。そこで、産後うつの診断では、広く用いられているスクリーニングの調査票などを使って、産後の女性の気持ちを本人に正直に表現してもらうことが不可欠です。しかし、本人の感じ方や表現の方法というのは社会や文化の影響を受けやすく、例えば、社会が精神病に対して偏見があったりすると、本人も自分の感じることを正直に表現しにくくなります。このように、産後の女性は、周囲や自身からの心理的プレッシャーと葛藤している可能性があります。そのため、産後うつのある女性を見つけるためにツールを用いたり、気持ちを打ち明けてもらう場合には、答えてくれる女性に、「本当は言いたくなかった」と感じさせることなく、「理解された」「答えて良かった」と安心し満足してもらえるような方法でおこなうことが、その後のサポートをスムーズにおこなうためにも、専門職と産後の女性の双方にとって必要だと思います。


本人からの訴えに頼るだけでなく、専門家による客観的な観察による産後うつの診断も可能です。しかし、スタッフ不足が深刻で忙しすぎたり、心の問題に目を向けるような専門職教育がされていない所では、ますます見過ごされてしまいます。さらに、産後うつは、妊娠中や産後入院中よりも、(先ほどお話したように)産後1ヵ月以降など産婦人科からも小児科からも対象外になった時期に発症しやすく、本人に自覚症状があっても積極的に受診しなかったりすることが多いため、専門家からも気づかれないままになってしまうことが多いのです。


しかし、産後うつはタイミングよく丁寧に対処される必要があります。産後の長期にわたるうつ状態は、産後だけでなく慢性的なうつ病に移行する可能性もあります。最悪の場合には自殺の可能性もあります。次回の出産で再発する可能性もあるので、本人にとって妊娠することに対してかなりの恐怖になります。また、本人の苦痛だけではなく、その家族にも大きな影響を及ぼします。例えば、母親の精神状態は、パートナーとの関係、赤ちゃんや上の子どもの成長発達にも良くない影響を及ぼす可能性があります。


治療法について、一般のうつ病では服薬治療が主流です。しかし、妊娠中はお腹の赤ちゃんへの影響を心配し、産後は母乳育児が続けられなくなることを心配して、服薬治療を避けたがる傾向が強くあります。そのため、薬を用いない支援方法が特に重要になります。

 

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[ドゥーラの役割]

妊娠中・産後のメンタルヘルスとドゥーラの役割について具体的に考えてみると、ドゥーラのサポートは継続的なかかわりによって、産後うつ発症の可能性を予測し、発症した場合は即座に見つけ、専門家につなぎ、薬に頼らず有効で快適な方法で回復を促し、本人と家族の負担を減らすために、大きな役割を果たすことができるでしょう。妊娠中・産後のうつへの支援のポイントをスライドに示します。

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[産後ドゥーラの役割:最新の研究より]

分娩期のドゥーラサポートの研究は過去30年にずいぶん進みましたが、産後におこなうドゥーラサポートについては、ほとんど研究がされていません。産後ドゥーラのシステムもまだ新しく、ドゥーラを養成・登録している国際組織Doulas of North America International (DONA International)でも、分娩期ドゥーラの養成・登録は1994年から始まって現在では、2516名が登録していますが、産後ドゥーラは2004年から始まったばかりで、2008年現在でも252名のみです (DONA International Websiteより)。


今年の2月に、おそらく初めて、産後のドゥーラサポートに注目した研究が発表されました (McComish & Visger, 2009)。この研究では、妊娠期の家庭訪問、分娩時の付き添い、産後入院中の面会に加え、産後12週間までに6回の家庭訪問と、適宜電話訪問がおこなわれました。その結果明らかになった産後ドゥーラのサポートの要素を理論的にまとめると(スライド右側参照)、産後のドゥーラサポートにおいては、妊娠中や特に分娩期を中心としたドゥーラサポートに比べ、女性が自分の地域で周囲の人々と生活していくための「セルフケア」や「家族との関係や支援体制を整える」ためのサポートが特に重要になります (McComish & Visger, 2009)。具体的な産後ドゥーラの役割をスライドに示します。


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[まとめ]

妊娠中・産後の女性の心理面の健康問題は、現在のシステムでは見落とされがちですが、本人と家族に大きな影響を及ぼします。非医療的サポートであるドゥーラサポートは、薬に頼ることなく妊娠中や産後の女性の心理社会面の健康を支えることができると期待されています。日本の女性が現在受けている支援が十分かどうかを評価し、社会全体で周産期の女性を支える方法について今後考えていきたいと思います。最後に、Beckの言葉をお借りしてこのセクションのまとめとします(スライド)。

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日本への導入:5つの壁

ドゥーラという概念は、世界中の国々で古くから存在しました (Raphael, 1973)。20世紀に世界中で出産が医療化された結果、過去30年間に、医療化された出産の弊害を解決する新たな手法として、ドゥーラサポートが新たな形で生まれました。ドゥーラとよばれる人や職業を新たに設定し(多くは特別なトレーニングによって養成し)、出産に付き添うことで周産期ケアの質を上げるシステムがアメリカを中心に発達しています。アメリカだけでなく、中南米、中国、アフリカ、ヨーロッパなど世界中の国々でドゥーラサポートの研究がされてきました。

1970年代以来、小児科医の小林登先生(チャイルド・リサーチ・ネット所長)や竹内徹先生(大阪母子医療センター)らが日本におけるドゥーラサポートの必要性を説いてこられました。その結果、最近では日本の各地で、ドゥーラサポートを考えるグループや研究が始まっているようです。

ここでは、ドゥーラサポートを日本に導入する際の5つの壁についてお話します。言い換えれば、5つの壁を提示することにより、日本のすべての女性に適切なドゥーラサポートを必要なだけ提供し続けられるシステムを実現するためのきっかけになることを願っています。

[壁1.言葉の壁]

ドゥーラという言葉は古いギリシア語です。つまりアメリカ人にとっても外国語なのですが、過去30年間にアメリカではドゥーラについての相当量の情報が英語で得られるようになりました。その結果、アメリカだけでなく、英語を使う多くの国ではその情報を難なく入手できます。それに比べると、日本語のドゥーラについての情報はまだ少ないです。良質で十分な情報なしには、ドゥーラサポートに深く関心をもつことも、ドゥーラサポートを導入するべきか、どのように導入するべきかについての適切な判断もできません。今後も日本語の情報を増やす努力が必要だと思います。この3年間、ドゥーラ研究室では文献検討や翻訳などを行ってきました。インターネットを使えば、情報を無料で手軽に得ることができます。正しく、実質的で、公正な情報が必要です。その際、情報の伝達方法について、文字だけに頼らないことは大切だと思います。例えば、ドゥーラのドキュメンタリー映画や、本物のドゥーラと会う機会は、情報伝達の手段としてとても効果があることがわかりました。


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[壁2.欧米と日本の文化の違い]

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ドゥーラサポートが効果が高い、良いらしい、ということは多くの優れた研究で実証・発表されていますが、実際に日本のケアの提供者と受け手にとって「受け入れやすい」と感じられるものでなければ、導入しても定着することはないでしょう。ドゥーラサポートの概念は古来、世界中で存在しました。しかし、その形態は文化によってさまざまでした。本来、妊娠・出産・育児は文化や社会に大きく影響を受けるものです。

これまでドゥーラを日本に紹介する中で、「日本はアメリカと異なるのだから、アメリカの方法をそのまま持ち込んでもうまくいかない」という助言を数多く受けてきました。支援のcultural sensitivity(文化に対する感受性)や、支援を提供する側のcultural competency(受け手の文化に合わせた支援を提供する能力)の重要性は、世界中で強調されています。日本の人々(ケアを提供する側、受ける側)にとっての受け入れやすさをいつも考えていかなければいけないと思います。

例えば、「ドゥーラ」とは、(1)[抽象的な]概念の名前でもあり、(2)[具体的な]人、職業、その制度を指す名前でもあります。日本でお産をする女性に十分なドゥーラサポートを保証したい、と思う際に、(1)概念としてとり入れ、夫や医師や助産師などの「既存」のケア提供者の支援を「強化」するのと、(2)ドゥーラという職業役割を「新たに」「導入」し、非専門職女性をトレーニングしてドゥーラにするのと、どちらが日本の状況に合っているのでしょうか。または両方が必要なのでしょうか。

また、出産の医療化は世界中で見られる傾向ですが、それに応えるドゥーラサポートのモデルはさまざまです。例えば、発展途上国では、「お産をとにかく肯定的な体験として乗りきる」ことを目的としていて、情緒的サポート(ずっと付き添う、励ます、褒める、大丈夫と安心させる)のみを強調しているものが高い効果を出しています。一方、アメリカなどの先進国では、お産を乗り切るだけではなく、「医療に負けず、できるだけ快適で自然なお産にこだわる」「自分らしいお産をするためにお産をコントロールする」「そのために妊産婦や家族はたくさん準備・勉強するべき(たくさん準備するほど報われるはず)」という目的や前提があるように見えます。そのため、ドゥーラのサポートは情緒的サポートだけでなく、出産前教育(情報提供)や陣痛緩和テクニック(アロマセラピー、体位の工夫、瞑想など)を駆使し、産む女性の自己主張を推奨する傾向があります。

日本は先進国ですが、日本の女性にはどちらのドゥーラモデルが合うのでしょう。例えば、日本の女性はお産を「自分らしく」「コントロールしたい」と本当に思っているのでしょうか。それともただ「普通に産みたい」と思っているのでしょうか。譲れない部分はどこにあるのでしょうか。自然出産へのこだわりの強さなどの価値観、個性、勉強への意欲などは、個人差、地域差、その他の差もあるかもしれません。お産の満足度の問題は、赤ちゃんが無事に生まれてくれることに比べれば小さなことです。裏を返せば、その分、赤ちゃんが無事に生まれてしまえば、それ以外の、産む女性の希望や嗜好についての本音は聞かれず無視されてしまう可能性もあります。

これらの疑問について考えるため、日米の周産期にかかわる社会文化的背景や実践内容がどのように異なるのかを明らかにし、理解する必要があります。女性の妊娠・出産・産後の体験について、一人一人の女性に耳を傾け、日米比較が可能な実態調査を開始しています。

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[壁3.資源(人・金・物)の不足]

ドゥーラの仕事は手間と時間のかかる重労働です。ドゥーラサポートの核はエモーショナルサポートで、目に見えない、いわば良心によるサポートともいえます。一般に、女性の職業には「女」性を売る仕事と「母」性を売る仕事があるといわれますが、ドゥーラサポートはmothering the motherといわれるようにまさに「母」性の仕事です。そして、母性を売る仕事は、例えば看護や介護など、従来、社会的に十分な評価をされてきませんでした。

ドゥーラサポートを導入する際には、人間の尊厳と社会の未来を守るこの仕事を"Cheap Labor(安い労働力)"にさせないことが大切です。つまり、ドゥーラ個人の自己犠牲だけに頼る方法では続かないし、質の良いサポートを目指すことが難しくなります。といっても、ドゥーラサポートの対価を高く設定して消費者に負担させるのには問題があります。これまでの研究から、社会的に不利な立場にある女性(収入・教育・交通の便・情報のアクセスなど)こそ、ドゥーラサポートを最も必要としていて効果も大きいことがわかっています。つまり、裕福な層だけをターゲットにしたビジネスモデルだけでなく、社会全体の保健福祉システムとして長期的に無理なく存続できるためのあり方を検討する必要があります。その際には、政治的・経済的アプローチも必須になるでしょう。

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[壁4.専門職や家族との相互理解]

日本では、出産の99%は医療施設で行われています。医療施設では、産科医、助産師、看護師などの専門職がケアの提供者として働いています。ドゥーラをお産の現場に導入する場合、ドゥーラは新参者であり、専門職ではありません。現実に、医療現場には医師を頂点とした専門職ヒエラルキーが見られますが、ドゥーラがその底辺におかれ、医療職の助手とみなされてしまう危険があります。

また、ドゥーラは産婦さんに直接長く支援するので、直接頼られ感謝されることの多い仕事です。しかし、伝統的に、「ありがとう」という産婦さんや家族からの感謝は、多くの医療スタッフにとっても、大変な仕事における重要なやりがいになっています。もし、産婦さんや家族からの感謝をドゥーラが独占することになれば、お産の場のハーモニーを保つことが難しくなります。

医療者とドゥーラとの相互理解だけでなく、家族とドゥーラの相互理解も大切です。日本には「ウチ・ソト」の文化があるといわれますが、出産という個人的な体験に、家族以外の他人であるドゥーラをかかわらせたくない、という気持ちをもつ方は少なくないかもしれません。また、ドゥーラを付き添わせることでパートナーや家族が要らなくなってしまうのではと誤解されることもあります。

これらの問題を防ぐためには、ドゥーラ、ケアの受け手、専門職の全員の相互理解と協力体制が不可欠です。実際には、産婦と医療職とドゥーラが共通の目標をもち、ドゥーラが適切に活用されている場では、医療スタッフはドゥーラを大事なパートナーとして尊重しており、ドゥーラにもっといてほしいと思っています。また、ドゥーラは産婦をサポートするだけでなく、パートナーをはじめとする家族がその役割を最大限に行えるように支援するので、家族にもよく受け入れられています。効果的な連携のコツについて適切で正しい情報をもっと増やす必要があると思います。

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[壁5.ケアの受け手の意識]

最後に、ケアの受け手である、医療サービスの消費者の意識も、ドゥーラサポート導入の壁の一つとなるかもしれません。現代の社会では、社会の人々の役割が、worker(社会を作るために働く人)よりもconsumer(ほしいものを買う人)となりがちです。「何でもお金で買える」という意識と「お客様は神様」という意識により、「健康もお金で買える」、「ケアの売り手(ケアの提供者)に要求することによって健康を手に入れる」と思えてしまうかもしれません。しかし、世界保健機構の助産看護分野chief scientistであるJean Yan博士の言うように、健康とは本来「与えられる商品ではなく、人々の内部からつくられるもの」です。また、社会のために働く人がやりがいを感じながら気持ちよく働き続けられるためには、社会全体の仕組みだけでなく、サービスを受ける一人一人が責任を持って、働く人を応援することが必要です。

先にも触れましたが、ドゥーラサポートの核はエモーショナルサポートであり、ドゥーラの心と、ケアの受け手との人間関係に基づいています。心や人間関係は、お金で一方的に買えるものではありません。ドゥーラサポートを提供者が一方的にデザインし与えたり売るのではなく、ケアの提供者も受け手も一緒になって作り上げていく姿勢が大切だと思います。実際に、周産期にドゥーラサポートを受けた女性が、その体験を他の女性にも体験してほしい、他の女性を助けたい、と自分がドゥーラになっていくサイクルがよく見られます。お金を払っておしまい、ケアを受けるだけでおしまい、ではなく、いつかケアの受け手の女性に余裕ができた時には、これから妊娠・出産を体験する女性や社会に恩返しをしていくようなシステムになればいいなと思います。

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[まとめ]

以上、2回にわたり、周産期の女性のメンタルヘルスと、ドゥーラ導入の壁についてお話してきました。これらの構想を導いたのは、世界保健機構の健康の概念の定義と、プライマリヘルスケアの哲学でした。つまり、健康とは「単に疾病がないというだけではなく、身体的・精神的・社会的に完全な状態のこと」であり、そのためのサポートは「科学的な裏づけがあり、入手・アクセス可能で、文化的に受け入れられ、価格が手ごろで、住民参加によるものであり、公平であること」という原則です。健康の指標の統計値を見ると、日本は諸外国に比べるととても恵まれた状況ですが、すべての日本の女性が、身体面だけではなく心理的・社会的にも健康(well-being)で幸せかというとまだまだ改善の余地があります。ドゥーラサポートが人々の健康のために役立つよう、必要な情報をこれからも紹介する傍ら、周産期にある女性の声を社会につなげていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました。

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参考文献
・Beck, C.T. (2006). Postpartum depression: It isn't just the blues. American Journal of Nursing, 106, 5, 40-50.
・Beck, C.T. (2001). Predictors of postpartum depression: An update. Nursing Research, 50, 5, 275-285.
・Cox, J.L. (1986). Postnatal depression: A guide for health professionals. Edinburgh: Churchill Livingstone.
・Cox, J. & Holden, J. (2006). 産後うつ病ガイドブック - EPDSを活用するために.(訳:岡野&宗田).南山堂.東京.
・DeClercq, E., Sakala, C., Corry, M., & Applebaum, S. (2006). Listening to mothers: Report of the second national survey of women's childbearing experiences. New York: Childbirth Connection, Harris Interactive.
・Declercq, E., Sakala, C., Corry, M., & Applebaum, S. (2008). New mothers speak out: National survey results highlight women's postpartum experiences. New York: Childbirth Connection.
・Doulas of North America International (DONA International). http://www.dona.org.
Kishi, R. (2009). Japanese translation and cultural adaptation of the U.S. "Listening to Mothers-II" questionnaire. Doctoral dissertation, University of Illinois at Chicago.
・McComish, J.F. & Visger, J.M. (2009). Domains of postpartum doula care and maternal responsiveness and competence. Journal of Obstetric, Gynecologic, and Neonatal Nursing, 38, 148-156.
・McElmurry B.J. & Keeney, G.B. (1999). Primary health care. Annual Review of Nursing Research, 17, 241-68.
・武井麻子.(2006).ひと相手の仕事はなぜ疲れるのか―感情労働の時代.大和書房.
Klaus, M.H., Klaus, P.H., & Kennell, J.H. (2006). ザ・ドゥーラ・ブック―短く・楽で・自然なお産の鍵を握る女性. (訳:竹内&永島).メディカ出版.大阪.
・小林登.ドゥーラ選集.チャイルド・リサーチ・ネット.http://www2.crn.or.jp/blog/lab/03/post_6.html
・Raphael, D. (1973). The tender gift: Breastfeeding. New Jersey: Prentice-Hall Inc.
World Health Organization. (2008). The World Health Report 2008: Primary health care now than ever. Geneva, Switzerland: World Health Organization.
・World Health Organization. (2008). The World Health Report 2008: Primary health care now than ever. Geneva, Switzerland: World Health Organization.
・Zhang, J., Bernasko, J.W., Leybovich, E., Fahs, M., & Hatch, M.C. (1996). Continuous labor support from labor attendant for primiparous women: a meta-analysis. Obstetrics & Gynecology, 88 (4 Pt 2), 739-44.

予告:親友のShana Salik氏と一緒に、「アメリカのドゥーラに10の質問」というドゥーラの研究を開始しています。調査結果は、ドゥーラ研究室に掲載する予定です。どうぞお楽しみに。


(2)

中村美香氏からマウイのドゥーラでの活動について


中村美香さんからは、マウイでドゥーラとしての活動をはじめられたいきさつ、マウイの出産や子育てに関しての状況やマウイの方々の考え方など、具体的で示唆に富んだ話をしていただきました。その活動の様子は、ただいま連載中の「マウイのドゥーラ」でご覧になれます。
マウイの素晴らしい風景、中村さんのドゥーラの活動を伝える写真も掲載しています。
ぜひご覧になってください。


(3)

ドゥーラ研究会に参加した方々の体験談・ご意見・質疑応答

【参加者の体験談・ご意見】

■中国出産の体験(参加者より)
・2人目の出産は、中国の病院で出産をしましたが、病院内に(出産)ドゥーラのサービスがありました。そのドゥーラは今お話にあったアメリカのドゥーラとは少し違う感じがしますが、中国のその病院はアメリカスタイルの病院で、出産から2日間くらいで退院させる方針でした。(通常は日本と同様に5日間ほど入院するのが普通)。私は出産ドゥーラを体験しました。出産時にはドゥーラの方が付き添って、出産の最後までその方と助手の方が2人でやってくださいました。1人目のときは痛みも強く、怖かったのですが、2人目のときは2人目ということもありますが、3~4時間で出産しました。常に付き添ってもらっている安心感がありました。その病院の出産ドゥーラサービスは正規の看護士がやっており、時間単位で料金設定がされています。

・小林所長からのコメント
中国語ではドゥーラは「導楽」と表記していました。ドゥーラの写真(経歴も記載)が貼ってあって、自分で選びたいドゥーラが選べるようになっていました。

・中村さんからのコメント
アメリカでは直接ドゥーラに会って、いろいろインタビューしながら自分に合ったドゥーラを決定するというやりかたが多いです。ネットで自分の地域に住んでいるドゥーラを探すサイトもあり、使われているようです。

・岸さんのコメント
妊婦さんが実際にドゥーラに会ってみて、そのドゥーラがやる気であっても、会ってみた結果合わないと思う場合もあるが、妊婦さんも断りにくいという場合があります。私の知り合いのドゥーラの方は、そういう雰囲気を感じたら「他の人を紹介しようか」と自ら言うようにしているそうです。そうしないと、ドゥーラの方は手助けしたいと思っているのに、助けてあげられていないことになってしまうし、理屈じゃなく相性は必ずあるからと言っていました。
お互いにNOといえることがとても重要だと思います。

中村さん:日本の文化ではなかなかNOといえない面があるかもしれませんね。

■産じょくシッターを申し込んだ経験(参加者より)

子どもを出産後に産じょくシッターサービスを探していたら、ドゥーラサポートサービスという名前でやっている会社がありました。1日4時間で1週間のパックで申し込んだところ、子ども4人産んだ経験のある方が来てくださり、母体のケアはできないけれど、赤ちゃんのケア、育児・家事など、自らの経験からいろいろと教えてくれて心の支えになりました。
助産院でも一部産じょくケアコースを用意しているところがあり、4泊で利用しました。助産師・助手の方が母体のケア、赤ちゃんのケア、育児、漢方、針きゅうなど様々なサービスを行ってくださってとてもよかったです。ただ、人の手がかかることなので、料金がどうしても高くなってしまう点の壁があるかと思います。

また、昨年世田谷に産後ケアセンターができたので、行ってみたところ、個室があってドゥーラサポートが受けられるのですが、世田谷区外のには10倍くらいのコストがかかるとのことでした。やはりコストは重要な点だと思いました。

また、利用した助産院の助産師さんに聞いたところ、このようなサービスは増えているということでした。東京を中心に少子化が進み、高齢出産も進んでいるので、親自身も高齢になっていて頼れなかったり、また核家族化していく中で、ドゥーラサポートの必要性をとても感じました。

■マウイのコミュニティ&助産師について

マウイには日本人のお母さんたちのコミュニティがあります。新しく引っ越した人でも、インターネットで探してコミュニティに入ったりしています。慣れないところでの情報交換はとても重要。私もときどきごはんを持ち寄るホームパーティを主催します。仕事をしながら子育てしている人もいるし、いろいろと話をして、ストレスを解消することがとても重要です。
日本人はカウンセリングとかセラピーに慣れていないかもしれませんが、マウイの助産師は健診のときに1時間以上時間をとって夫婦関係はどう?など話を聞いてくれます。尿検査などはすぐに終わってほとんどがお話で、深いところまでじっくりカウンセリングみたいな感じです。助産師さんは産後もおうちに来てくれてお話を聞いてくれます。(中村さん)

⇒重要なことはドゥーラの考え方は女性の発想であることです。どんな社会にも古い文化の時代に女性の助け合いシステムがありました。こうやって助け合えばお産は軽く済んで子孫を残せる。というようなものです。(小林所長)

■ファミリーサポート制度(ファミリーサポートセンター)について(参加者より)
地域によっては、地域で助けたい人と助けてもらいたい人を、行政でカップリングしてくれるサービスがあります。1時間700円くらいでお願いできるため、非常にありがたいのですが、子どもが多い地域では重要と供給のバランスがとりにくいという状況があります。またサポート内容は出産後の子育てに関するもので、妊娠期からのものではありません。
→思春期からあれば理想的ですが、せめて妊娠期からそのようなファミリーサポート制度が整うととても良いと思います。(岸さん)

【質疑応答から】


Q1:ドゥーラになる人は、ボランティア?それとも仕事(資格)なのでしょうか?(参加者より)
A1:ドゥーラになりたいと思った人は、その時点でドゥーラです。でも資格・認定があった方がクライアントのお母さんたちが安心するので、講習を受けたり、本を読んだり、実習してレポートを書いたりして認定を得るドゥーラもいます。
ドゥーラ自体はお金になる職業ではありません。今実際にアメリカで普及しているのは、裕福な女性が自分の時間を使ってドゥーラとして活動しているものです。出産間近には、お風呂やトイレにも携帯を持ち込むこともあったりと、とても大変な仕事です。(岸さん)

Q2:なる人たちの背景の共通点はありますか?(参加者より)
詳しくは、ドゥーラ研究室の連載「第8回 ドゥーラになる女性たち」をご覧ください。
A2:ドゥーラになる理由は様々ですが、例をあげれば以下のようなものがあります。
?助産師になる過程としてドゥーラを経験したいという気持ち。
?自分のお産の経験から、その素晴らしさや難しさを実感し、他の人の出産を手助けしたいという気持ち。
?自己啓発(自分自身を見つめる)の目的(男女平等とは何かなど)
?自分がドゥーラに立ち会ってもらったから、恩返しをしたいという気持ち(岸さん) 

         

Q3:長時間出産の場合にドゥーラはずっと一緒にいるのでしょうか?(参加者より)
A3:基本的にずっと一緒です。離れているのは食事・トイレ・産婦さんが離れてほしいと思ったときくらいで、産婦さんがいてほしいと思う限り、ずっと一緒にいるのが普通です。ただ、バックアップドゥーラをやる準備しておく体制も考えられます。(岸さん)

Q3:ドゥーラに対する社会的サポート(行政からの補助)はありますか?(参加者より)
A3:私が今まで見てきた中では、ドゥーラには以下3つの種類があると思います。
1.プライベートドゥーラ
⇒自分で働き方を決める、自営業タイプ。
2.病院ベースのドゥーラ
⇒病院からお金が支払われて、病院の方針で養成・雇用されるドゥーラ。
3.コミュニティーベースドゥーラ
地域の保健センター、福祉施設が自分の住む地域の人たちへのサポートのために行っているドゥーラ。
自分はコミュニティベースドゥーラモデルを開発した組織でインターンシップをしました。このモデルは汎用性の高いドゥーラモデルだと思います。2年前から国の予算による支援も始まりました。最初は財団などの寄付金から始まり、実績をつくり、州、国からも予算が充てられるように発展しました。オバマ大統領になり、もっと拡大できるのでは?と期待されていますが、実際の所、大不況のため難しい状況に直面しているようです。
国にとっても医療費を抑えたりなどのいい効果があるという認識を広めていくことが必要です。(岸さん)

Q4:日本には女性同士の助け合いが生まれにくい状況(特に都会では)があるのでしょうか? (参加者より)
A4:どうなのでしょうか?みなさんは東京に住んでいてそのように感じますか?もしかしたら、お産は個人的なことという認識から、他人に助けを頼みにくいし、困っていそうな妊産婦さんにも声をかけにくいという状況があるのかもしれません。
またアメリカと日本でベースの部分が違うのだろうか?ということもいつも気になります。例えばアメリカでは教会に毎週通うとか、地域のつながりが普段からあったり、信条が同じであれば他人同士でも仲間という意識があるから、そういう意味では日本とは異なる文化的基盤があるのかもしれません。(岸さん)

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