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何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (5) 大いなる誤解

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このブログで以前数回にわたって日本のインクルーシブ教育の問題点について私の思うところを述べてきました。先日ある講演会で、ブログに書いたのとほぼ同様の内容でお話をしましたが、講演後に一人の女性が私のところにきて、「私は先生のお考えに賛成できません」と言ってこられました。さらに「私の娘は自閉症で特別支援学校に通っていますが、そこで大変良くしていただいています。娘は普通学級に通うなんて考えられません。きっとストレスが大きすぎて耐えられないと思います。」と言われました。

その時に私がどのようにお話ししたかを、以下のある記事について触れたあとに述べようと思います。

ある記事とは、特別支援教育の専門雑誌に掲載されたものです。著者である特別支援学校の教員の方が、日本のインクルーシブ教育について、特別支援学校の教員の会話に託して書かれた記事です。以下にその会話の概要を示します(一部改変しています)。

教員A「その子に合わせた学習内容が用意できていないのに、ただ通常の学級に居させればよいというのは、教育という名を借りた指導放棄だと思います」
教員B「フル・インクルーシブを目指す立場の人の言うことは『特別支援学校に通うことは差別にあたる』と言っているようで悲しくなります。うちの学校の子どもが通常の学級にいったら大半はパニックになりますよ。」

講演会での女性の意見と、この記事の中に述べられている考え方には、大きな誤解があります。皆さんはそれがどのような誤解であるのか、お分かりになるでしょうか。

私は講演会の会場で意見を言ってこられた女性に、以下のようにお答えしました。

「誤解がないようにお話ししますが、私は娘さんのようなお子さんを、現在の普通学級にそのまま入れるのが良いなんて一言も言っていません。私がお話しした『真のインクルーシブ』は、現在の普通学級とは全く異なる普通学級を作り上げた後に初めて実現するものです。発達障害をもつお子さんなど様々なニーズのある子どもに対応するために必要な教員と設備が整った『普通学級』に、地元のすべての子どもが通うのです。そのためには、現在の学校のシステムを大きく変える必要があり、お金も手間も大変にかかる制度改革が前提になります。」

意見を言われた女性が、私の説明で納得されたかどうかは分かりませんが、雑誌に掲載された教員の会話に託した考え方の背景にも全く同じ誤解があります。それどころか、私もその一員である「フル・インクルーシブを目指す人」の真意を曲解しているのではないかとさえ言いたくなります。なぜなら特別支援学校(学級)の児童生徒を、そのまま現行の普通学級に移すことが、インクルーシブの目標ではないことくらい、特別支援教育に関わる上記の記事を書いた教員の方には分かっているはずだからです。

以前のブログで、日本のインクルーシブ教育が、制度設計の段階でいわば骨抜きにされたことを述べました。今回紹介した2つの事例は、制度設計に係る審議会の中で、ある委員の方が主張された内容と奇しくも同じです。その委員の方は、自身の経験として、かつて自閉症をもつ子どもが普通学級でパニックを起こした事例を根拠に、子どもたちを「分ける」ことを強く主張されていました。この委員の方も、現行の普通学級そのままをインクルーシブ教育における「普通学級」と見なすという大いなる誤解に基づいていたのです。

結局、特別支援学校もインクルーシブ教育体制の一部であるとか、日本のインクルーシブはパーシャルインクルーシブ(一部だけのインクルーシブ)であるといった奇妙な理論(?)の上で、日本ではインクルーシブ教育が行われていると主張する背景には、現行の教育体制は変えたくない、という一致した強い意志があるとしか言いようがありません。

こうした日本の教育体制の前に私が感じるのは、一抹のむなしさだけです。

※過去の「何か変だよ、日本のインクルーシブ教育」シリーズは以下よりご覧ください。
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (1) ~ (3)
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (4)
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (5) 大いなる誤解
何か変だよ、日本のインクルーシブ教育 (6) the general educationって何?

筆者プロフィール
sakakihara_2013.jpg榊原 洋一 (さかきはら・よういち)

医学博士。CRN所長。お茶の水女子大学名誉教授。ベネッセ教育総合研究所常任顧問。日本子ども学会理事長。専門は小児神経学、発達神経学特に注意欠陥多動性障害、アスペルガー症候群などの発達障害の臨床と脳科学。趣味は登山、音楽鑑賞、二男一女の父。

主な著書:「オムツをしたサル」(講談社)、「集中できない子どもたち」(小学館)、「多動性障害児」(講談社+α新書)、「アスペルガー症候群と学習障害」(講談社+α新書)、「ADHDの医学」(学研)、「はじめて出会う 育児の百科」(小学館)、「Dr.サカキハラのADHDの医学」(学研)、「子どもの脳の発達 臨界期・敏感期」(講談社+α新書)など。
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