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【元・学生パパがみたドイツ育児】 第3回 子育てと社会の接点としての公園・広場

2010年に、ドイツの出生数は増加傾向を示しました。しかし2011年には、前年比で1万5000人減となり、戦後ドイツ史上で出生児数が最低となりました。現在、この事態に対処するために、ドイツ連邦家族省は様々な対策に迫られています。

しかしそんな中で、明らかに子どもが多い地域も存在しています。今回は、本連載の第1回「『遊び場カフェ』と子育ての動機」で扱ったベルリン・プレンツラウアーベルク地区に再び着目して、子どもを育てたくなる環境づくりの紹介をしたいと思います。特に、コルヴィッツ広場という具体的な場を紹介しながら、育児と地域社会を一体化させた「まちづくり」の事例を見ていきます。

前にご紹介したように、プレンツラウアーベルク地区は、ドイツ統一後に学生を中心とした若者たちが住みついた地域です。そんな彼らが時を経て父親・母親となったことで、この地区は、若者文化と育児が結びついた、いわば「育児文化」の中心地となりました。

この地区のまさに中心部分にあるのが、広さ6000平方メートルのコルヴィッツ広場です。この広場名は、女性版画家・彫刻家ケーテ・コルヴィッツ(1867-1945)が、この広場に面する通り(現コルヴィッツ通り)に長年住んでいたことに由来しています。彼女が亡くなって2年後の1947年に、この通りの広場はコルヴィッツ広場と命名されました。

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コルヴィッツの銅像

彼女は、飢饉で苦しむ子どもたちをテーマとした版画『パンを!』などを製作した芸術家として知られています。そして、この広場は、今やふたつの大きな遊具付き園庭を備えた子どもたちのパラダイスとなっています。ここは、平日も子どもを連れた母親、そして父親で賑わいます。

木曜と土曜は、さらに活気づきます。それは2000年以降、ここで市場(マルクト)が開かれているからです。公園を半周取り囲むように、ずらっと並んだお店では、産地直送野菜や、ハチミツやオリーブオイル、さらには花や本なども売られています。そして、もちろんコルヴィッツが訴えた反貧困の象徴であるパンも売られています。しかも、移動式の釜で焼かれた焼き立てです。ちなみに木曜の市場は、ビオ・マルクト(エコ市場)といって、オーガニック製品販売を中心とした市が立ちます。

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賑わうコルヴィッツ広場の市場

さらに公園の周りには居心地のよいカフェ(子どもと一緒に入れるお店)が並んでおり、買い物や遊びに疲れたらゆったりと休むことができるのです。

ここでは、商業活動も含めたコミュニティづくりが、子どもの遊び場を備えた広場を中心に行われていることが重要です。また、子どもに優しいまなざしを向けたコルヴィッツという女性を象徴化していることもポイントかもしれません。

この公園は、地域コミュニティを支えるための複合的なインフラと考えることができるでしょう。人の住む「容れ物」である住宅群の中心にあるのは、「コミュニティ・スペース」としての公園であり、これによって生活に潤いがもたらされるという構造です。子どもが集まり、親が集まり、農家や商売人が来て、そこに客が来て、彼らの多くは付近のカフェでくつろいでいく。この広場は、子育てをしている家族、そして子育てには直接関係のない住民を含めた多くの人々をつなぐ場として機能しています。雑多で、それでいて懐かしみや面白みも感じさせるような、そして様々な世代を受け入れる許容力を備える「場」の工夫が、コルヴィッツ広場には凝らされているのです。

たとえば、それは遊具にも見られます(写真参照)。遊具が画一的なものではなく、木造りの温かいもので、さらによくみると意図的に少し歪ませてあります。これによって、この広場は、この地域の住民や子どもにとっての特別の場所であることを印象づけてくれます。また、この広場が、「雑多であること」の面白みを十分に活かそうとしていることとも関連しているでしょう。

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公園の遊具

現在、私は横浜のとある住宅街に住んでいますが、遊具のある広場は子どもとその親だけのスペースで、他の住民や人々はそれをよそ目に通過するだけの場になっていることが多い気がします。さらに、遊具は画一的で大量生産された感じがして、どこの公園も同じような印象を受けるようになっています。それでも子どもたちは、各公園のほんの少しの違いを、驚きとともに「発見」するのですが...。ただ、大人にも公園に愛着を持ってもらい、さらには買い物などを通じた対話の場になっていけば、もっと公園は楽しくなるのではないでしょうか。さらに贅沢を言うならば、公園の横には、子連れでゆったりとくつろげるカフェがあれば最高です。

児童手当や育児休暇などの制度の改革はもちろん重要ですが、子どもが遊び、それによって地域が繋がるコルヴィッツ広場のようなインフラの工夫は、これからの日本のまちづくりにも大いに参考になる点が多いのではないかと思います。


参考:


本原稿は、ならの地域づくりマガジン『俚志(さとびごころ)』(第5号、2011年3月)に掲載された記事に加筆修正を加えたものです。

筆者プロフィール
Yanagihara_Nobuhiro.jpg 柳原 伸洋(東海大学文学部ヨーロッパ文明学科講師<ドイツ近現代史>)

1977年京都府生まれ。2006年7月から2009年11月、2011年8月から2012年3月まで、ドイツ・ベルリンに滞在。NPOファザーリング・ジャパン会員。著書に、歴史コミュニケーター及びライター・伸井太一として、東西ドイツの製品文化史を紹介した『ニセドイツ』(単著、社会評論社、全3巻)や『徹底解析!!最新鉄道ビジネス』(分担執筆、洋泉社、Vol.1、2)がある。
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