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【産科医の海外留学・出産・子育て記】第1回 ドイツでの出産と子育て経験

要旨:

CRNでは、東日本大震災後に医師としてボランティア活動に参加した経験を【被災地レポート】として12回の連載で紹介させていただきました。私生活では、海外留学、出産を得て、現在、1歳から7歳までの女の子4人の母でもあります。今回が第1回となるこちらの連載では、そうした私の個人的な経験に、医学的な知見も踏まえて海外の妊娠・出産事情をご紹介していきたいと思います。また、三人目の子どもが生まれた一ヵ月後にはハーバード留学で渡米しました。母親にとって子育ての一番大変な時期に、どんな思いで目標を立て、実行していったのか、率直にお伝えすることで、小さなお子さんを抱えながらキャリアアップを考えていらっしゃるお母さん方の背中を少しでも押して差し上げることができましたらと考えています。まずは、ドイツでの第一子出産、妊娠・出産の諸事情から・・・。
はじめに

昨年12月まで、CRNで【被災地レポート】として12回の連載をさせていただきました吉田穂波と申します。その中では、2011年3月11日に起こった東日本大震災後に被災地で経験した様々な学びや気づきをご報告いたしました。産婦人科医として日本プライマリ・ケア連合学会東日本大震災支援プロジェクトの方々と、被災地での母子保健の現状把握と妊婦さんや産褥婦さんのニーズの掘り起こしをしながらボランティア活動をしてきましたが、医療従事者としての視点だけではなく、母親としての姿勢や、人とのコミュニケーションなど人生勉強になった一年でした。

4人の小さな子どもを抱えての活動でしたが、「どうしてそのような活動をすることになったの?」と、震災前の私の経験-産婦人科医として多忙な日々を送りながらの海外留学、出産、子育てについても興味をもってくださった方が多かったことから、今回はそうした経験をベースに、この産科ママドクターの子育てについて、「子育て応援団」で連載をしていくことになりました。海外留学を考えていらっしゃる方、小さなお子さんを抱えながらキャリアアップを考えていらっしゃるお母さん方の参考にしていただければ大変嬉しく思います。


ドイツでの出産・制度

産婦人科医としての診療を開始したのは1998年、聖路加国際病院でのレジデント(研修医)生活からです。その後、博士号を取るために大学院に入りました。博士課程を修了し博士号取得後に結婚したのが2004年、30歳の時です。結婚後、夫の留学について1年間臨床研修をしたドイツ・フランクフルトでは、自身の第一子妊娠・出産も経験し、とても思い出深いものとなりました。ドイツでは、個人開業医と総合病院がうまく補完し合いながら周産期管理を行うシステムや、妊娠・出産のケアがすべて保険適用となる(自己負担はほぼ無しに近い)制度、助産師の地位の高さと医師―助産師間の分業体制に感銘を受けました。以下、妊婦として、産婦人科医として様々な立場から経験したドイツでの生活と、改めて発見した日本の良さについて書きたいと思います。

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ドイツの勤務先クリニックの診察室

ドイツでは、医師―助産師間の分業体制の例として、妊娠初期から自分のかかりつけ助産師さんを決め、出産前に家庭訪問をしてもらって、赤ちゃんを迎える準備をすることや、自分のマタニティライフについていろいろと相談できるシステムがありました。助産師さんはほとんどが開業助産師さんですが、病院や診療所の産婦人科医と良い関係を保ちながら患者さんを扱っていました。妊婦健診を受ける診療所に助産師さんが出向いて面接をしたり、お灸をしたり、お産に立ち会ったり、という一連の仕事を、産婦人科医師と助け合いながら行っているのです。これは私が働かせていただいた診療所が特別良い例だったのかもしれませんが、同僚の産婦人科医師に聞いてもここだけが飛びぬけて良いシステムを取っているというわけではなく、ごく一般的、という返事でしたので、とても驚きました。開業して診療所に勤める産婦人科医師も、地域の病院の施設を利用して分娩や手術をしますし、病院で自分が診ていた患者さんの入院のための指示を出した後は、その病院の看護師さんや病院の専属医師に任せる、というとても進んだオープンシステムを取っていました。

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ドイツの産科病棟のLDR

産婦人科診療所で行われる妊婦健診では、医学的に妊娠経過において異常がないか、ということにのみ目が行きがちです。しかし、妊婦としては、病気があるかないか、ということ以上に、生活そのもの、健康そのものについてアドバイスをもらえる機会は大変ありがたいものでした。私は、自分も産婦人科医、という変な意識が災いして、小さなことを同僚の産婦人科医に相談するのはなんだか恥ずかしい気がしたものでしたが、一緒に働いているオバサン助産師さんにはなんでも心おきなく質問することが出来、大変助かりました。妊娠・授乳中に食べてもいいもの、良くないもの、スポーツの程度、病気ではないが不都合に感じるマイナートラブル(腰痛、便秘、皮膚のかゆみ、かぶれ、妊娠線、こむらがえり、息切れなど)、体のケア、準備すべき赤ちゃんグッズなどについて、専門家に聞ける機会は妊婦自身の心の安定にもつながる、重要な役割を果たします。ドイツでは、多種多様なチーズが手に入りますが、この中でも加熱殺菌していないものはよくない、とか、サラミはダメ(日本より欧米の方が発症率の高いサイトメガロウィルス感染の危険性があるため非加熱の豚肉は食べてはいけないと言われていた)とか、ビールは日本の麦茶と同じで母乳を出すのを促進するので飲んで良いとか、ドイツならではの教えもありました。このような、大したことのない日常生活の細々としたことが、妊婦さんの安心のためには大切なんだということを身を持って知りました。

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ドイツ在住日本人妊婦さん対象の両親学級

ドイツでは、出産後の入院期間が2-3日と短いものの、産後は10日間にわたって毎日、このかかりつけ助産師さんが自宅を訪問してくれ、授乳、沐浴、スキンケア、母親のメンタルケア、産褥体操、会陰部のケアについて具体的なアドバイスをもらえます。助産師さんは母乳指導に大変熱心で、授乳初めの苦闘と疲労で落ち込む母親に、適切なアドバイスとサポートをしてくれました。「母親が玉ねぎを食べると、赤ちゃんのおなかにガスがたまって、おなかが張って泣くのよ」とか、「乳房の鬱滞にはヨーグルトやキャベツの冷湿布が聞くのよ」など、授乳中の母親の食事から授乳の姿勢から育児のトラブル対策まで、具体的かつ実用的なアドバイスを受けることができ、本当に助かりました。助産師さんの小まめで手厚いサポートがなければ、あの産褥後の疲れやホルモン変化、抑うつ状態が重なっていた時期に、授乳の苦労を乗り越え、ひと踏ん張りすることはできなかったでしょう。

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日本人ママを集めた産後クラス

自分自身が産婦人科外来で患者さんに向かって「何か困ったことがあったら来てください」と言っていた私は、自分が実際に患者生活を10カ月体験したことで、「何かあったら、と言っても、それでは何があったら受診していいのか、わからないな。どんなことがいつまでにどうなったら助けを求めてください、という具体的なアドバイスの方が親切だったな」、「何より、診察室で待っているだけではなく、こちらから積極的にサービスを出前する姿勢の方が力になれるんだな」、ということを勉強でき、自分の妊娠・出産が産婦人科医のキャリアの中でも一番の修行になったのではないかと思えるほどでした。

女性にとって、女性の産婦人科医であればいいということはありません。コミュニケーションの時間を十分取り、きちんと説明してもらい、安心し、納得して、今何が行われているのか、今後どのようにすれば自分の健康にとってプラスになるのか、を患者さん自身がきちんと把握することが大切なのだということを、ドイツの臨床研修を通じて実感しました。

ドイツに住んでいる日本人の患者さんは、ドイツの医師から見るとこのように映ります。
「いつもニコニコしていて、外来で質問はない?と聞いても、OK!と笑って答える。お産のときはじっと痛みに耐え、とても静か」
・・・しかし、日本人の患者さんと話す中で、患者さんが担当医には直接聞けなくても、治療内容や薬の用量に不安を抱えていることを知り、それまで自分が診察室で座っているだけでは知りえなかった患者さん側の気持ちがよくわかりました。この経験が原点となって、帰国後に日本で女性総合外来を担当するようになってからは、患者さんが医師に聞けない質問や話せないことがないかと、相手の言葉の後ろに隠された何百倍もの思いを引き出すことを心がけるようになりました。


海外での妊娠・出産で大切なこと

産婦人科医としての経験を生かして現地の日本人妊婦さんの相談窓口となり、定期的に日本人向けの出産前クラスに参加していた私自身、身寄りのない、そして情報も少ないドイツで第一子を出産するにあたり、海外で病気になったらどれだけ不安に思うかを自分自身で体験しました。同じ気持ちを抱くママ友達を見て、少しでもお産までの不安を和らげてあげたい、出産時の助けになりたいと思ったのが、この産前クラス参加のきっかけでした。

ドイツで長女を妊娠したときに痛感した、海外で暮らす妊婦さんに必要なことは以下の三つです。

(1)妊婦さん同士のネットワーク
(2)保健室の先生のように気軽に相談できて、きちんとした知識を持った周産期専門家
(3)妊婦さんが自分をいたわることのできる時間

「何を知っているかよりも誰を知っているかが重要だ」。のちに留学した、医療や保健とビジネスが緊密に結びつくハーバード公衆衛生大学院でも、私はことあるごとにネットワーキング(人脈)の重要性を教わりました。子育ては素晴らしい仕事であるはずなのに、自分は一人で孤独だ、と思う母親を一人でも減らし、現地で情報難民になっている日本人の妊婦さんがピアグループ(同じ疾患や症状に苦しむ仲間同士の会)をつくり、専門家と相談できる場を作りたい、人と話してリフレッシュして欲しい。私はこの時、知り合いも家族もいないドイツでこう思い、妊婦さん同士、家族同士のつながりを大切にしようとしたのです。これは、私自身の支えにもなりました。

※次回は、引き続きドイツの母子手帳について。イギリスでの様子もご紹介します。
筆者プロフィール
report_yoshida_honami.jpg 吉田 穂波(よしだ ほなみ・ハーバード公衆衛生大学院リサーチ・フェロー・医師、医学博士、公衆衛生修士)

1998年三重大医学部卒後、聖路加国際病院産婦人科レジデント。04年名古屋大学大学院にて博士号取得。ドイツ、英国、日本での医療機関勤務などを経て、10年ハーバード公衆衛生大学院を卒業後、同大学院のリサーチフェローとなり、少子化研究に従事。11年3月の東日本大震災では産婦人科医として不足していた妊産婦さんのケアを支援する活動に従事した。12年4月より、国立保健医療科学院生涯健康研究部母子保健担当主任研究官として公共政策の中で母子を守る仕事に就いている。はじめての人の妊娠・出産準備ノート『安心マタニティダイアリー』を監修。1歳から7歳までの4児の母。
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