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論文・レポート

【国際都市ドバイの子育て記 from UAE】 第3回 国際都市ドバイの日本人学校

森中 野枝

2017年10月13日掲載

前回は、ドバイ全体の学校事情について、紹介しました。今回は、長女が4年間、次女が2年3か月通ったドバイ日本人学校を中心にお話しします。

日本人学校とは

日本人学校とは、外国に住む日本人の子弟を対象にした全日制の学校で、文科省のカリキュラムに従って日本国内の小中学校と同じ教育を行います。2017年現在、世界には89の日本人学校があり、生徒数が一番多いのはバンコク日本人学校。その数は2660人に上ります *1。上海には日本人学校が2校あり、近年高等部も設置されました。

日本人学校の先生には、日本からの派遣教員と現地採用の教員がいます。派遣教員は文科省で公募され、日本全国から応募した現役教師が選抜を経て派遣されます。任期は2年から4年です。現地採用の教員は、現地に住んでいる日本人及び外国人教員で、特に任期はありません。

ドバイ日本人学校

さて、長女、次女がお世話になったドバイ日本人学校は、通称、DJS(Dubai Japanese School)と呼ばれます。DJSは1980年にドバイ及びUAE北部日本人会によって設立、「ドバイ政庁から認可を受けている日本人子弟のための私立学校 *2」という位置づけで、幼・小・中の一貫校です(2016年度に幼稚部がスタート)。小・中学部には116名の生徒が在籍しており(2017.06現在)、1学年1クラス、小学部は1クラス12~20名、学年が上がるほど人数が減少する傾向はあるものの、多すぎず少なすぎず、こじんまりとした学校です。

運動会は1月?!

DJS三大行事と言われるほど盛り上がるのが、学期ごとに行われる3つの行事です。1学期は音楽発表会、2学期は熱沙祭と呼ばれる学芸会、そして3学期、1月末の気候のよい季節に運動会があるのはドバイならでは。人数が多い日本の学校とは違い、何かしら役を与えられることが多く、生徒一人ひとりが主役になれます。

DJSの運動会は、小学1年生から中学校3年までが赤・白・青の3つの組に分かれ、中1が応援団、中2がリーダーになります。DJS名物の伝統的団体競技は、アシファラムリア(アラビア語で砂嵐の意味)。2、3人1組で長い棒を横にもって走り、コーンの周りをぐるりと回って戻り、次の人にバトンタッチ。みんなが走り終わったら最後に長縄を跳びます。この長縄が最大の見どころで、まず低学年だけで50回跳んだ後、高学年で50回、最後に全員で50回跳び、速く跳べたチームが勝ち、という競技です。全部で150回、それも速さを競うため、1年生から中3までの全員が間を開けず連続跳びができるようになるのは、簡単なことではありません。実はこの競技をにらんで、4月から練習が始まっているのです。1学期に開かれる長縄大会、1分間に何回跳べるかを競う大会で、それぞれ学年最高記録を目指して、熱い練習が繰り広げられています。入学したばかりの1年生ももちろん例外ではなく、入学直後から長縄の特訓が始まります。運動会が近づくと今度は、各色別のリーダーの指導の下、速く跳ぶための戦略を練りながら練習。そして迎える本番、生徒みんなの気合の入り方は半端ではありません。120人の全校生徒が必死で励まし合いながら長縄を跳ぶ姿は圧巻で、大人も子どもも砂と汗と涙まみれになってしまいます。

この行事に加えて毎朝の清掃活動など1年生から中3までが協力して行う活動が多く、横のつながりも縦のつながりも非常に親密。小学生のおませ女子は中学生の男子にあこがれ、中学生のお世話好き女子は、わが子のように1年生の面倒をみる。男子は何をしているの?という突っ込みはさて置き、非常によい関係が成り立っています。

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DJSの運動会。勝っても負けても小1から中3の子どもが一緒に涙する感動的な運動会です。

日曜日なのに学校?!

カナダでは平日は現地校に通い、土曜日に日本語補習校に通っていた長女。当時は「土曜日なのに学校?!」と不満たらたら。ドバイに来たら、今度は「日曜日に学校?!」とびっくり。「ところ変われば品変わる」を身をもって体験する子どもたちです。

というのも、UAEの週末は日本とは一日ずれていて、週末が土・日ではなく、金・土なのです。「はなきん」ではなく「はなもく」、「ブルー・マンデー」ではなく、「ブルー・サンデー」なのです。なぜかというと、金曜日はイスラム教徒の安息日にあたり、男性は金曜昼の集団礼拝に行くことが義務付けられているからです。普段は5:00が始発のメトロ(地下鉄)も金曜日午前中はお休み。道路もスーパーもガラガラで、異教徒の私たちにとっては実はゆっくり買い物ができる穴場の日なのです。

カナダの補習校通いとは違い、休みが少なくなるのではなく一日ずれているだけですが、長年の習慣は抜けにくいもの。ちびまる子ちゃんを見ながら学校の準備をするという日本的曜日感覚が抜けるまでは、いくら気を付けていても曜日を勘違いしてしまい、予定を一日間違うことがよくありました。

ちなみに、2006年までUAEの週末は木・金。アラブ諸国以外の国とのビジネスに不都合ということで、金・土に変更されたそうです。時間はかかるものの、慣れれば感覚的には時差のようなもので、特に不便はありません。

長い春休み、短い夏休み

DJSの長期休暇はほぼ日本の学校に準じていますが、特徴的なのは春休みが約3週間と日本の学校より長いこと。それは、日本から派遣されている先生たちの入れ替わりがちょうどこの時期に当たるためです。任期を終えて日本に帰国する先生は3月の終業式の翌日に出国し、日本での生活を立ち上げなければなりません。日本から赴任してくる先生は、3月に前任校での仕事を終えた後、手続きや引っ越しに追われ、4月の始業式の直前に入国します。去る者も来る者も慌ただしく移動するのが、日本人学校の春休み。

春休みが長い分、どこかで帳尻を合わせる必要があり、夏休みが短く設定されています。多少差がありますが、毎年7月20日前後に1学期の終業式、8月20日前後に2学期の始業式となり、1か月弱のやや短い夏休みです。

英語でアラビア語を学ぶ

日本人学校のカリキュラムは、3年のサイクルで帰国する子どもたちが日本でスムーズに学校になじめるように、授業内容や進度などはほぼ日本に準拠しています。

特徴的なのは日本の学校の「総合的な学習」の時間が、「語学」と「文化理解」の授業に充てられていること。語学の授業は習熟度別で、3つのレベルに分かれた英会話(週2時間)と2つのレベルに分かれたアラビア語(週1時間以上)があります。共通語が英語のこの国では、英語ができるメリットが大きいため、DJSの生徒さんは家庭教師などを付けてかなり熱心に勉強し、英検の合格率も高いようです。

アラビア語の先生はエジプトやシリアなどの外国人教師で、当然授業は英語で行われます。よくわからない英語でよくわからないアラビア語を学ぶという、かなり高いハードルが設定されています。我が家の娘たちは、時々アラビア語で私に聞かれたくない秘密の会話をしたり、単語を教え合ったり、あのミミズのような文字を書いて、「ママわからないでしょ~」と自慢してきたり。アラビア語が全くわからない私はいつも悔しい思いをしています。

「ミナレ」効果

文化理解の授業は「ミナレ」と呼ばれます。「ミナレ」とは、「ミナレット(minaret)」のことで、モスクにある高い塔のこと。塔の上から礼拝を呼びかける「アザーン」が流されるイスラム教の象徴とも言える建物です。ミナレの授業では、小3から中3までの生徒がドバイやUAEについて自分が興味をもったテーマで課題を設定し、それについて調べたことを発表します。

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世界最大級のモスクと言われるアブダビにある「グランドモスク」。
青い空に真っ白のモスクが美しい。高い塔がミナレット。

1年の流れとしては、1学期にDJSの先生手作りのテキストでUAEの文化の概観を学びます。校外授業としてドバイ博物館に行き、実際の展示物や解説を聞いてドバイの歴史に触れ、自分のテーマを決めます。夏休みの宿題としてテーマについて調べます。2学期に発表の準備、3学期の参観日に合わせて全員研究発表を行います。3、4年生は模造紙や画用紙で、5年生以上はパワーポイントを使ってプレゼンテーションを行います。

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ドバイ日本人学校オリジナルのミナレ教科書。
小学生でも理解できる言葉で書いてあり非常にわかりやすいです。

次女のクラスのお友達(小3)がミナレのテーマとして選んだのは「アラブの男性の服装について」。夏休み中にモールへ行き、民族衣装を着ている男性にインタビュー&撮影をお願いしたそうです。言いたいことを英語で書いて練習をして、オマーン人、クウェート人、バーレーン人、シャルジャ(UAE)、アブダビ(UAE)など、道行くアラブ人男性に片っ端から声をかける。声をかけた人百発百中で、いい人ばかり。みんなかわいがってくれて、快く撮影させてくれたそうです。

「日本の歌、知っているよ!掘って~♬ 掘って~♪ また掘って~♬」となぜか「炭坑節」を披露してくれたアブダビのおじさん。

写真を撮って一度バイバイしたのにまた戻ってきたのは、ドバイの若いお兄ちゃん。その子を民族衣装のオーダーメイドのお店に連れて行き、なんとカンドゥーラ(男性の民族衣装)を上から下まで一式プレゼントしてくれたそうです。

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なんと、カンドゥーラをプレゼントされてしまった!

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炭坑節のおじさんと。

8割が外国人のドバイ。イスラム教徒でなくても快適に暮らせる半面、現地のことを知る機会が少なく、居心地のよい日本人コミュニティで生活が完結してしまいます。特に自分の意志に反してドバイに連れてこられたという思いの残る子どもは、気持ちが内向きになりがち。このミナレの授業は、そんな子どもたちを無理なく、長い時間をかけて徐々にUAEに触れさせるとてもよい機会だと思います。

長女は6年生の時に「ラマダン(断食月)」についてというタイトルで発表しました。本で基本的知識を調べ、断食の終わりを告げる大砲の打ち上げを実際に見に行きました。また、ドバイの文化を学べる文化センター *3の「イフタール(断食明けの食事)」を食べに行きレクチャーを聞き、インタビューをしたりしていました(ラマダンについてはまた次回以降にご紹介します)。

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娘が書いたパワーポイント下書き。

私が聞いた中で、面白かった発表をいくつかご紹介します。

  • 「ドバイのスーク(市場)で売られているスパイス」。スパイスを持参し見せながら発表。五感で確認しながらスパイスのことを理解できるよい発表でした。
  • 「バージ・カリファ(ドバイにある世界一のタワー)について」。実際にバージ・カリファに住んでいる子どもが、知られざるバージ・カリファについて発表。住んでいる人しか知らない秘密、住人用エレベーターと観光客用エレベーターがダブルデッキ(二階建て)になっていることなどを教えてくれました。

「サヨナラ」ダケガ人生ダ

世界中の日本人学校、どこも同じとは思いますが、とにかく「さよなら」することが多い学校です。特にUAEは、駐在家庭が多く、移民や現地採用などの長期滞在家庭が少ないため、基本的には3年ごとに生徒が入れ替わり、インターナショナル・スクールに転校する子も含め、人の出入りが激しいのが特徴です。2年生だった次女の学年では、4月の時点では20人近くいたクラスメイトが、1年間で半数以上帰国・転校してしまいました。年度末には先生と生徒合わせて30人以上抜けてしまう年もあり、3学期終業式の日に行われるお別れ会は、涙、涙、涙。見送る生徒と保護者でアーチを組み、見送られる先生と生徒が長いトンネルをくぐって、「ありがとう」「頑張って」と一人ひとりに声をかけながら送り出します。大人の私でさえ、仲良くしていたお友達が帰国する時は、人生さよならだけだなあと空しくなります。

日本の田舎で引っ越しとは全く縁のない幼少期を送った私。それとは正反対の、遊牧民族のような移動を繰り返すわが子どもたち。その分、一日一日を大切にしようという気持ちが強く、なんでも全力投球する姿をたくましく感じます。

中国で生まれて、日本→カナダ→ドバイと引っ越しを繰り返してきた長女。人生で初めて一つの学校で腰を据えて勉強することができ、充実した4年間でした。行事に関しても「来年の運動会は〇〇を頑張りたい」と先輩たちが活躍する姿を見ながら「来年の自分」に思いをはせる。そんな当たり前のことに喜び、感謝できる環境で育ったからこそ、何事も一生懸命取り組む気持ちになれるのだろうなあと思います。そしてそれを最大限にサポート、指導してくださった日本人学校の先生方に感謝してやみません。


筆者プロフィール

森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。現在はアラブ首長国連邦ドバイに住んでいる。
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