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論文・レポート

【イギリスの子育て・教育レポート】 第16回 登校中に目撃した事件に学ぶ「子どものしつけ」

橋村 美穂子

2017年5月26日掲載

要旨:

今回は、登校中に目撃した事件を通して「子どものしつけ」を考える。ある雨の朝、子どもを学校に送る保護者や子どもでごったがえす校門の前で、事件は起こった。あるお父さんが折り畳み傘の芯棒の部分で、息子の足を4~5回強くたたいたのだ。その後、学校は警察に通報し、警察官とソーシャルワーカーによる取り調べ後、男の子は緊急一時保護の決定がなされ、2日間、他の家庭に預けられた。この対応の背景には、イギリスの法律や政府の児童虐待対応ガイドライン、学校が定める児童保護ガイドラインの存在がある。イギリスでは現在、子どもを物でたたいたり、たたいて痕が残る行為は違法であるため、上記のような対応が取られたのだ。どこまでを「しつけ」とみなし、どこからを「虐待」とするかは、法律や文化、習慣や保護者の成育環境によって大きく異なるので定義は難しい。しかし、イギリスでは、どのような理由があるかにかかわらず、警察に通報されることに驚いた。この事件が起こったのは悲しいことではあったが、関係者は非常に多くのことを学んだ。

Keywords:橋村美穂子, イギリス, バーミンガム, 小学生, たたく, たたかない, しつけ, 体罰, 虐待, 法律

この連載では、小学生の息子をもつ母親による「イギリスの子育て・教育」体験レポートをご紹介します。

ゴールデンウイークも終わり、少しずつ新しい環境に慣れてきた方やお子さんも多いかもしれません。新しい環境になじむのは大人も子どもも大変ですよね。イギリスに来たばかりの頃、私はまったく心に余裕がありませんでした。自分もストレスを抱えていたこと、また息子にも早く新しい環境になじんでほしいという思いから、「しつけ」という名のもとにしょっちゅう、「叱る」のではなく「怒っていた」ように思います。息子に申し訳ないことをしました。

さて、今回は、朝、息子を小学校に送る途中に目撃した事件を通して「子どものしつけ」を考えます。

ある雨の朝、悲しい光景を目撃・・・

降りしきる雨の朝、子どもを学校に送る保護者や子どもでごったがえす校門の前で、事件は起こりました。アジア圏の国からイギリスに引っ越してきて間もないご家庭のお父さんが、折り畳み傘の芯棒の部分で、息子の足を4~5回強くたたいたのです。泣き叫ぶ男の子、騒然とする保護者たち、冷静に緊急事態発生の連絡をする副校長先生・・・。たたかれた男の子は泣きながら車道のほうに走り去ろうとして、周りの保護者に止められました。副校長先生はたたいたお父さんと話しています。たたかれた男の子のお母さんもその場にいたのですが、涙ながらに他の保護者と話しています。「何が起こったの?」「とんでもないことが起こったのよ・・・。」とひそひそ話す保護者同士の会話が聞こえました。これはただ事ではない・・・と感じました。

その後、学校が警察に通報し、男の子は2日間、他の家庭で保護された

リアルタイムでその光景を目にして、私はショックを受けました。

事情を知る保護者から後日聞いたのですが、その後学校が警察に通報し、警察官とソーシャルワーカーによる取り調べが行われました。夕方になってもくっきりとたたかれた痕が赤く残っていたなどの理由から、男の子は緊急一時保護の決定がなされ、2日間、他の家庭に預けられたのです。また、今回だけでなく過去から続いているのではないかとの見立てがあり、他にあざや傷がないか病院でのチェックも受けたそうです。

学校が警察に通報した2つの理由~法律と学校のガイドライン~

この事件の「その後」を読んで、どう感じられたでしょうか?いろいろな感想やとらえ方があるでしょう。私自身は正直なところ、この事件を目撃した当初、警察に通報される事態に発展するとはまったく予想していませんでした。なぜなら、学校の先生は「家庭教育の範囲には介入しない」と思っていたからです。しかし、学校の対応は違いました。それには2つの理由があります。

1つめはイギリスの法律です。2004年に児童法が改正されて以降、イギリスでは「子どもを物でたたいたり、たたいてあざや痕が残る」行為は違法となっています (1,2)。つまり、これは「身体的虐待」とみなされ、警察に通報される重大なこととして扱われるのです。

2つめは、学校が作成している「児童保護ガイドライン(Safeguarding Policy for schools)」の存在です。このガイドラインには、何を虐待とみなすか、どのような体制で対応するか、もし、子どもに虐待を受けていると打ち明けられたら、どのように対応するかなどが細かく明文化されています。これは、教育法(2002年・175条)や英国教育省の児童虐待対応ガイドライン (3,4)、また私たちが住むバーミンガム市のガイドラインに沿って作られています。毎年改訂され、40ページものボリュームです。虐待だけでなく、人身売買、強制結婚、過激思想などから子どもを守るという点も網羅していて骨太なガイドラインです。このガイドラインの中では「常に子どもを最優先で考えよう(Always see the children first)」「行動を起こそう(Never do nothing)」などが大原則として掲げられているため、副校長先生や多くの親子が見ている前でのこの違法な行為は、決して見過ごされるものではなかったのでしょう。

学校の保護者の反応、たたかれた男の子の訴え、お父さんの言い分

この件に関して、同じ学校のイギリス人保護者に複数、取材をしたところ、一様に「ショックを受けた」「それはひどい」という反応が返ってきました。特に「公共の場でたたく」「物でたたく」という点に違和感を覚えたようです。実は、体罰に厳しい見方をするイギリスでも、家の中では手で子どもをたたくということは少なからずあるそうですが、この件は「行き過ぎた行為」ととらえられているようです。また、たたいたお父さんと同じ出身国の保護者にも複数、聞いてみたところ、「それはひどい」という反応の一方で、「たたくことはよくないが、しつけからたたく気持ちもわかる」という声も少なからず、ありました。

事件解決に関わっていた保護者から後日聞いたのですが、たたかれた直接の原因は、「友だちにきちんと挨拶しなかったから」だと男の子本人が話していたそうです。また、当日の朝、登校前に親子げんかをしたことも大きな理由だったのではないかと話していたとのことです。「たたかれる」ことはイギリスに引っ越してくる前から日常的にあり、イギリスに来てからさらにたたかれることが増えたと警察に話したそうです。

一方のお父さんは、警察やソーシャルワーカーが来ても、なぜ取り調べを受ける必要があるのか、子どもと引き離される事態になるのかなど事件の重大性を理解できなかったようだと言います。学校や警察、ソーシャルワーカーが通訳を交えて対話を重ねた結果、最終的には「イギリスに来て日が浅く、仕事や生活のストレスから息子をたたいた」と話したそうです。この事件が起きたときは自国からイギリスに引っ越してまだ3か月目でした。

どこまでが「しつけ」?どこからが「虐待」?

たたくことを「しつけ」とみなすのか、「虐待」とみなすのかは、法律や文化、習慣やしつけへの考え方、また保護者の成育環境の違いが大きいため、明確な線引きは難しいかもしれません。CRN所長である榊原洋一先生によると(所長ブログ 虐待の文化的意味)、アジア圏とヨーロッパ圏では、たたくことに対してまったく異なる見方があるそうです。アジア圏では、体罰はしつけの一環、対してヨーロッパでは体罰は虐待であるという見方をしていることが多いそうです。

しかしながら、イギリスでも昔は保護者や先生による体罰がありました。現在は減ってきているようですが、その背景には、1980年代後半から児童虐待が大きな社会問題となり、児童保護のための対応策がとられたこと、さらに国連の児童権利条約(写真1)をはじめ、国際条約や宣言が出されたことがあるそうです (5,6)

イギリスでは、国籍、民族などのバックグラウンドや理由にかかわらず、「子どもをたたいて痕が残る」行為は違法となり、警察に通報されることに驚きました。事件は非常に悲しい出来事でしたが、男の子を取り巻く関係者は非常に多くのことを学びました。まず、校長先生が子どもの安全や福祉についてより考えるようになり、児童の様子を自分の目で確かめるようになったとのことです。各クラスの担任の先生を集めて会議をもち、先生方もその重要性を改めて認識したようです。私自身も、「たたく」しつけは国によってとらえ方やその後の対応が異なることを初めて知りましたし、「たたくこと」や「しつけ」を「子どもの権利」という観点からも考えるという視点にはっとさせられました。最後までお読みになって、「子どものしつけ」についてどう思われましたか?

次回は「子どもを叱るとき、学校の先生はどうする?」をお届けします。お楽しみに。

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© UnicefUK/RightsRespectingSchoolsAward/
写真1 国連の「子どもの権利条約」パンフレット。友人の子どもが通う保育園で配布されたそう。


<参考文献>

筆者プロフィール

Mihoko_Hashimura.jpg橋村 美穂子(はしむら・みほこ)

大学卒業後、約15年間、(株)ベネッセコーポレーションに勤務。ベネッセ教育総合研究所で幼稚園・保育所・認定こども園の先生向け幼児教育情報誌の編集長を務め、2015(平成27)年6月退職。現在は夫、息子と3人でイギリス中西部の街バーミンガム在住。


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