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論文・レポート

【移民の街トロントの子育て記 from カナダ】 第9回 インクレディブル・イヤーズ(The Incredible Years)プログラムに参加して ~トロントの保護者向け講座~

森中 野枝

2017年3月17日掲載

前回は、トロント市の公的施設が提供している子ども向けプログラムをご紹介しましたが、今回は保護者の間で評判が良かった保護者向け講座について書きたいと思います。トロントの一番寒い月、2月に生まれた第三子の息子。カナダの冬は、あまりにも寒くずっと家の中に引きこもっていました。赤ちゃんと出かけられる場所をリサーチしながら、暖かくなるのを今か今かと待つ日々。春の訪れとともに、よーい、どん!とばかりに息子を連れてあちこちの未就園児プログラムに参加し始めました。息子も私もお友達が増え、一緒に遊びに出かけたり、お茶をしたり、トロントの一番良い季節を謳歌することができました。

お友達と育児情報交換をしていると、みんなが口をそろえて勧める人気のプログラムがありました。それが、トロント・パブリック・ヘルス(Toronto Public Health)主催のThe Incredible Years®というプログラムでした。The Incredible Years®(以下IY) とは、ワシントン大学の心理学者キャロライン・ウェブスター・ストラトンが開発した保護者向けの子育て講座で、トロント・パブリック・ヘルスが2-6歳の未就学児をもつ保護者を対象に提供しています。さっそく調べてみると、幸運にも自宅近くで開催されることがわかり、申し込みに向けて準備をしました。

待つこと数か月、もうトロントは次の冬がやってきました。満を持して参加したIY講座。まず、待遇の良さに驚きました。14回に渡る講座代はもちろん無料。息子は0歳だったので対象外でしたが、2歳以上の子どもには無料の託児が用意されており、親が勉強している間子どもは親と離れて別室で面倒を見てもらえます。親はゆっくり勉強でき、子どもは親と離れる練習をすることで、幼稚園に行く準備ができるという一石二鳥の仕組み。テキストとワークブックも無料で提供されます。収入によっては、センターまで通う交通費も出るようです。講座終了後は、雑談ができるようお茶と軽食が用意されていて、至れり尽くせりの待遇。

実際の講座を取り仕切るのは、トレーニングを受けた2名の進行役。参加者は8~10人、夫婦で参加の家族もいれば、お父さん、お母さんが交互に来る家庭もあり、人種も年齢も様々。以前参加したBaby and Me などの親子プログラムと少し雰囲気が違うのは、移住したばかりで子どもが不安定だったり、子どもに問題行動が見られるなど具体的な問題で悩んでいる人たちが参加していたからでしょう。児童相談所の人に受講を勧められて来たような人もいました。

子育てピラミッド

待遇だけではなく、講座自体も素晴らしい(Incredible)内容でした。

講座の当面のゴールは、親が子どもと良好な関係を築いて、子どもの問題行動(ぐずる、泣く、切れるなど)をなくし、学校生活に適応できるようにすること。そして、それを両親がサポートできるようになること。そのために詳細なカリキュラムが組まれています。

繰り返し強調されるのは、親子の良好な関係なしに「しつけ」はできないということです。問題行動の多い、いわゆる「育てにくい子ども」をもつ親にとって、「しつけ」をしなくてはというプレッシャーのあまり、親子の関係が悪くなる→子どもはますますいうことを聞かないという悪循環に陥ってしまいがちです。講座では、繰り返し繰り返し「順番が違う。しつけの前に良好な関係を作らないといけない」と強調し、「どうやって子どもと良い関係を作るか」を学びます。

report_09_248_01.jpg  

これは、IYのコンセプトを図に示した「子育てピラミッド(Parenting Pyramid)」。黄色い部分は親が子どもに対して行うアプローチで、側面部分はその親の働きかけによって、子どもが獲得できる能力です。講座では、このピラミッドの底辺部分を重視します。ピラミッドの下二段にあたる底辺部分とは「Play...子どもと一緒に遊ぶ」、「Listening...子どもの話を聞く」、「Talking...子どもと話をする」「Attention and Involvement...子どもに注意を向ける、子どもに積極的にかかわる」「Praise Encouragement...ほめる」「Rewards Celebrations...ご褒美をあげる」など、子どもと良好な関係を築くための基礎の部分。上三段はいわゆる「しつけ」の部分。ピラミッドの形の通り底辺部分のアプローチは頻度が高く、上に行くほど頻度は少なくなっていくべきとされ、「しつけ」を重視して上段のアプローチが多くなってしまうと、ピラミッドがさかさまになり倒れてしまいます。

子どもと向き合う

講座の前半部分を使って学ぶのは、子どもと良い関係を作るために「子どもと向き合って遊ぶ」こと。まずは、受講生みんなで「子どもと向き合って遊ぶ」ことについてのビデオを見ます(①)。「子どもと向き合って遊ぶ」とは、親がやらせたい遊びではなく、子どもがやりたい遊びを一緒にすること。何かをやりながらではなく、集中して子どもと遊ぶのです。ビデオでは、よい例と悪い例が提示され、どのように子どもと向き合って遊ぶべきかを学び、今までの自分の遊び方がどうだったかを考えます。そして、ビデオを見た感想、自分の抱えている問題を話し合います(②)。話し合って出てきた具体的な問題を、ロールプレイを使って実際に演じてみます(③)。例えば、片づけの時間が来ても片づけようとしない子どもをもつお母さん、最後は必ず叱ってしまうという悩みがありました。参加者の中から、子ども役と大人役を募り、実際に問題の場面を演じてもらい、そこでどのような声掛けをすればよいかみんなで考えます。そして、その日学んだことを家で実践するという宿題がでます(④)。そして次回の講義で宿題を報告し、それに対するフィードバックがあります(⑤)。

講義は、おおよそ①ビデオを見る→②話し合う→③ロールプレイ→④実践(宿題)→⑤フィードバックという流れになっています。実際の流れはこちら。https://www.youtube.com/watch?v=5KZRqMcrl_k

「子どもと向き合って遊ぶ」と言うのは、何か一緒になって遊ばないといけないように聞こえますが、そうではありません。子どもがお絵描きをしている時は、そばに座って「上手ね」とか「いい色だね」とか、子どもが絵を描いているのを見て、ポジティブな声かけをするだけでもいいのです。そして、遊んでいる間に見せる子どものいろんな問題行動、例えば「自分の思い通りに行かなくて癇癪をおこす」「遊びをやめたがらない」「おもちゃを取り合う」などに、どのように対処すればよいかを上の①から⑤の流れに沿って、一つ一つ取り上げます。

この時期、長女に補習校の宿題などをやらせなければならないことが多く、余裕がなくて子どもを叱ることが多かった私は、マイナスの循環を断ち切ろうと「子どもと毎日10分間遊ぶ」という宿題を毎日実践しました。お恥ずかしい話ですが、この講義に出るまで、母親が子どもと一緒に遊ぶという概念が私にはありませんでした。家事をやりくりして外に連れて行って公園で遊ばせたり、お友達と遊ぶ約束を取り付けて、子どもに遊び場所を提供するのが精一杯、子どもは子ども同士で遊べばよいくらいに思っていて、自分が一緒に遊ぼうとは思っていませんでした。そんな私が一念発起して、遊ぼうかと声をかけると、子どもたちが喜ぶことと言ったら。もっと、もっとと10分では終わらないことがほとんどでした。早い時期にもっと一緒に遊んであげればよかったと大いに反省をしました。

褒めることの大切さ

「子どもと向き合って遊ぶ」上で一番大切なのは、「子どもをほめる」こと。講義では「ほめること」について、あらゆる側面から学びます。「励ましながらほめる」「具体的にほめる」「すぐにほめる」「本気でほめる」「完璧でなくてもほめる」「比較してほめない」「批判しながらほめない」そして、たくさんの誉め言葉、励ましのボキャブラリーを学びます。

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講座の板書。子どもを励ます言葉をみんなで挙げてみる。

やめさせたいネガティブな行動は、危険な場合を除いて、なるべく叱らず反応しない。やらせたいポジティブな行動は「できて当然」という態度でなく、きちんと認めてほめてあげる。例えば、癇癪をおこすことが多い子どもに対して、癇癪をおこさなかった時に、「泣かずにできて偉かったね」とちゃんと認めてあげる。そうすることで、子どもは何がよくて何が悪いかというのを学ぶことができるし、親が自分を認めてくれているという安心感と信頼感を得ることができる。

このコンセプトは非常に徹底していて、進行役の2人は、講座の中でもこのコンセプトを実践します。例えば、「子どもと遊ぶ」という宿題について参加者が報告をすると、司会者2人がその報告を熱心に聞いて、ほめたり励ましたりしてくれます。たとえ、今週は時間がなくて子どもと一緒に遊べなかったという報告でも特にお咎めはありません。学校でも家庭でもそれほどほめられて育ったわけではない私は、あまり大げさにほめられると初めは気恥ずかしかったのですが、段々と司会者の2人は何でもかんでもほめるわけではないことに気づき、こうやって子どもは善悪を学ぶのだと身をもって体験することができました。

私の子育ての基礎

14回の講座のうち、半分が過ぎた頃でしょうか。毎回講座を楽しみにしていた私に衝撃的な知らせが届きました。3月末でカナダを離れることが決まったのです。夫の仕事で今度は、はるか遠い国、アラブ首長国連邦に転勤になりました。最初に私が思ったことは、IY講座を最後まで受講できない!ということ。毎回、雪の中ベビーカーを押しながらバスに乗って参加し、この講座を最優先に生活していた私は、なによりもこの講座を途中でリタイアしてしまうのが残念でなりませんでした。泣く泣く引っ越しの準備をしながら、ぎりぎりまで通い、最後は修了証をいただきました。

結局講座は最後まで受講できませんでしたが、あれから4年。私の子どもたちは成長し、12歳、8歳、4歳となりました。「私の子育てにこの講座はちゃんと活かされているかな?」と自問自答しながら、この原稿を書いています。「ちゃんと子どもをほめられているかな?」「子育てのピラミッドは逆ピラミッドになっていないかな?」「子どもと遊べているかな?」きっと、あと何年かは子育てをしながら、私はこう自分に問いかけるでしょう。IY講座は私の子育ての基礎を作ってくれました。

日本にもよい子育て講座はたくさんあると思います。でも、決定的に違うのは、この講座がトロント市主催の無料講座であることです。生活保護世帯、シングルマザー、カナダに移住したばかりの人たちなど、経済的、立場的に苦しい家庭の保護者がこのような講座を受けられることのメリットは計り知れません。こういう地道な努力が、寛容で多様なカナダを作っているのだなあとカナダの良さを再認識しました。


参考:http://incredibleyears.com/


次回からは新連載【国際都市ドバイの子育て記 from UAE】をお楽しみください!

筆者プロフィール

森中 野枝

都立高校、大学などで中国語の非常勤講師を務めるかたわら、中国語教材の作成にかかわる。
学生時代中国・北京に2度留学したあと、夫の仕事の都合で2004-2008 北京に滞在。2011-2013カナダ・トロント滞在。現在はアラブ首長国連邦ドバイに住んでいる。
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