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【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第24回 学級崩壊(後編)

要旨:

学級崩壊に関して、担任の先生から個人的にお話を伺ってきた。校長を含む学校の先生方が一丸となって対応してくれていることや、今後の学習プランに関する情報を頂き、安堵したものの、学校によって異なる学年割や貧窮するベルリン市の政策にも影響を受けていることなどの説明も受け、学級崩壊は様々な要因が絡み合っていることがわかった。厳しい教育現場ではあるが、担任の先生は子どもの個々の学習レベルを向上させつつ、クラスの一体感を高めるよう、日々奮闘しているようだった。お蔭で現在ではクラスも息子も大分落ち着き、通常の授業が行われているようである。

Keywords:
ドイツ、ベルリン、小学校、インテグレーション、インクルージョン、学級崩壊、シュリットディトリッヒ桃子
担任の先生からのメール

前回は息子の通う小学校3年生のクラスで学級崩壊が起こっていることをお伝えしましたが、今回は直接先生に伺った話を元に、この小学校での対応策について書き記したいと思います。

前編で記したように、新学年開始早々発覚した学級崩壊ですが、それから2週間ほどたって行われた保護者会では保護者と教師間において、ある程度の情報が共有されました。しかし、なかなか状況は改善されていない様子でしたし、保護者会には夫のみの参加だったこともあり、私自身、情報を得たいと思い担任の先生にメールで状況を聞いてみました。

するとすぐに詳細を説明した返信が来ました。ポイントは下記のとおりです。

  • クラスの問題には新学年が始まってすぐに気付いた。現在、担任教師・保育士・校長を含め、学校全体で対応策について検討中である。
  • 来週、校長を含む本校の全教師が参加する会合で、この問題の解決策および児童が学校での学びに興味や喜びをどうしたら見つけられるか、ということについて話し合う予定である。
  • 10月後半の2週間の秋休みの後に、児童たちは個々に「週ごとの学習目標」を立てて、それに基づいて学習をすすめる予定である。これにより、個々のレベルに応じた学習が可能となり、小3の学習要綱で要求されている学習レベルに到達できるものと思われる。
  • 上記の詳細について、直接会ってお話しした方がよいと思うので、都合がつけば来週学校で個人面談を行いたい。

これらの返信を受け、私はまず校長先生を含む学校の全教師がこのクラスの問題について真剣に考え、話し合って下さっていることに感銘を受けました。また、折角の機会なので、直接学校に出向いて先生に話を伺ってきました。

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教室内に貼られていた「静かにすること!集中すること!人の話をよく聞くこと!」
という児童作成の張り紙


初めての個人面談

新学年が始まってからちょうど1か月後、10月初旬に私は少々緊張した面持ちで、息子の教室の小さな椅子に担任の教師と向かい合って座っていました。1-2年生の時にも個人面談はありましたが、いつも夫が担当してくれていたので、私にとってはドイツの小学校での「個人面談デビュー」です。

まずは、先生に時間を取って下さったことおよび詳細情報をメールにて下さったことに対してお礼を申し上げると「こちらこそ、ご連絡ありがとうございます。私も息子さんの家庭での状況がわかり嬉しく思います。私に直接コンタクトをとってきた保護者は、あなたが初めてですし、情報を共有できて嬉しく思います。」と暖かい言葉で迎えて下さいました。

さらに、「お子さんを心配する気持ちはよく理解できますし、その気持ちを伝えて下さって感謝しています。我々教師もこの問題には十分気づいており、問題を起こしていない児童たちが苦しんでいることも知っています。正直に申し上げて、現状は私たち教師にとっても、児童たちにとっても厳しいものです。事態が好転するには時間を要すると思います。しかし、学習する意欲がある児童たちを犠牲にすることは、断じてあってはならないことです。」ともおっしゃって下さり、この先生が息子を含む、クラス全体のことをきちんと把握し、考えて下さっていることがわかり安心しました。

合同クラスの弊害?

続けて先生は、授業中に騒いでしまう子どもたちは、ソーシャルワーカーと共に取り出し授業を受けているなど、当面の解決策についてお話し下さいました。また、この問題に関しては、息子が通う小学校のシステム自体にも一因があるかもしれない、と先生ご自身が感じたことを共有して下さいました。「私はこの学校に来たばかりですが、実は、少々驚いたことがあります。前任の学校でも、今と同じ3年生を受け持っていたのですが『教科書を机の上に出して下さい』と1回言えば、すぐに全員が教科書を出していました。しかし、今受け持っているクラスでは、同じことを10回言っても、まだ出せない子どもがいるのです。前任校では、クラスは1-2年の合同ではなく、各学年分かれていたので、保育園の延長は1年次で終了、2年生からは小学生としての学習態度を身につけていました。しかし、今の学校では1-2年合同クラスということもあり、3年生になってようやく学習態度を身につけ始めている印象を受けています。このことも、授業がなかなか進まない一因だと思います。」

なるほど、ベルリンでは1-2年合同クラスは勿論、1-3年生までが一緒のクラスで学ぶ学校も珍しくありません。ですから、「【ドイツの子育て・教育事情~ベルリンの場合】 第22回 戸惑いの小3生活の始まり」でお伝えしたように、3年生に進級した当時は、息子は生活の変化に戸惑っていたようでしたし、問題を起こしている子どもたちも、「小3の壁」にあたってしまったのかもしれません。

いずれにしても、息子のクラスの日本のように1年生から6年生まで、学年ごとに分かれている学校と、そうでない学校の両方を経験された先生の話は説得力があり、息子のクラスの問題は複数の要因が絡み合って起きていることが見えてきました。といっても、本校の他の3年生のクラスでは学級崩壊の問題は起こっていないとのことなので、やはり子どもたち同士の「相性」が悪かったことや性格が大きく影響しているのかな、とも思いました。

さらに先生の話は続き、ベルリンの市政による影響も大きい、という説明を受けました。

ベルリン市の政策変更による影響

担任の先生によると「現在、ベルリンの小学校では『インクルージョンクラス』といって、様々な子どもたちが一つのクラスで学んでいます。つまり、発達・学習障害を抱える子どもたちも、障害のない子どもたちと一緒に学んでいるので、クラス内の学力格差が大きいことも、クラスがまとまりにくい原因の一つなのです」とのこと。

「息子さんが入学した3年前から、ベルリン市は財政難のため、特別学校と普通学校を一緒にした『インテグレーション(統合)学校』というものを多く作りました。これにより、校舎や学校施設は合同で使用できますし、様々な子どもたちがクラス内にいることで、児童たちは自分とは異なる人を受け入れる『寛容性』を身につけられるからです。ちなみに、本校に通う子どもたちの4割は、ドイツ以外のルーツをもっています。

さらに、本校の3年生の他のクラスでは、ダウン症や車いすの児童が、そういった障害をもたない通常の子どもたちと一緒に机を並べていますし、我がクラスと同じように、学習するのに時間がかかったり、感情をコントロールすることや物事に集中するのが困難な子どもたちも同様にいます。しかし、授業妨害が起こっているのは私たちのクラスだけです。その一因は、私たちのクラスにおいては、たまたま子どもたちの相性が悪かったことだと察しています。

『寛容性を身につけられるように』という市の政策モットー自体は素晴らしいことだと思いますが、実際に教育現場で働くものとしては、大変な状況です。というのも、私たち一般教師は普通教育の免許しか持っておらず、発達障害などをもつ児童への接し方について学んでいません。3年前まではそれらの児童には、特別教育の免許を持つ教師が対応してきましたから問題はありませんでしたが、市の方針により状況が変わり、彼らを一般の児童と一緒に教えなければならなくなり、我々も大いに戸惑っているのです。」

先生の詳しい説明に納得がいきました。というのも、息子が入学する前年までは、聴覚や話すことに障害をもっている子どもたちのための学校と、普通学級の学校の二つの小学校が一つの敷地に存在していました。しかし、入学時にそれらの学校は統合され、私たち夫婦は不思議に思っていたのです。現在、特別学校の数はかなり減らされ、児童のほとんどは、障害のあるなしに関わらず、基本的に居住区によって通学する学校を分けられている、ということです *

様々な人がいる中で、一体感を育てることの重要性

このような厳しい状況ではありますが、最後に先生がおっしゃった言葉に心を打たれました。

「本日お話ししてきたように、現状はやさしいものではありません。でも、私たちは6年生まであと4年間、一緒に勉強していく仲間です。ですから、先日から新しく始まったプロジェクト(定期的にテーマが変わる授業)では『どうしたら、一つのクラスとして、まとまることができるか?』という問いを子どもたちに投げかけ、それぞれ考えてもらっています。様々な問題をもつ子どもたちでも、クラスメート、つまり仲間ですし、成長して社会に出れば、それこそ色々な人々と接していかなければなりません。そのためにも、今回のプロジェクトはとても重要な意味をもっていますし、子どもたち自身で考えて、自分たちなりの答えを出してほしいのです。」

確かに、国語や算数といった教科の学習も大切ですが、先生の言葉からは、今後、社会で皆が共存していく方法について考えることを通じて、子どもたちの一体感や問題解決能力を育てていきたい、という意思が感じられました。私自身も、日本とは比べ物にならない位、多種多様な人々が共存している地続きの欧州での生活に、未だに戸惑ったり驚かされることが多々あります。

ベルリン市がうたう「多様性の中で寛容性を育てる」というスローガンは、聞こえはいいですが、あまりにも異なる環境や性質をもった人が集まる中で、共通項を見つけ、共に生活していくのは、現在の欧州の状況が示しているように、容易ではないことです。そんな環境の中、今回の出来事を通じて「何を目標に、どのように教育を施していくか」という教育現場の試行錯誤を目の当たりにし、深く考えさせられました。

この個人面談が行われたのは10月初旬でしたが、その後、程なくして、クラスの様子はだいぶ落ち着いてきたようで、息子にも笑顔が戻ってきました。それから2か月たった12月時点では授業も順調に進んでいるようで、週一回のテストに加え、期末テストも行われるまでになりました。さらに、クラスが荒れていた当時は不可能だった課外授業(図書館や動物園に行ったりする)も行われるようになりました。これもひとえに学校の先生方が一丸となって迅速に対応して下さったお蔭であることが、先生のお話からわかりました。思い切って先生にコンタクトをとり、個人的に話を聞きに行ってよかったと思うと同時に、先生方のご尽力には大変感謝しています。


  • 注:ベルリンの財政難に関しては【ドイツの子育て・保育事情~ベルリンの場合】 第15回 ドイツ内の教育格差(1)、第16回 ドイツ内の教育格差(2)参照。
  • *参考文献:Senatsverwaltung für Bildung, Jugend und Familie https://www.berlin.de/sen/bjf/inklusion/

筆者プロフィール
シュリットディトリッヒ 桃子

カリフォルニア大学デービス校大学院修了(言語学修士)。慶應義塾大学総合政策学部卒業。英語教師、通訳・翻訳家、大学講師を経て、㈱ベネッセコーポレーション入社。2011年8月退社、以来ドイツ・ベルリン在住。
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