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【カナダBC州の子育てレポート】第2回 カナダ・ビクトリア市の日本語図書事情

要旨:

カナダは多文化主義政策をとったことから、移民が持ち運んだ文化や言語の受け入れに積極的である。エスニック・コミュニティと呼ばれるそれぞれの国の集団が都市には多くあり、継承学校も存在している。公立図書館にも多言語の図書を扱うコーナーがある。インターネットが普及し、電子書籍も出回る現在でも、日本語を継承していきたい海外に住む日本人の親にとって、幼児向けの日本語図書は貴重である。

英語が日常言語であっても、日本語で読書をしたいという願いは多くの日本人移民がもっています。そして、海外に暮らしていても日本語を継承していきたい日本人の親にとって、日本語図書は欠かせない教材でもあります。電子書籍が出回っていても紙の図書に敵わない点も多く、現地で手に入る日本語図書は、特に乳幼児を抱える家庭にとっては貴重です。本稿では、カナダ・ビクトリア市の日本語図書事情について書いていきます。

1. ビクトリア市における公立図書館の日本語図書

公立図書館はキッズ・スペースも広く、パズルやぬいぐるみなどのおもちゃもあり、もうすぐ3歳になる娘を連れて週に数回通っています。乳幼児向けの30分程度の読み聞かせと歌の時間もあり、夏には本を読むことでスポーツセンターやピザの無料券がもらえたりとコミュニティが一丸となって子どもたちの読書を応援する企画も充実しています。

私も夫も読書は生活の重要な一部を占めていて、できれば娘にも多くの本に触れてほしい、そして、最終的に決めるのは本人ではあるものの、母親の母語である日本語も習得してほしいという願いがあります。公立図書館の日本語図書については娘が生まれる前から興味をもっていました。

周辺の町村も含む都市圏であるグレーター・ビクトリアには11の公立図書館があり、すべての図書館の図書を借りることが可能です。現在、オンライン図書カタログを見ると、日本語はその蔵書数では英語、フランス語、中国語、スペイン語に続き5番目です。子ども向けの日本語図書に絞ると300冊あまりあります *1

1973年、カナダ国立図書館(National Library of Canada)は公立図書館における多文化サービス(Multilingual Biblioservice)の充実を図ります *2。これにより、バンクーバーやトロントといった大都市の多文化図書の整備が進みました。大都市に比べてビクトリア市はまだ白人人口が多いのが現状です。ここに住んでソーシャル・ワーカーの仕事をしながら2人の子どもを育て、ビクトリアへリテッジ日本語学校の創設も手掛けたT.Oさんは、公立図書館の日本語図書の整備に関わっていました。1986年、移民・非白人の女性団体(National Organization of Immigrant and Visible Minority Women of Canada)が発足し、ビクトリア市のあるバンクーバー島でも同様の志をもった人々が集まり、T.Oさんが中心となり活動を始めました。1993年ごろ、この団体が申請した助成金で、当時のビクトリア大学研究員がバンクーバー島に位置するナナイモ、ダンカン、ビクトリア地域の公立図書館の調査を行い、整備も含め、多文化図書を充実させる必要性を明らかにしました。

多文化図書は通常、国勢調査の人口数(移民数)および利用者の希望から始まると、これまで10年間、ビクトリア・セントラル図書館(Central Branch)で多文化図書を担当されていたA.Mさんが教えてくれました。初めは図書館がまとまった数を購入し、その後寄付や寄贈などを加えて蔵書数は増えていきます。日本語図書の購入に関しては、図書の利用頻度を調査して決まる予算で、年に2、3度購入しているそうです。

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ビクトリア市セントラル・ライブラリ―の多文化図書コーナー
現在、15言語の図書が並んでいる


2. ビクトリアへリテッジ日本語学校の日本語図書

ビクトリアへリテッジ日本語学校は、1989年に生徒25人を迎えて開校しました。学校は、市内の大学の教室を週に1度借り、1時間半の授業を行っています。下は4歳児のプリスクールから上は高校3年生までのクラスがあり、日本の国語の教科書を使用した授業が行われ、運営はすべて保護者のボランティアによってまかなわれています。

開校当時、国際交流基金から教科書も含めて寄贈を受けた本をもとに、学校の日本語図書の整備も始まったと、開校に奔走したT.Oさんは話します。現在、生徒数は135人、学校の生徒と保護者、教師、その家族を対象とした日本語図書の貸し出しも継続されています。蔵書数は子ども向けが800冊程度、大人向けが200冊程度で、月に一度、授業後の30分に図書の時間を設け、一教室に図書を並べ、貸し出しを行っています。

少ない数で始まった図書は、25年の間に、教師が自ら日本に一時帰国した際に、中古本を大量購入して船便で送ったり、バンクーバー島にある日本の学校の分校から寄贈を受けたり、友人同士で共同購入したものが寄付されたり、また、日本人コミュニティから寄付をされたりしてその数を増やしていきました。貸し出しの方法も教員や保護者の意見を受け入れて、生徒が自ら手に取って選べるような現在のような形をとっているといいます。

学校としての建物が存在しないために、図書係になった人がボランティアで自宅に図書を保管、図書の日にはそれを運び出し、生徒や保護者が授業後の30分で借りたい本を選択できるように準備をし、また保管元に戻します。また定期的にボランティアで蔵書の整理を行っています。

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図書の日に日本語学校で並べられた日本語の本


3. ビクトリア市の日本語図書館:ライブラリー21

ビクトリア市には2000年から約13年半継続した日本語図書館、ライブラリー21がありました。在バンクーバー日本国総領事館に置かれていた閲覧用書籍の一部を、ビクトリア日本人友の会(現、ビクトリア日本友好協会)が譲り受け、2000年に同会の一理事宅において日本語図書館が開設されました。図書館のために本棚や蛍光灯を設置し、貸し出しカードを作ったそうで、図書館の名前「ライブラリー21」は、会員からの公募で決まった、と当時図書館の開設に関わり、現在もビクトリア日本友好協会の理事を続けているT.Cさんは言います。運営管理はすべて理事によるボランティアで行われ、図書館は毎日開館し、会員以外のビクトリア市在住の日本人にも開放されました。後に、バンク―バーの日系コミュニティから本の寄贈を受け、冊数が増えて個人宅での保管が困難になったところで、市内の場所をレンタルして管理運営を続けていきました。その後、日本へ帰国する人からの寄付なども含め、蔵書数は子ども向けの図書も増やして7000冊程度になりました。しかし、2012年、図書館が入っていたビルの地下全体が、市の下水管交換工事によって床上浸水の被害に遭い、それでも、図書館を継続すべく見通しを立てたものの、やはり維持管理の難しさから13年半の歴史に幕を閉じました。床上浸水の際に救済された図書は、売り出され、売れ残った書籍は個人で日本語図書館をしたいという方に譲られていきましたが、こちらの図書館もその後まもなく閉館してしまいました。個人では継続が難しい外国での日本語図書館が13年半も続いたのは異例です。このような長い歴史をたどることができたのは、偏に図書館の運営管理に関わった有志のボランティア精神によるところだと当時図書委員だったM.Bさんが語ってくれました。

私はこちらに移住してから何度かライブラリー21へ出向こうとしたのですが、たどり着くことができないまま、妊娠、出産、育児に忙しい毎日が訪れ、そうこうしているうちに図書館は閉鎖してしまいました。その際、図書を無料で配布したため、先日たまたま立ち寄った友人が娘にと子ども向けの図書を数冊届けてくれました。表紙が陽に焼け、発行年も古い図書数冊の裏には同じ男の子の名前がマジックで書かれています。本をめくるたびに、この本を残していった、会ったこともない保護者の、日本語を継承したい思いがこちらにも伝わってくるような気がします。

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ライブラリ―21の図書に貼られたラベル


4. まとめ

日本語学校のプリスクールへ娘も来年から通う予定でいます。母と娘の間だけでなく、日本語を使う環境が少しでも広がるのは私にとってはうれしいことですが、日本語図書も楽しみにしている要素の1つです。絵本を卒業し、もう少し字数の多い本が必要になってくる頃、日本語学校の図書の存在がありがたいものになるだろうと想像しています。

また公立の図書館においては、英語の図書数にはかなわないので、結局、娘には即席の翻訳をしながら読み聞かせたり、あるいは絵を眺めながら親子で話を作ったりしています。今後、娘が学校に通い始めれば環境言語である英語が生活の多くを占めるようになっていきます。そうなってくると日本語での読書は、今のように英語の絵本を即席で翻訳するようなものでは間に合わず、また違った工夫が必要になっていくのだろうと感じています。

ビクトリア市公立図書館の日本語図書は、この地に先にやってきた日本人移民の「日本語図書が読みたい」「子どもたちに日本語図書を読んでほしい」という願いから生まれたものでした。ライブラリー21は、助け合いの心から生まれ継続されました。日本語学校の図書は、お母さんたちの、「子どもたちへ日本語を繋いでいきたい」思いから成り立っています。その思いによって、今、この異国の地に日本語図書があると思うと、いくつもの手に握られてきた本に触れるたびに心が熱くなります。私の思いも娘に伝わってくれたらと願いながら、こうした貴重な本を読み聞かせています。


筆者プロフィール

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高井マクレーン若菜

群馬県出身。関西圏の大学で日本語および英語の非常勤講師を務める。スコットランド、アイルランド、オーストラリア、ニュージランド、カナダなど様々な国で自転車ツーリングやハイキングなどアクティブな旅をしてきた。2012年秋、それまで15年ほど住んでいた京都からカナダ国ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市へと移住。現在、カナダ翻訳通訳者協会公認翻訳者(英日)[E-J Certified Translator, Society of Translators and Interpreters of British Columbia (STIBC), Canadian Translators, Terminologists and Interpreters Council (CTTIC)] 細々と通訳、翻訳の仕事をしながら、子育ての楽しさと難しさに心動かされる毎日を過ごしている。

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