第1回でお伝えしたように、連邦制国家のドイツでは、教育に関して国は大枠を決めるだけで、具体的な事項を決める権限は州に委ねられています。
ベルリン州では、3歳児以上の全ての子どもに、就学前まで無料で保育を受ける権利(保育施設入所請求権)が発生していました。移民問題を抱えるベルリン州が、小学校入学までに移民の子どもたちもドイツ語を習得すべく、保育施設に通えるよう取り組んだ結果のようです。
ドイツ国家の法律としては、1996年以来、その権利を付する対象は4歳児以上でしたので、ベルリンは国の一歩先を行っていた形でしたが、この度、少子化対策のため法改正となり、今年の8月1日よりドイツに居住する全ての1歳以上の子どもは、その権利を有するようになりました。特に1歳以上3歳未満児を受け入れる保育施設を充実させることにより、出生率を上昇させ、母親の復職や再就職を促進させたいドイツ政府の意向によるものです。 *1
しかし、急激に増加した児童数に対し、受け入れ保育施設は十分に存在しているわけではなく、ドイツ全土では22万人の1-3歳児が保育施設に入れずにいる、とのこと。 *2
一方、旧共産主義国東ドイツの首都ベルリンでは、共働きが当たり前だったこともあり、元々保育園不足は旧西ドイツほど深刻ではない模様です。しかし、地域によって入園のしやすさにばらつきがあるようで、自宅近くに保育施設の空きがなく、遠くの園まで通えないため入所できない家庭もあると耳にします。私たちも2年前の渡独時には近くの保育施設に空きがなかったので、今でも電車を乗り継いで1時間弱かけて保育園に通っています。
これらの問題について、ドイツ政府およびベルリン州ではどのような対応策をとっているのでしょうか?
第一の策として、保育施設数を増やすことが挙げられます。各施設の定員は既に決まっており、これ以上増加させることはできないので、新しい保育施設を開設するのが主な解決策ということです。ベルリンでは新たに4600人が保育を受けられるよう施設の拡充を行いました。 *3その結果、数字上は1歳以上の子どもは全員保育を受けられる状況になったそうです。
次に、施設の新設に伴い必要になるのは保育士ですが、こちらはどうやら全国的に不足している模様。旧東西ドイツを問わず、保育士の仕事は重労働・低賃金であることが、どうやらネックになっているようです。
また、ベルリンで保育園を経営している義姉によると、だからといって保育士資格を持っている人なら誰でも採用できるわけではない、とのこと。小さな子ども相手の仕事ですから、保育の質を落とすわけにはいきませんし、採用にあたっては慎重にならざるをえない模様。面接時は勿論、採用後も、半年間の試用期間に各応募者の性格・特性をじっくり見抜くそうです。
そういえば、2年前に渡独し義姉の保育園に入園させてもらった息子ですが、ある試用期間中の先生に「津波ボーイ」と呼ばれたことがあったそうです。2011年の震災後に日本から来た男の子、ということでこのように呼ばれたらしいのですが、その先生はこの「無神経な発言」のため、試用期間後に解雇されました。多民族都市ベルリンでは、多様な文化や個人の民族的背景を尊重することが重視されているので、保育士にもそのような素質が求められているのだと思います。
これらの背景に加え、この8月から必要とされている1-3歳児の保育は年長児童に比べ手がかかるので、保育士不足問題に輪をかけているとのことでした。保育士育成には時間がかかることもあり、一朝一夕には問題解決に至らない模様です。
ベルリン名物:壁へのペインティング(Mauer Park)
では、保育施設以外の選択肢としてはどんなものがあるのでしょうか?日本では「保育ママ」のように保育園以外での預かり先もありますが、ドイツでも "Tagesmutter(日中のお母さん)" と呼ばれる同様の預け先があります。このドイツ版保育ママは、主に自宅で1-3歳児の保育を行っており、施設よりも小規模できめ細かい保育が売りのようです。
ライップツィヒ市の場合、保育ママになるためには「青少年局 注1)」の認可が必要で、まずは60~80時間の認定コース、さらに80時間の養育コースを受講。その後、青年局の職員が自宅を訪問して整備の確認やアドバイスを行う。部屋の整備については、例えば室内温度は最低20度に保つこと、コンセントの穴は塞いでおくこと、階段には柵を設けることなどが規定されている。 *4」と厳しい条件があるようですが、この度の法律改正以降、全体的な数は増加しているそうです。
また、ベルリン在住のある働く母親は、妊娠初期から10か月かけて探したにも関わらず、近隣の保育施設はどこも満杯で、1年の育児休暇の後は保育ママに預けることに。しかし、お迎えの時間がどうしても調整つかず、結局、スペインから来たAu-Pair(オペア)を迎え入れることにしたとか。 *5
オペアとは欧米で盛んな「外国からの住み込みベビーシッター」のようなもので、子どものいる家に住み込んで、家族の一員として過ごしながら、子どもの世話をしたり、家事をする人たちのことです。注2)オペアになるためは保育の経験が条件となっていること、子どもにとっても異文化や他言語に触れる良い機会になることから、最近需要が多いそうです。ちなみに上記の働く母親によると、このオペアを見つけるには2週間もかからなかったとのこと。
私の通っていたドイツ語学校にもロシアやウクライナ、アメリカ、スペインなどからのオペアがいました。ただし、月に260ユーロ(約34,000円)以上のお小遣いを与えたり 、3食付でなければならないことから、彼らを迎え入れることができるのは、ある程度裕福な家庭だと言われています。注3)
以上、ドイツにおける保育の選択肢をご紹介してきましたが、ベルリンでは所謂「待機児童」問題を解消するために、インターネットで希望した保育施設や保育ママの空き状況を閲覧したり、ウェイティングリストに登録する電子システムの導入が検討されているそうです。しかし、このシステムに全ての保育施設や保育ママが参加するかどうか疑問の声も挙がっており、今のところ実現までには至っていません。 *5
ベルリンの壁の前でブランコ
このように待機児童問題の解決には時間がかかりそうですが、ドイツでは日本のように親の就業状態が保育園入園に影響を与えることはありません。2年前に渡独するまで住んでいた首都圏では、認可保育園への入園審査が大変厳しく、両親ともフルタイムで働いていることが大前提でしたが、ドイツでは親が求職中でも学生でもパートタイム勤務でも関係なく、希望の園に空きがあれば入れることになります。
これはこの度ドイツで改正された法律「保育施設入所請求権」の由来が、元々旧東西ドイツの妊娠中絶法の統一に伴うもので、「妊娠を継続した女性が不利益を被ることのないよう、子どもを生み育てることのできる環境を整える措置として保育を保障することが重要」として法定化されたことにも関係しているのかもしれません。 *6いずれにしても、1歳以上の全ての子どもたちに無料で保育施設に入る権利を与えたドイツ政府は少子化対策に本腰を入れているという印象を持ちました。
(注1)青少年局(Jugendamt):子どもたちが心身ともに健康な生活が送ることができるように活動する、子どもの人権を守るための政府機関。
(注2)欧米諸国でも国によって違いがあるようですが、ドイツでは、オペアは学生とは違い、あくまでも住み込みで家事育児をする人です。ビザも学生ビザとは異なり、日本のワーキングホリデイビザに近いものになります。
(注3)ドイツにおけるオペアの規定では、オペアは家族の一員として迎え入れられるので「報酬」ではなく「お小遣い」をもらっているとのことです。
参考文献
- 「日本とどう違う?ドイツの子育て世代支援政策」シュピッツナーゲル典子
http://bylines.news.yahoo.co.jp/norikospitznagel/20130531-00025370/ - ベルリン市HP
http://www.berlin.de/special/familien/3058264-2864562-kitaplatzabsage-wie-eltern-eine-kinderbe.html - Berliner Morgenpost 3/16/2013
- 「ライプツィヒの保育ママ制度 」ミンクス 典子
http://www.newsdigest.de/newsde/regions/reporter/leipzig/5102-954.html - Berliner Zeitung 8/3/2013
- 「ドイツの保育制度 ―拡充の歩みと展望―」 齋藤純子
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/pdf/072102.pdf